プロローグ
俺は 異世界転生者だ。
しかもちゃっかり転生特典までもらった口である。
「この世界の全魔法習得済み」と目一杯に欲張った要求に、一瞬処理落ちしたように固まっていた女神様の表情を思い出す。
「では法外な特典には相応の代償を」と女神様に釘を刺され新たに始まった人生で、気付けば俺にはレベルキャップというオマケが付いていた。
しかもその上限が、レベル5なのだ。
荒くれ者には鼻で笑われ、冒険者ギルドの受付嬢にはなま温かい目で見送られる、正真正銘のぺーぺーである。
カランコロン
意識の外で入り口の扉に付いた呼び鈴が鳴る。
「ちょいと、お前さん」
「あーあ、失敗したなあ。もっと『モテモテになる』とかにすりゃあ良かったかなあ」
「ちょいと、なまけぼうず。お客様のご入来だよ」
「それとも、『一生食いっぱぐれない』なんて願いのほうが現実的か……ふへへ、うまい肉に酒が食べ放題……」
「いつまで寝言言ってんだい、このひょうろくだま!」
クワンと硬いもので殴られて白昼夢から覚める。
「イテテテ、何しやがんだ……って、婆さんか」
「婆さんか、じゃないよ、失礼な子だねぇ。あたしにはマーサっていう美しい名前があるって何度言ったら覚えんだい?」
もちろん覚えている。マーサ婆さんは下町の長老たちの一角で、九十歳を超えていまだピンシャンしている名物婆さんだ。
だけど俺は遠慮するつもりはない。本人は常連客を装って高圧的にふるまってはいるが、彼女は今まで一銭もこの店に落としたことがないのだから。
「何しに来たんだよ。ここは古道具屋だよ?婆さんより古い物が置いてあるからって、気晴らしに来るところじゃないから」
クワワン。
痛て。言い終わる前に喰い気味に鉄拳ならぬ鉄鍋の一撃が飛んでくる。
「口の減らない小僧っ子だね。ほれ」
そういってマーサ婆さんがカウンターを兼ねている古い書斎机の上に使い込まれた大鍋をドンと置いた。
「また穴が開いちまったんだ。ちゃちゃっと直しとくれ」
これで殴られたのか。痛いわけだ。
「この前修理したばかりだろう?使い方が間違ってるんじゃないのか?」
例えばそう、沈思黙考している大賢者様の頭をぶっ叩いて瞑想を邪魔するとか。
「ふん、普通に煮炊きと唐変木の目覚ましに使っているだけさ。おまえさんの腕が悪いから、すぐにまた穴が開いちまうんじゃないのかい?」
やっぱり使い方を間違っているじゃないか。鍋をハリセン代わりに使うとは、この婆さん、相当ボケてきているな。
「だからいつも言っているだろ、うちは古道具屋で鋳掛屋じゃないって」
カウンターに置かれた大鍋を天井に吊るしたランプに透かして見る。なべ底の火のあたるあたりにいくつかキラキラと光が漏れる箇所がある。
この前修理した場所とは別のところにも穴が開いたようだ。
「俺のは応急処置なんだから、ちゃんとティンズリーさんのところに持っていって直してもらいなって」
この世界では鍋やフライパンは大事にされていて、壊れてもすぐに捨てたりはしない。
鋳掛屋という鍋や金属製品を修理するプロの職人がいて、嫁入り道具を直しながらいつまでも使い続けるものなのだ。
「ふん、おまえさんが修理したんだろうが。自分の手仕事には責任を持ちな」
「だから俺は修理屋じゃないって。古道具屋の店主だっていってるだろう」
「おや、ギルの店の店番を任されているだけのくせに、店主とは大きく出たねぇ」
うぐっ。痛いところを突かれた。
そう、正確には俺はこの店の主じゃない。
冒険者をあきらめて途方に暮れていた俺を拾ってくれたギルバートさんの店だ。
彼は王都の一角で古道具屋を営む紳士で、穏やかな人柄と博識さから下町の人々からも慕われている好人物だった。
ギルバートさんは二年前に「特別な素材を採集してくる」と言って出ていったきりで、以来、俺が店番兼店主としてこの店を守っているというわけだ。
「ふん、こっちはもう老い先が短いんだ。お迎えが来た後にまで残るようなちゃんとした修理なんてもったいないじゃないか」
「まだまだ死にそうにないくせに」
「なんか言ったかい?ぐちぐち言ってないでとっとと取り掛かりな」
「しょうがねぇなあ」
俺は婆さんとの押し問答をあきらめて、修理に取り掛かった。
鍋をランプの光に透かして穴あきの箇所を見つけては、そこに人差し指を押し当てる。
魔力を集中して穴の部分に錫の粉末を生成する。
物質生成は土魔法の基本技だ。ごく少量なので俺の魔力でもなんとか足りる。量を減らす代わりに特定の金属元素を指定して生成しているのだ。パラメータ調整は知識の範疇なのでレベルの高さとは関係なく行使できる。
続いて同様に指の先に炎を生成する。炎魔法の基本技、ファイヤボルトの応用だ。
大きく生成して飛ばす代わりに、効果範囲を極小に押し込めて温度を上げていく。
錫の粉は炎であぶられても見た目の変化がなく、さらさらとした灰色をしている。
が、融点を越えた瞬間、じゅわっと溶けて一滴の銀色の液体に変わり、鏡のように艶めいた。
それを魔法のわずかな圧力で鍋の亀裂に沿って押し流し、表面張力で穴に浸透させる。
炎魔法を消すと、銀色の金属溜まりはすぐに艶を失って白っぽく曇る。
熱くなった箇所に今度は小さく水を生成してふりかける。ジュッと小さな音を立てて金属が冷え固まった。
同じ作業をあと三か所行って、古道具の手入れ用の磨き砂で仕上げをする。
最後に水差しから水を注いで仕上がりをチェックし、漏れがないことを確認した。
「はいよ」
「ほうほう、なかなか手際が良くなったじゃないか。おまえさんももうすぐで一人前になれるよ」
「だから俺は鋳掛屋じゃないって」
水滴を丁寧に拭って婆さんに鍋を手渡す。
「ありがとうねぇ。助かったよ」
何が入っているのかわからない手提げの大きなかばんをまさぐる婆さんに声をかける。
「お代はいいよ。金を取ったら鋳掛屋の職人組合からクレームが来るんだ」
古道具屋も鋳掛屋には商品の修理でお世話になっている。職人組合に目を付けられると商売あがったりだ。
「そうかい?いつもすまないねぇ」
確信犯のくせに、マーサ婆さんはこういうときだけ殊勝なことを言う。
「そういや、この前の修理からまだ一年と経っていないのにずいぶんと穴が増えてたな。やっぱりちゃんとプロに直してもらったほうがいいんじゃないのか?」
マーサ婆さんに指摘する。厄介払いというより老婆心からのアドバイスだ。
「ああ、これは前に直してもらったのとは別の鍋さ」
なぬ?じゃあ、自分の修理が拙くて迷惑をかけたお詫びのつもりだったのは……やられた……。
カウンターに肘をついて両手で顔を覆う俺にマーサ婆さんが、かかか、と大笑いを投げかける。
そうしてかばんの底から取り出した器をコトリとカウンターに置いた。
「あんたの直してくれた鍋で作った煮物さ。お代がわりに食べとくれ」
丁寧な包みからいい匂いが漂う。
「婆さん……」
「それじゃあ、鍋の修理が必要になったらまた来るよ」
「だからうちは鋳掛屋じゃないって!」
騒がしいのが去り、また独りの静かな空間が店内に戻る。
俺は昼飯代わりにマーサ婆さんのおすそわけを広げた。




