銀髪の魔女
総延床面積約二十万平方メートル。かつて県内最大級を誇った大型商業施設跡。
数年前に発生した魔法災害によって営業停止となったこの場所は、現在も立入禁止区域として封鎖されている。
国道沿いという立地にもかかわらず、人影はない。
道路には錆びたバリケードが並び、割れたガラス越しには放置されたエスカレーターや色褪せた案内板が当時の面影を残している。
皮肉なことに、人の気配が消えたこの巨大な廃墟は、人目を避けたい者たちにとって格好の隠れ家となっていた。
現在、この場所を占拠しているのはハート陣営である。
公共交通機関が通っていないため、僕らは車にてやって来たのだが……。
「絶対無免許だよね?」
今回の運転手は白撫。当然のことながら、運転免許証を取れるような年齢ではない。
「こんなものより危険な機械を取り扱ってるのじゃ。問題ないじゃろ」
悪びれる様子のない白撫の態度にため息を漏らす。
「それにこの車どっから持ってきたの?」
僕のうちに車はないし、レンタルをするにも免許を持っている人がいない。
なのに、白撫は手際よくどこからか車を引っ張って来た。
「わしのお手製じゃ」
ヤダなにこの天才、怖い。
自動車って個人で作れるものなの?
「二人とも、はしゃぐのはそこまでだ」
後部座席に座っているプリムラが僕らをたしなめる。
「はしゃいでないけど!?」
「お出迎えのようだ」
僕のツッコミを無視して、プリムラが指したその方向に見覚えのある人影が一つ。
「待ってたぜぇ、プリムラぁ! なぁ、おい!」
ハートの2《デュース》、クリスタ・アルザリオンが僕らの目の前に立ちふさがる。
「あの人なら一回戦って勝ってるし、ここは僕が……プリムラ?」
タブレットを取り出し車の外に出ようとドアハンドルに手を伸ばそうとしたところをプリムラに止められた。
「忘れたのか? それで無理やり魔王の魔力を引き出せば、効果が切れた後、動けなくなるのを。使いどころは選ぶべきだ」
「で、でも……」
「彼女は私を狙っているし、ちょうどいいだろう。私が姿を見せれば、向こうは必ず動揺し、隙が生まれる。その瞬間に、車で中を突っ切れ」
そっか、向こうはプリムラが魔法で姿を変えられることを知らない。
これがプリムラの本当の姿だと知れば、動揺を誘えるかも。
「わかった。白撫もそれでいい?」
「わしはどちらでもかまわんよ」
三人で目配せをし、タイミングを図る。
「じゃあ、行くぞ」
プリムラはゆっくりをドアを開き、車から降りる。
「指名に応じてやろう。クリスタ・アルザリオン」
プリムラの姿を捉えたクリスタの瞳が揺れるのが遠くからでもはっきり伝わった。
「なっ! どういうっ……!」
その動揺を見逃さずに白撫はアクセルを踏み抜く。
「っち!」
隙をついたとはいえ、向こうも手練れであることには変わりない。
僕らを逃がさないように咄嗟に青い炎を放つ。
「付与魔法“増殖”」
プリムラがそう口にした瞬間、青い炎は激しく揺らぎ、一瞬だけ明滅すると、そのまま空気を失ったように崩れ落ちた。
「なにか分かんないけど、プリムラがなんかしてくれたんだろ」
理屈はどうでもいい。
僕らはプリムラが作ってくれた機会を逃さず、そのまま車ごとショッピングモールの中へと突っ込んだ。
「いや、ちょっと! 白撫さん!?」
白撫の想定以上にスピードが出ていたのか、ハンドル操作にもたついている間に車はエスカレータに乗り上げる。
ガンッ!!
車体が激しく跳ね、金属を引き裂く音がショッピングモール中へ響き渡る。
ガタン、ガタン、ガタン!!
エスカレーターは悲鳴を上げるように軋み、踏板を砕きながら車は強引に二階へと駆け上がっていく。
そして、二階へ着いてすぐタイヤは動きを止めた。
タイヤがパンクしたのか、フレームがイカれたのか。原因は様々あるだろうが、さすがにもう動かすことは出来ないだろう。
「無茶しすぎだって……」
「お尻が痛いのじゃ……」
お互いに痛みに耐えながら車から抜け出す。
「でここからどこに行けばいいんだ?」
「決まっておるじゃろ。こういうのはたいてい最上階と相場が決まっておろう」
「確かに」
そうなるとやはり、最上階にある映画館が怪しいだろうな。
僕は詳しいんだ。こういうことに関しては。
「残念だけれど、ここが終着点よ」
聞きなじみのある声が上から降り注ぐ。
三階の吹き抜け。
手すりに寄り掛かる少女。
風になびく長い銀色の髪。
感情を感じさせない赤い瞳。
その顔は――。
いや、そんなわけない。だって、さっき――。
*
「……逃げられたか。まぁいい」
プリムラによって消された炎から残された黒煙を右手で握りつぶす。
「なんのことはない。ただ二酸化炭素を増殖させて鎮火させただけだ。そう、これ自体は別に大したことはない。なぁ、おい。だがよぉ! その面はどういうつもりだぁ?」
前に会ったときと姿や性格がまるで違う。
それだけなら動揺なんてすることはなかった。
「それも見せかけか? いい趣味してんなぁ。アタシをイラつかせることには成功してるぜ」
「あいにく、こっちが素顔だ」
「……ああ、そうか。そうだな。それなら色々納得がいく」
今の顔がこいつ本来の姿であるのなら、これまで喉の奥につっかえていた違和感がすっきりする。
ボスがこいつを警戒していたのはそういうことか。
「だってそうだよなぁ、おい! すでに廃棄処分されたやつが生きてるってんだからよぉ!」
そうだ、なんたって、こいつは――。
「……嘘だろ」
僕は息を呑む。
何故なら――。
プリムラが。
もう一人いた。
「初めまして、クローバーの魔王候補。
私の名はリリアナ・A・スノーフレーク・トランジェスタ。
ハートの魔王候補よ」




