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 一日掛りで支度だなんて、お嬢様(セレンティーヌ)も大変ね〜、なんて。

 この時は他人事のように、そう思っていた。

 セレンティーヌと違って、自分の支度なんてシャワーを浴びる時間も含めて二〜三時間あれば余裕だって。

 朝食を終えて紅茶を飲んでいると、扉をノックする音が聞こえた。

「はい、どうぞ」

 思わず「入ってます」と言いそうになるの堪えてそう言えば、にこやかに部屋に入ってくる良い笑顔の使用人達。

 何だ? と首を傾げる麻里に、

「本日マリ様の支度を担当させて頂きます、私マリアと、レイラとハンナとジェーンでございます。よろしくお願い致します」

 そう言って頭を下げる四人。

 前もって挨拶に来てくれるなんて、ずいぶんと丁寧な対応はさすが公爵家。

 夜会用のドレスは一人では着られないものが多いと聞くから、手伝ってくれるのはとてもありがたいけれど、人数多くない?

「ありがとう、助かります。でも、着替えるだけなのに四人も多くないですか?」

「いえ、マリ様にはこれからお風呂に入って頂き、その後マッサージを行います。マッサージを終えたら……」

「はいぃぃぃぃ?」

 マリアが話している途中ではあったが、思わず素っ頓狂な叫び声を上げてしまった。

「いやいやいやいや、ちょっと待って? 支度ってもしかして、夜会の支度ってこと?」

「はい、そうですわ」

「えぇぇぇぇ? 一日掛りの支度って、セレンだけじゃなかったの!?」

 焦ったような麻里の言葉に、

「もちろん、マリ様もですわ」

 四人揃って、とても楽しそうに笑みを深めた。

 前もって挨拶に来てくれたわけではなかったらしい。


「ちょっっ、待って待って! 自分でちゃんと洗えるから!」

 体にバスタオルを巻いて必死に抵抗する麻里に、マリア達は何やら黒い笑みを浮かべながら一歩一歩近付いてくる。怖い怖い怖い……!

「いえいえ、マリ様は安心して全てを私達に任せてくださればよいのです。ささ、こちらへ」

 必死の形相で麻里が首を横に振るも、マリア達は容赦なく最後の砦であるバスタオルを引っぺがし、浴槽へ突っ込まれた。

 ゆっくりと湯船に浸かり、皮膚を柔らかくしてから余分な皮脂を落とすらしい。

 全身を洗うためにハンナが石鹸を取り出すのを見て、思わず叫ぶ。

「体を洗うなら、そこにあるボディーソープを使って!」

 この世界の石鹸は香りがよろしくない上に泡立ちが悪くて、洗った後は何だか肌がカサつく感じがするのよね。

 何ていうか、潤いをゴッソリ持っていかれる感じ?

 試しに一回だけ使って、二度と使いたくないと思ったのだ。

 マリア達は困惑気味ではあったが、とりあえず麻里の言う通りにボディーソープを使って洗い始め、驚きに目を大きく開いた。

「液体の石鹸なんて、初めて見ました!」

「こ、この泡立ち!」

「何ですか、この素晴らしい香りは!」

「肌の油分が持っていかれない!?」

 ……やっぱりあの石鹸、油分が持っていかれるんだ。

 そして体を洗い終わると、またハンナが石鹸を取り出して髪を洗おうとしていることに気付き、再度叫んでいた。

「ちょっと待ったぁぁぁぁああ! 髪はそこのシャンプーで洗って、すすぎ終わったらそのトリートメントを使って!」

 何とかこの世界の石鹸を使われることを阻止し、ボディーソープと同じボトル型がシャンプーで、チューブタイプがトリートメントだと説明して洗ってもらう。

 指の力の強さがちょうど良く、気持ちが良い。

 ウットリと目を瞑ってされるがままでいると、

「このシャンプー、泡立ちが良くて汚れもしっかり落とせるにもかかわらず、髪がキシキシしないなんて……」

「シャンプーも凄いですが、このトリートメント。この滑らかな指通りはもう奇跡としか言いようがありませんわ!」

 マリア達が興奮気味に感想を言い合っている。

 二十歳前後であろうマリア達がこれらのものに興味を持つのは決しておかしなことではないと思う。

 きっと『美』に対する憧れは、どんな世界であっても無くなることはないだろうから。

「では、マッサージに移りますので、あちらの台に俯せになってくださいませ」

 麻里は頭をタオルで巻いてバスローブを羽織ったまま、言われた通りに大人しく台に俯せになると薄手の毛布が掛けられ、バスローブをペイッと脱がされた。

「では、足先からマッサージさせて頂きます」

 強過ぎず、弱過ぎず。適度な加減で全身の凝りが解されていく。

 背中側が終わり仰向けになるも、あまりの気持ち良さに耐えきれず、すぐに眠りに落ちた。

 ……どれくらい眠ってしまったのか。

 ハンナの驚いたような声に体が小さく反応し、意識が浮上する。

「……気持ち良過ぎて眠っちゃったわ。ヘンな寝言とか言ってなかった?」

 照れ隠しに言ってみたものの、何やら皆の反応がおかしい。

 微妙に目線が合わないし、皆何やら困ったように眉尻が下がっている。

 いつまでもそうしている訳にはいかないと、マリアが意を決して麻里に尋ねた。

「マリさま、ですよ、ね?」

 その言葉に麻里はガバッと起き上がり、急ぎ鏡の前まで駆け寄る。

 鏡にはノーメイク時ののっぺり平面顔の麻里が映っていた。

 

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