コンサルタントは何でも知っている
「てめぇが最後の魔王候補だろ? なぁ!おい!」
――なんで、どうしてこんなことに。
「黙ってちゃ分かんねぇだろうがよ。なぁおい」
赤いローブを身にまとった女性。
一見ただの人間のように見えるが、その体から漏れ出る魔力は人間のそれとは明らかに一線を画している。
人間と同じ見た目の女性でこれほどの魔力。
これに当てはまる種族はたった一つ。
「魔女!? なんでこんなところに!」
「あ? ここぁ永世中立国ニッポンだろうが? 魔族と人類が共存する唯一の国だって聞いてたんだが? アタシがいちゃわりぃのかよ。なぁおい! そりゃあ差別ってやつか? やめとけって、今時魔族差別なんて流行んねぇだろうが」
確かに彼女の言う通り、日本は地球上で唯一魔族の入国を許している国だ。
だが、この人数が一堂に会しているのはおかしい。
僕の周囲を取り囲むように数十人の魔女がどこからともなく現れた。
「一般人の僕相手にこんなたくさんの魔女が集まってたら、勇者軍が黙ってないはずだ!」
「たしかに? 罪なき一般人相手にこんなことしてるって知られちゃあ、勇者様たち一行は黙ってないだろうな? だけどよぉ、そりゃてめぇが一般人だった時の話だろうがよぉ!」
やっぱりそうか。さっきから魔王候補だのなんだの言っていたのは冗談ではなかったのか。
僕はただの人間だ。それなのに魔族の王である魔王の時期候補だって?
「あ? その反応。ホントに何も知らねぇって顔だな。まぁどっちでもいいか。てめぇはあの女と接触した時点で容疑者だ。なぁ頼むよ。だから、ここで死んでくれ」
クソっ! やっぱりだ。やっぱり、あいつが関わっていたのか。
あの自称コンサルタントがうちに来なければこんなことにならなかったんだ!
「まったく、さすがサガプラの新作ゲーム。神シナリオだった。やっぱハッピーエンドが一番だよな、まったく」
ヒロイン全員金髪という思い切った采配だったが、金髪好きにとっては最高のスパイスだった。
「そろそろ寝るか」
時刻はすでに朝の六時を回っており、カーテンの隙間から入ってくる日差しがまぶしい。
パソコンの電源を落とし、布団に潜り込む。
次はなんのゲームをやろうか考えながら、眠りにつく。
そういえば、ネットの友達から宇宙ロケット制作を題材にしたギャルゲを勧められていた。
やっぱり宇宙は男の子のロマンだしね。やってみようか。
段々と意識が遠のき、眠れるなと思った時。
「おはようございます。お兄さま」
ゆっくりと部屋の扉が開き、可愛らしい声が聞こえてきた。
「……茉奈花?」
眠い目をこすりながら布団から起き上がると、藍色の長い髪を揺らした少女が立っていた。
唯野茉奈花。僕のたった一人の妹だ。
「お兄ちゃんはこれから寝るから、あんまり騒いじゃだめだぞ」
兄の睡眠を邪魔しようとする妹を軽く叱って、再び布団に潜り込む。
「お兄さま? これから寝てしまっては学校に間に合いませんよ?」
まったく、うちの妹はドジっ子だなぁ。まだ夏休みだっていうのに。
「妹よ。学校はお休み期間中だぞ」
「いいえ、お兄さま。今日は九月一日です。夏休みは昨日で終わっていますよ?」
「何を言っているんだ。お兄ちゃんをからかうのは良くないぞ」
スマホの画面に表示された日付を見せつける。
「今日は八月十七日だぞ」
「お兄さま、そのタイムリープネタは今時の学生には通じないと思います」
そう言いつつ、茉奈花には通じているじゃないか。
「って、別にネタじゃないぞ。本当に今日は夏休みなんだ」
「一学期もその調子で一度も学校に行きませんでしたよね。このままでは高校を卒業できません。あ、もしかして私と同じクラスになって青春を謳歌したいということですか?」
茉奈花は勝手に結論付けて、勝手にはしゃいでいた。
そんな思惑は一切ない。
ただ純粋に学校に行きたくないだけだ。
「ですが、このままお兄さまがダメ人間になっていくのは良くないと思います」
ダメ人間って……。僕はただ学校に行かずに引きこもっているだけなのにひどい言われようだ。
「そこで私はコンサルタントを雇うことにしました!」
「コンサルタント?」
今の話の流れでどうしてコンサルタントが出てくるのだろう。
なにをコンサルティングしてもらうというのか。
「はい! うちのポストに入っていたんですけど、不登校専門のコンサルタントさんがいるみたいなんです」
「はぁ……」
やけにテンションが高い茉奈花に対し、聞きなじみのない言葉に戸惑う僕。
不登校専門のコンサルタントってなんだ? いかにして効率的に学校に行かずに済むかみたいな話か?
「不登校を矯正し、真面目な皆勤学生へと育成してくれるそうです」
思っていた逆のパターンだった。
というか、そんな職業があるなんて聞いたことがない。新手の詐欺では?
「いい子だから、そんな怪しいところに連絡しちゃダメだぞ」
「そんな悪い人には見えませんでしたよ?」
「……え、もう会っちゃったの?」
このままでは将来、妹は悪い男に引っかかってしまうかもしれない。
今のうちに耐性をつけさせなければ。
今後の妹の社会性向上について育成方針を固めようとしていたところ、茉奈花から更なる爆弾が投下される。
「はい、さきほど初めてお会いしました。玄関で待ってもらっていますので、今つれてきますね」
「え、は? ちょ、まっ……」
茉奈花を止めようとしたが、ものすごい速さで部屋を出て行ってしまった。
詐欺師がもうすでに家にまで来ているだと?
これは非常にまずい。
スマホを掴んで110を押そうとしたところで、例の詐欺師が部屋まで来てしまった。
「はいは~い、ちょ~っと失礼するよ!」
やたら陽気な声と共に現れたのは真っ黒いスーツに身を包んだ金髪の女性。
整った容姿に無駄のないスタイルの良さ。深くスリットの入ったタイトスカートから覗く白い太ももに視線を誘導されてしまう。
「心をギュギュっとお悩み解決! いつもあなたの傍に。よろずのエリートコンサルタント! 名前はプリムラ。苗字は秘密、ただのプリムラで覚えてね」
やたらとハイテンションな謎自己紹介に僕は圧倒されてしまった。
第一印象はギャルだぁ! って感じの人だ。
スーツを着ているのだが、一般的に思い浮かべるスーツを着ているでは恐らく僕の目の前にいる人の服装を表現しきれない。
シャツのボタンを二つ開け、緩み切ったネクタイの間にはそこそこ大きめの谷間があった。
普通は上に羽織るスーツのジャケットは脱いで腰に巻いている。女子高生がよくジャージを腰に巻いていたりするが、それと似たような感じだ。
なので、スーツは着ているがあまり社会人と言った印象を全く受けない。
「初めまして、でいいかな? レンタロー?」
「え……どうして僕の名前を?」
さっきとは打って変わって、恐る恐る聞いてくるコンサルタントさん。
僕の名前を知っているということは、僕たちはどこかで会ってるってことなのか?
いつだろうか記憶を遡ってみるが、全然心当たりがない。
そんな僕の様子を見て、コンサルタントさんはクスリと笑った。
「そう考え込まなくてもいい。あーしたちは今日がはじめましてなんだからさ。思い出そうとしても出てこないよ」
「じゃあ、僕の名前を知っている理由は何ですか?」
「そんなのきまってんじゃん。コンサルタントは何でも知ってる」
ドヤ顔で決めているところ悪いが、全然意味が分からない。
「いや、答えになっていないんですが」
「つまり、今回、君についての相談を受けたときに事前に調査をしているわけ。君のこともその周りのことも」
意外とまめな情報収集をしている詐欺師のコンサルタントさん。
てか、詐欺師の人とこんなに会話のラリー続けてていいのかな? 茉奈花はどこに行ったんだ?
「妹さんなら君の朝食を作っているよ」
僕は何も言っていないのに、心を読んだかのようにコンサルタントさんが答える。
「あれれ? 困ったような顔をしているね?」
「実際困っているんです」
怪しい言動が目立つし、こっちのことを見透かしてくる薄気味悪さがある。
警戒してしかるべきはずの相手だ。
なのに、僕はこの人を無下に扱うことが出来ない。
いや、正確には無下に扱うことをためらっているといった方が正しいだろう。
見た目がタイプだからだろうか。それとも本能的に敵わない相手だと思わされているのか。
なんにしても考えていることと思っていることに矛盾のような、何というかモヤモヤした感じがして、僕は非常に困っている。
でも、多分この人、詐欺師なんだろうなぁ。
よくわからない感情に流されず、コンサルタントさんを追い払う方法を考える。
「あはは、あーしをどうやってここから追い出そうか考えてるね。どうして、分かるかって? それはねぇ……」
「コンサルタントだから?」
「正解」
コンサルタントさんは満足げに両手で大きく丸を作る。
「正解した方にはなんと! 学校に登校する権利が与えられます!」
「そんな雑な流れで学校行くわけないでしょ!」
僕の制服を持ってにじり寄ってくるコンサルタントさんを押しのけ、部屋の奥へと逃げる。
「やっぱダメか~。うん、じゃあ、しょうがないよね」
コンサルタントさんは自分で勝手に何かを結論付けた。
裾をまくって露わになったブレスレット。そこに付けられていたアクセサリーを取り外し、軽く空中に投げる。
それと同時に――。
「付与魔法“巨大化”」
呪文を唱えるとアクセサリーが巨大化し、両手で持てるほどのサイズになった。
それはさっきまで小さくてよく見えなかったが、この大きさになれば嫌でもわかる。
簡単に人の首をかき切れそうな大鎌だ。
それを持つ彼女の姿は死神を彷彿とさせる。
「てか、人の家でなに魔法使ってるんですか!」
派手さのない地味な魔法だったために反応が遅れたが、魔法は他人の家で平然と使用するものではない。
多くの人間が当たり前のように魔法を使う時代になったとはいえ、さすがにマナー違反だろう。
人んちの冷蔵庫を勝手に開ける方がまだ幾分か可愛げがある。
「言葉よりこっちの方が――」
僕がツッコんでいるのを無視して、コンサルタントさんは大鎌を振り上げ……。
「効果的なんじゃないかな!」
そのまま僕に向かって振り下ろす。
「うぎゃー!!!」
僕は咄嗟に横に飛んで大鎌の一撃から逃れる。
けれど、さっきまで僕がいた場所、つまりベッドが真っ二つに引き裂かれてしまった。
「なななななっ……!」
なんで巨大化させただけのアクセサリーにこんな切れ味があるんだよ!
「安心して。殺す気はないから。ただコンサルティングするだけだから!」
悪魔のような笑みを浮かべるコンサルタントさんはまたしても大鎌を振りかぶる。
まずい。このままでは確実に体があのベッドのようになってしまう。
「わ、分かった! 学校! 学校行くから!!!」
僕は咄嗟に制服と鞄を掴んで部屋を出ていく。
「あら? お兄さま、ちょうど朝食が出来ましたよ」
慌ててリビングの前まで来た時に茉奈花と鉢合わせる。
「いらない! 学校行ってくる」
朝食など食べている場合ではない。早くあの女から逃げなければ。
そして、そのまま家の外へ出ていく。
「あ! お兄さま!」
「なんかいい匂いする!」
「プリムラさん、よかったら朝食、食べていきますか?」
「え、いいの!? お腹すいてたからよかった~」
玄関の扉が閉まる寸前でそんな会話が聞こえた。
コンサルタントさんはどうやらうちで朝食を食べるらしい。
よし、今のうちだ。
この隙にコンサルタントさんが追ってこれないところまで逃げてしまおう。
この時、僕はまだ甘く考えていた。
普段から大人しく学校に登校して、真面目に生活していれば。
そうしたら、世界の命運なんて背負わずに済んだのに。




