天冠級魔法
「少年もどうだい? 一杯」
「だから、僕は未成年なんですって」
その日の夜。風真さんは当たり前のように僕の部屋に押しかけ酒瓶をあおっていた。
「おじさんが少年くらいの年頃の時はもう飲んでだけどね」
「日本だと犯罪なのであまり公言しないでください」
こんなのが勇者パーティの一員だなんて未だに信じられない。
「おじさんが勇者パーティにいたことが信じられないって?」
「っ。心を読まないでください」
「ごめんごめん。でもさ、信じられないって思っている割には、疑ってないね」
「まぁ、プリムラがそう言っていたし」
「ふ~ん、彼女は信じられているんだね」
「別に信じってるってほどでも……」
「君は彼女のことを何も知らないのに」
僕の言葉に重ねて放たれた風真さんの言葉に一瞬だけ心臓の鼓動が跳ねた気がした。
「どういう意味ですか?」
「言葉通りさ。君は彼女のことを何も知らない。なのに、彼女の言葉は何でも信じているのが薄気味悪くてね」
さっきまでのだらしなさを感じさせない冷めた声。
僕が想像していた風真のイメージとはまるで異なるセリフに戸惑いが隠せない。
「僕は、べつに……何でも信じてるってわけじゃ……」
「そう? おかしいとは思わなかったのかい? 君が魔王候補だなんてうわ言。君は当たり前のように受け入れているようだけど?」
「だって! それは……実際に魔王の魔力が僕にあって……」
「君は人間だよね? 魔王の魔力が宿るなんてことあるかね? 仮にあったとしても、どうして彼女はそのことを知れたんだろうね? 君たちは初めて会ったばかりなのにね?」
風真さんは何も間違ったことは言っていない。
それは僕が今まで目をそらしてきた問題だ。
でもそれは答えの出ない問題だったから、考えなかっただけだ。
いや違う。
多分、気づきたくなかったのかもしれない。
それは僕にとって信じたくない可能性だったから。
「プリムラの魔法ってことですか?」
僕が今まで気づかないふりをしていた可能性。
それを思い切って口にしてみた。
「彼女の魔法は付与魔法。魔王の魔力を君に付与した可能性は確かにありそうだよね?」
でも、口に出してみてもやはりこれだけはあり得ない。
「魔王の魔力を付与できる魔法なんてあるわけないじゃないですか。そんなものがあれば、今頃とっくに人類は滅びてますよ」
「昨日できなかったことが、今日も出来ないとは限らないんじゃないかな?」
「プリムラが新しく作ったってことですか? それこそあり得ないですよ。魔法の研究がしつくされた現代じゃ、新魔法の開発なんて年に十個行かない程度なんですから」
「なるほどね。やはり、君は彼女が魔界にいたころのことを何も知らないようだね」
「それは当然知りませんよ。プリムラは話してくれないですし」
「じゃあ、教えてあげよう。って言っても、彼女が魔界で使っていた名前を聞けば、分かると思うけど」
風真さんは酒瓶の中身を全て飲み干してから、その名を口にする。
「プリムローズ。それが彼女が魔界で使っていた名前さ」
「っ!」
僕でもその名を知っている。いや、恐らく全人類聞き覚えのある名前だ。それほどの有名人。
三年前、水星のごとく現れた魔法学者プリムローズ。
彼女はこの三年で五十を超える新魔法を開発し、世間に公表している。
何の前触れもなく現れた天才学者に地球でも彼女の存在は毎日報道されるほどだ。
「それが本当ならプリムラが自分の魔法をいくら持っていても不思議じゃないですが。それでも魔王の魔力を付与するだなんて」
「それが不可能だと? 自分の気持ちに嘘をつくのはおじさん、感心しないなぁ。けど君は彼女が魔法の頂に立っていることを身をもって知っているはずさ」
「もしかして、やっぱりあれって――」
「――天冠級魔法。彼女はその魔法を使える」
なんで、風真さんがそのことを知っているのか。
けど、彼のそんな薄気味悪さよりも、やはりあの時、プリムラが使った魔法は天冠級魔法だったのか。
クリスタと戦った時、プリムラは僕に知識と経験の付与を施した。
その時彼女は言っていた。
天冠級付与魔法と。
魔法にはその取得難度と現象規模によって階級が分かれる。
初級・中級・上級は魔法学会によって体系化された汎用基礎魔法。
一般市民が日常で用いるものから、軍事利用を前提とした高度な魔法まで含まれる。
しかし、上級を超える領域はいまだ理論化されておらず、術死個人の才能と研究によって生み出された独自の魔法領域となる。
これらは規模と危険性に応じて、
・精霊級
・幻想級
・神話級
・天冠級
の四つに分類される。
その最上位に位置する天冠級魔法とは、
――歴史そのものを変える。
戦争の終結、国家建国、世界法則への干渉。
これらをたった一つの魔法で実現することが可能とされている。
歴史上でもその域にまで達した人物は魔界を含めてもたったの7人。
つまり、それと同等の位置にいるプリムラなら、過去の常識を覆す魔法が使えたとしても不思議ではない。
「でも、仮にプリムラが魔王の魔力を付与できるとして、それでもやっぱりおかしいですよ」
「と、いうと?」
「だって、僕が偽物の魔王候補なら、本物のクローバーの魔王候補はどこにいるんですか? 魔界でその存在が確認できていないのはクリスタの反応から分かりますよ」
「そんなのは簡単なことじゃないか」
風真さんは空になった酒瓶を床に転がしながら不敵に笑う。
「本物のクローバーはすでに彼女によって殺されている」
「っ!」
「とか? かっかっかっ!」
一瞬ドキッとしたが、風真さんは冗談めかして大声で笑いだした。
「実際、証拠があるわけじゃないし? あくまで憶測だから、少年が本当にクローバーの魔王候補ってこともあるだろうね」
「な、何がしたいんですか? 混乱させるようなことを言って」
「いやぁ~ただね。少年の反応が見たかったのさ」
「おちょくってます?」
「いやいや、そうじゃない。君という人間を知りたかっただけさ」
「で、どうだったんですか?」
「うん、おじさんの予想通りだった」
「いや、それだけじゃ分からないんですが……」
「じゃ、今夜はこの辺でお開きと行こうか」
最後に少しだけはぐらかして、風真さんは僕の部屋を出て行った。
「なんか、モヤモヤする」
風真さんにもてあそばれたことじゃない。
プリムラとこれからどう接していけばいいのか、彼女をこのままうちに住まわせたままで本当にいいのか。
自分の心が少しばかり分からなくなっていた。
*
「――――」
「あの男、殺しましょうか? いいえ、殺しますわ」
屋根の上で憐太郎と燕時の話を盗み聞きしていたメイは殺気立っていた。
「うんん、別にいいよ。あの人はこの先必要だから」
そんな彼女を隣にいたプリムラが制止する。
「大丈夫。あーしはレンタローを信じているから」




