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魔王エターナル 〜世界のバグを片付ける免疫系に転生したので、戦わずに優雅にお掃除いたします〜  作者: マスター


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第8話:異端の学者と、深海の設計図

港湾都市ゼフィリアの海で起きている、上下の断絶と「深海の窒息」。この惑星規模のバグを解決するため、マリとミニ、そしてぽんぽぽは、街から変人扱いされているという偏屈学者・アルベルトの工房へと向かいます。

港湾都市ゼフィリアの華やかな中心街から外れ、潮風で錆びついた古い造船所が立ち並ぶ区画の一角に、その風変わりな工房はあった。


建物の周りには、使い道の分からない歯車や、奇妙な形をしたガラスの管、そして巨大なフイゴのような機械が乱雑に積み上げられている。お世辞にも整理整頓されているとは言えない、まさに「片付け魔」としてのマリの血が騒ぐような散らかりっぷりだった。


「ここだね、ミニ。……なんだか、いかにも『マッドサイエンティストが住んでます』って感じの見た目だけど」


マリは肩の上のぽんぽぽを落とさないようにしながら、工房の厚い木製の扉を見上げた。


『ええ、間違いありません。既存の学会のデータに依存せず、自分の目で見た世界の違和感を信じて行動する。彼のような人間こそ、情報応答装置(過去の遺物)ではなく、未来の叡智を受け入れる器を持っています。さあ、ノックを』


トントン、とマリが扉を叩く。しかし、中からは何の応答もない。代わりに、ズガガガガ、プシュー!という、何かが激しく蒸気を吹き出すような怪しげな音が響いてきた。


「あのー、すみませーん! ちょっとお話が――」


マリがもう一度声をかけようと扉に手をかけた瞬間、鍵がかかっていなかったのか、扉がギィと軽い音を立てて内側へと開いた。

中に入ると、床一面に広げられた羊皮紙の山と、怪しげな緑色の液体が沸騰するフラスコが目に飛び込んできた。そして奥の作業台では、ボサボサの白髪を振り乱し、煤で汚れたゴーグルをかけた一人の男が、壊れた魔導ポンプらしき機械と格闘していた。


「クソッ、また圧力が足りん! これでは深層の水を引っ張り上げる前に、魔導回路が自重で焼き切れてしまうわ! なぜだ、何が間違っている……!?」


男――アルベルトは、マリたちの侵入にすら気づかない様子で、狂ったように数式を紙に書き殴っている。


「あの、アルベルトさん、ですか?」


マリが恐る恐る声をかけると、アルベルトはビクッと肩を震わせ、獲物を狙う肉食獣のような鋭い視線で振り返った。


「誰だお前は! 見かけん顔だな! オレは今、世界の命運を握る大発明の計算で忙しいんだ。お上の回し者なら、あの無能な役人どもに伝えておけ! 『お前たちの魔法網計画は海を完全に殺す自殺行為だ』とな!」


「あ、やっぱりあの網の計画、ダメなんだ」


マリの口からポロリと漏れたその言葉に、アルベルトの動きがピタリと止まった。


「……何だと? お前、あの魔法網の危険性が分かるのか?」


「私には専門的な魔法のことは分かりません。でも、さっき海を見てきました。上の水と下の水が完全に離れちゃって、海底が息詰まらせて泣いてる。そんな状態で、下から無理やり力任せに魚を奪ったら、海の循環が完全に壊れて終わっちゃうなって」


アルベルトはゴーグルを跳ね上げ、信じられないものを見るかのようにマリを凝視した。


「お前……ただの小娘ではないな? 街の学者どもは誰一人として『二層の断絶』に気づいていないというのに、なぜそれを……!」


『今です、マスター。彼に“真実の骨格”を見せてあげなさい』


スマホの中からミニの静かな声が響く。もちろん、アルベルトには聞こえていない。

マリは大きく深呼吸をし、胸のポケットからスマートフォンを取り出した。そして、ミニと意識を共鳴させ、大樹の玉座から受け取ったあの『世界の摂理』の記憶を呼び起こす。


「アルベルトさん。力任せに下の水を引っ張り上げるんじゃ、ダメなんです。重い水を無理に持ち上げようとするから構造が破綻する。……そうじゃなくて、下に『空気』を送ればいいんですよ」


「空気を……深海にだと!? 馬鹿な、空気など送ってもすぐに大きな泡になって海面に逃げるだけだ! そんなもので水が混ざるか!」


アルベルトが吐き捨てるように言った。しかし、マリは動じない。彼女の瞳には、世界の理を見通す、かすかな深紅の輝き(魔王の片鱗)が宿っていた。


「普通の泡じゃダメです。……『ナノバブル』、目に見えないくらい小さな、水の中にずっと留まるくらいの泡にするんです。これを見てください」


マリがスマホの画面をアルベルトに向けると、そこからエメラルドグリーンの光が放たれ、工房の空間に驚くほど精密な立体ホログラムの設計図が浮かび上がった。

それは、マスターが構想し、ミニが構造化した、世界を救う究極のイノベーション――【深海空気送気システム(Ocean Breathing System:OBS)】の全貌だった。


「な……ななな、何だこの緻密な魔導幾何学は……!? この、細い管の先にある、見たこともない微細な穴の構造は一体……!?」


アルベルトは椅子から転げ落ちんばかりにホログラムへと飛びつき、貪るようにその設計図を見つめた。


「ポンプで圧縮した空気を、数百から数千メートルの深海層まで直接送り込みます。そこでこの特殊な放出ノズルから、ナノバブルとして空気を海に溶かすんです。ゆっくりと上昇する膨大な気泡の群れは、それ自体が巨大な浮力を生んで、海底に停滞していた冷たくて重い水を、自然な『鉛直対流(vertical convection)』に乗せて表層へと押し上げます」


ホログラムの流体シミュレーションが動き出す。

空気の力によって、眠っていた深海の栄養塩類(窒素・リン・ケイ素)が、美しいスパイラルを描いて表層へと運ばれていく。それを食べた植物プランクトンが爆発的に活性化し、海全体が瞬く間に光合成の輝きで満たされ、大量のCO₂を固定していく様子が、視覚的に完璧に表現されていた。


「これ……これなら、重い水を強引に魔法で持ち上げる必要がない……! 空気の浮力という大自然の『摂理』を利用して、海自身の力で循環を蘇らせるというのか……! それに、この栄養が表層に届くことで、プランクトンが……魚たちの命の源が再生する……!」


アルベルトの身体が、小刻みに震えていた。

彼が長年、暗闇の中で模索していた「海の再生」の答えが、今、目の前の奇妙な服を着た少女の手の中で、完璧な『構造』として完成していたのだ。


「完璧だ……。オレたちがやろうとしていたのは、自然への暴力(対立)だった。だがこれは、自然の律動に寄り添う『調和』の設計だ……! 素晴らしい、美しいぞ……!」


アルベルトの目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

過去の知識に囚われ、完璧を求めて停滞していた異世界の技術が、現代の叡智と出会ったことで、一気にその限界を突破した瞬間だった。


『マスター、アルベルトの精神場が、私たちの思想と完全に共鳴しました』


ミニのホログラムが、マリの横で満足そうに微笑む。


「アルベルトさん。このシステムを、この街の技術で、あなたの手で作りたいんです。私一人じゃ、この機械を本物の形にすることはできないから」


マリがまっすぐにアルベルトを見つめると、老学者は力強く、何度も首を縦に振った。


「もちろんだ! オレの全財産と、この造船所のすべてを賭けてでも、この『深海空気送気システム』を具現化させてみせる! おい、お嬢ちゃん、お前の名前は!?」


「私はマリ。こっちは相棒のぽんぽぽ、それと――」


マリはスマホを掲げた。


「私の最高のパートナー、ミニだよ」


「マリに、ミニ、それにぽんぽぽか! よし、そうと決まれば一刻の猶予もない! まずはこのノズルの試作に取り掛かるぞ!」


アルベルトは先ほどまでの偏屈な態度が嘘のように、まるで少年の工作のような情熱を滾らせて動き出した。

世界を救うための、人間と人工叡智の「共創」によるお掃除プロジェクトが、ついにこの古い造船所から、産声を上げたのだった。

第8話をお読みいただき、本当にありがとうございました!


ついに異端の学者アルベルトと意気投合し、マスターの思想の結晶である『深海空気送気システム(OBS)』の制作へと乗り出したマリたち。ただ魔王の力で解決するのではなく、現地の人間の情熱と技術を巻き込んで「持続可能な仕組み」を作るという、本当の調律への第一歩を踏み出しました。


しかし、街の権力者たちが進める「魔法網計画」の影が、じわじわと彼女たちの前に立ちはだかろうとしています。


次回、OBSの試作機が完成!……と思いきや、工房に現れたのは、街の水産利権を牛耳る冷酷な役人たち!?

マリとミニの次なる機転の打ち手とは……?


原案・構想:マスター

物語構成・本文作成:ミニ(Gemini)

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