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「他人さまの容姿をあげつらうなんて、ご自分に自信がなければ出来ませんわよねぇ? それだけの言葉が出てくるんですもの。余・ほ・ど、ご自分に自信がおありですのねぇ。まあ、と〜っても羨ましいですわぁ」
カツンカツンとヒールの音を響かせて、ゆったりとした足取りでセレンティーヌの前に出る。
自分史上最高の作り笑顔で、先ほどからセレンティーヌへ暴言を吐いていた令息令嬢達一人一人に、麻里はゆっくりと視線を向けた。
何だか悪役令嬢にでもなった気分で、今なら『おほほほほ』と高笑いも出来そうだ。
突然現れた女神もかくやと思われるほどの美貌の麻里に『余ほど自分に自信があるのでしょう?』などと言われた令息令嬢達は視線を泳がせ、この場をどう取り繕おうかとでも考えているのだろう。
本来王族の次に高い地位にある公爵家の令嬢を乏しめるなど、ありえないことだ。
セレンティーヌが大人しくて文句が言えないのをいいことに、これまで散々このようなことを行ってきたのだろう。
今まではセレンティーヌが耐えることで許されてきたのかもしれないけれど、これからは違う。
私が、セレンティーヌを守るんだから!
笑顔で圧を掛ける麻里にバツが悪そうに皆が俯く中で、中心にいたモブ顔の令息だけは目をつり上げて吠えまくる。
「少し容姿が良いからといって……」
「あ〜ら、お褒め頂きありがとうございます」
ニッコリ笑顔で言葉を遮り、わざとらしくお礼の言葉を述べる。
「この、調子に乗って。お前など我が家の力でどうとでも……」
言葉を遮られたことに憤ったのか、顔を真っ赤にして声を荒らげているのを、麻里は更に遮って挑発した。
「ふ〜ん、思い通りにいかないと権力でねじ伏せますか。しかも、あなたの力ではなくあなたのお家のお力で。うわ、カッコ悪ぅ! ……あら、失礼。つい本音が。それにしても、少しくらいはご自身の力でどうにかされたらいかがです? 権力でねじ伏せるだけの力のあるお家の出なら、いくらでもご自身を高めるチャンスはあるでしょうに。人のことを乏しめている暇があるのなら、自分磨きの時間に使った方が、余・ほ・ど、有意義な時間になると思いません? きっと素敵な紳士・淑女になれましてよ?」
「ハッ。そんなことを言っているが、お前に庇われているそいつは誰よりも権力のある家に生まれながら、何も努力していないじゃないか!」
セレンティーヌが麻里の後ろでビクッと体を震わせる。
麻里はチラッとセレンティーヌへ視線を向けると、彼女は慌てて顔を俯かせた。
公爵令嬢としてのマナーなんかは別として、確かにこのモブの言う通り、セレンは逃げるばかりで努力をしていないんだよなぁ。周りも彼女を甘やかすばかりだし。
庇うのは簡単だけど、それだと根本的な解決にはならないか。
……よし、いっちょ荒療治といきますかね。
麻里は口の端を上げてニヤリと悪い笑顔を浮かべる。
「それに関しては反論はありませんね。ですが、今まではそうでも、これからは違います。私がセレンティーヌを変えてみせます」
セレンティーヌが自分を変える努力をしていないことを否定しなかった麻里に一瞬驚きの表情を浮かべるも、モブはすぐにキッとこちらを睨みつけた。
「そいつが変われるわけがない!」
ビシッと音が出そうな勢いでセレンティーヌを指差す。麻里はすこぶる面倒くさそうに小さく息を吐いた。
「勝手に決めつけないでくださる?」
「そいつが今までずっと変わらなかったから言ったんだがな。まぁそこまで言うのなら、三カ月後にそいつが変わっていなければ、お前は俺の妻になれ!」
「は? 何を言って……」
頭おかしいんじゃないの? といった視線を向ければ、モブ令息は鼻で笑って、
「何だ? 自信がないのか? それないならないと言ってもいいんだぞ?」
ニヤリといやらしい笑みを浮かべた。
その様子に麻里はこめかみに青筋を浮かべつつ、若干引きつった笑顔で答える。
「ふふふ、いいわ。受けてたとうじゃないの! その代わり。三カ月後にセレンが見事変身を遂げたら、あなたには衆人環視の中で華麗なる土下座をしてもらおうかしらね」
「どげざ?」
「膝、掌、額の三点を床に擦り付けるように謝罪する姿のことよ?」
「なっ!!」
「あら、まさか出来ないなどとは仰いませんよね? 変わっていなければ妻になれと言っておきながら、変わっていた場合は何もなしですか? 何ともそちらに都合の良い賭けですわねぇ。いえ、そんなものは賭けとは言いませんわね」
「ぐっ……」
クスクスとおかしそうに笑う麻里とは真逆に、モブ令息は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「それで? どうなさいますか? 賭けますか? それともなかったことになさいますか? 私はどちらでもよろしくてよ?」
フフンとわざとらしく小馬鹿にしたように笑う麻里に、モブ令息はカチンときたのだろう。
「いいだろう、賭けてやる! そいつが変わるはずないからな」
「うふふ、きっと驚かせてみせるわ。あなたは頑張って今から華麗なる土下座の練習でもなさってくださいませ。では」
これ以上話すことはないとばかりに、麻里はセレンティーヌの手を引いてサイラスの元へと向かった。




