メイ・R・ブーゲンビリア・セレスティアナイト
どうしようどうしようどうしようどうしよ!
強そうな魔女が三人もいるし、メイさんは捕まっちゃったし、僕がどうにかできるわけないし。
今は逃げてプリムラを呼びに行ったほうがいいな。
そうだ。僕なんかがここにいたところでメイさんを助けられるわけじゃないんだから。
だから、だから、逃げなきゃ。
幸い、彼女たちはメイさんにしか興味がなく、僕のことなんて眼中にない。
このまま背を向けて走り出せば簡単にここから立ち去れる。
だから、だから、逃げなきゃ。
頭では分かっている。
なのに足が動かない。
逃げようとしない。
彼女たちを恐れて?
いや違う。そうじゃない。
むしろそうあってほしいと願う。
僕が足を止めている理由は臆病だから。そうだ。そうに決まっている。そうじゃなきゃおかしいんだ。
「わたくしの野望が阻まれるというのなら、死んでもかまいませんわ!」
メイさんの叫びが耳に響く。
その瞬間、カバンからタブレットを取り出し丸薬を口に入れていた。
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「どうなっていますの……?」
唯野憐太郎の雰囲気や言葉使いが変わっている。
今日見ていた感じだと、ヘタレで揉め事を嫌うタイプだったはずだ。
なのに、彼は今、自分の意志でわたくしを守ろうと立っている。
「これが魔王の魔力……?」
魔王の魔力によって精神が蝕まれ、感情の抑制が出来なくなると聞いたことはある。
だから、彼の今の雰囲気もその影響だと思われる。けど……。
「聞いていた事象とは大きく異なりますわ。魔王候補は感情をむき出しにするはずなのに、彼は逆に感情が穏やか。まるで凪のようですわ」
人間が魔王の魔力を得たことによって起きたイレギュラー? それとも……。
「いってーな!」
民家に吹き飛ばされた魔女Aが起き上がる。
「一体、なに……が!」
そこで彼女は唯野憐太郎の姿を目撃する。
「おいおいおいおいおいおいおいおい! その肩から出てる魔力はなんだ!? まさかとは思うが魔王の魔力じゃねぇだろうな!」
「メイさんが日本にいるということを考えれば、分かることですわ」
「だな、あれは恐らくクローバーの魔王候補だ」
魔女B、Cは吹き飛ばされた魔女Aの元の隣に立つ。
「ははははははははははははは!!!!! マジかよ! あの名無し野郎は人間の籠りさせられてるってことかよ! ざまぁねぇな!」
「人間の魔王候補、過去に例はありませんが、これはチャンスですわね」
「そうだな。ここであいつを殺せば、彼女が有利になる」
「ってことだ! 死ねやクソガキ!」
3人は一斉に唯野憐太郎に襲い掛かる。
「“ベータトロン”」
「消え……!」
「きゃ!」
「なに!?」
それはほんの一瞬の出来事。
彼はモブ魔女たちの背後を取り、魔女Bを蹴り飛ばした。
「一瞬で!なんでだ!? 魔法か?」
あれは両足から魔力を吹き出すことで移動速度を上げる魔法。
けどそれだけじゃない。
それに加えてもう一工夫している。
「こいつ動きが速すぎて、目で追えねぇ!」
「いや、違う。これは……がっ!」
彼女たちが対応しきれないうちに、さらに一人、唯野憐太郎は腹部に拳を叩き込みノックダウンさせる。
「っち! 燃えろ!」
最後に残った魔女Aは全方位に炎を撒き、攻撃を仕掛ける。
確かにこれなら動きが早くて追いきれなくとも魔法を当てられる。
ただ、それが相手に効くかどうかは別問題だ。
「涼しいな。梗夜の魔法の方が熱かったぞ」
唯野憐太郎は気にせず炎の壁に飛び込んでいった。
「こいつ、魔法が効かないのか!?」
魔王の魔力は特別だ。少し出来るくらいの魔女の魔法ですらかすり傷にすらならない。
そして、彼はそのまま彼女の脳天に踵落としを決めて、勝利を収めた。
「さてっと、これどうやったら解除でき……あ、壊れた」
そのまま彼がわたくしにかけられた四重方陣を解こうと方陣に触れた瞬間、方陣が破壊された。
「問題ないですわ。方陣は外部から強力な魔力で干渉すれば壊れるように出来ていますの。他の3つも同じように触れていただければ解除できますわ」
「そうか。じゃ……」
「助かりましたわ」
わたくしは少し乱れた服装を正し、彼に向き直す。
「あなた、さっき使ったあれはお姉さまの教えですの?」
「あれ?」
「その左肩から漏れている魔力を使った目くらましのことですわ」
モブ魔女たちが彼の動きを見切れなかったのはその速さだけではない。
魔力が可視化されるという点を利用し、左肩から漏れる黒い魔力をほんの少し彼女たちの視界に入れることで、死角を作っていた。
そのせいで彼女たちは彼の姿を追い切れていなかった。
「いや、プリムラにはなにも。この姿になったのも今回でまだ2回目だしな」
「…………そう」
「それがどうかしたのか?」
「いいえ、別に。それより良かったですの? あなたは自分から戦うことを避けていると思っていたのですけれど?」
「お前の判断が気に食わなかっただけだ」
「わたくしの判断? 一体何のことですの?」
「野望を諦めるくらいなら死んでやるとか何とか言ってたろ」
「それの何がいけないというんですの?」
「逆なんだよ。死ぬことが諦めることなんだよ。生きてりゃ、いつかチャンスは訪れる。本当に諦めたくないって言うなら、生きるべきだ」
「そう、ですか」
肩から出ている魔力はまだ消えていない。
ということは、これは彼の奥底に眠る本心、欲望だ。
「そう言うことですのね。お姉さま」
お姉さまが彼のために動いている理由は……。
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その日の夜、わたくしはお姉さまの部屋を訪ねた。
「どうだった? 今日1日あいつを見て」
「ほとんど事前情報と変わらない人間でしたわ。勉学は小学生レベル、体育は体力がなくて途中リタイア、魔法に至っては小学生以下、性格はヘタレで向上心の欠片もない。人の上に立てるような人間ではありませんわ。けれど……」
「けれど?」
「潜在能力だけならあるかと。今後の育て方次第で化ける可能性は大いにあり得ますわ」
「その根拠は?」
「特に目を見張るのは、順応性の高さと頭の回転の速さですわ。お姉さまと会ってまだ一週間足らず。口では文句を言っていますが、既にこの現状を受け入れ対応していましたわ。また、魔力の解放が2回目にもかかわらず、それを自分なりに使いこなしていますわ」
「なら、彼の育成にあたって、一番問題となるのは?」
「自己肯定感の低さ、ですわね。彼の経歴を見るに、過去の成功体験の少なさがそうさせているように思えますわ。頑張っても自分はどうせダメだと諦めてしまっているのでしょう。なので、まずは彼に自信をつけさ、その才能に気づかせるべきだと思いますわ」
「おおむね、私も同じ意見だ」
「お姉さまは彼の分析のために、わたくしを呼んだんですの?」
「ん? なんだ、もう気づいていると思っていたが?」
「意地が悪いですわね」
お姉さまが本気で隠れれば、わたくしは追って日本に来ることは出来なかった。
つまり、お姉さまはわざとわたくしをここに来させたことになる。
唯野憐太郎の幹部にさせるつもりなのだろう。
ここに来る前からそんな予感はしていた。それと同時にそんなことになるはずないともそう思っていた。
「お姉さまはわたくしの野望を覚えてまして?」
「新しい魔法の生成だろう?」
「ええ、もちろん。それもそうです。けれど、それ以上にわたくしがしたいことは、
お姉さまの名を歴史に刻み込み忘れさせないことですわ」
「そう言えば、そんなことも言っていたな」
「誰もがお姉さまを尊敬する、そのような歴史を語り継いでいきたいとそう思っていますわ」
「で? その為に、私を【黒薔薇の園】に戻して魔法研究の続きをしろと?」
「ええ、ここに来る前はそう考えていました。
クローバーの魔王候補が、人間が、魔王になんてなれるはずないのだから。お姉さまがここで時間を無駄に過ごすのは世界の損失であると、そう思っておりましたわ」
「それで今は?」
「歴史上初めて、人間を魔王にした魔女。歴史の教科書にそうお姉さまの名が載るのも悪くない気がしていますわ」




