130項
王城の広間、正面ホール。
隅では逃げ遅れた貴族たちが座り込んだまま震え、黒く焼け焦げた亡骸——国王騎士隊だったものが転がっている。
焦げ臭さと絶望が、空気にこびりついていた。
そんな中。
「いける……大丈夫……やれば出来る……!」
ソラは自らを鼓舞し、踏み込んだ。
襲い来る敵の懐へ、一気に潜り込む。
敵は意外にも軽装で、武器は構えているが、動きは粗い。
騎士とは名ばかりの者たちばかりだった。
ソラにとっては、今の自分を試すにはちょうどいい。
(判断力と……素直な気持ち……!)
ソラが剣を薙ぐ。
一見、ただのなまくらに見える刃が、敵の胸元を打つ。
当然、斬れることはない。
だが、次の瞬間。
バチバチッ、と乾いた破裂音。
刃を伝い、蒼白い電撃が奔る。
敵の身体が大きく跳ね、短い呻き声とともに崩れ落ちた。
焦げた匂いが、わずかに漂う。
「これ……ちゃんと生きてるよね……?」
思わずそう呟いてしまうほど、その威力は凄まじかった。
しかし胸が上下しているところを見ると、倒れた男は失神しているだけのようだった。
「……これなら、いける!」
ひとり倒したことで、恐怖よりも高揚が勝る。
「あたしだってやれる!!」
ソラは迷いなく次へと猛進していった。
一方。
ロゼと灰燼の怪物の戦闘は、さらに激化していた。
ロゼの掌から巻き起こる旋風。
対する灰燼の怪物の拳には、唸る炎。
風と火がぶつかり、爆ぜ、王城の広間を揺らす。
「貴方と戯れる趣味も余裕もないの。さっさと終わらせてもいいかしら?」
「冷たいこと言わんといてや。オレはもっともっと、遊びたいんやけどなあ……!」
爆炎と旋風が絡み合い、天井の残骸が崩れ落ちる。
もはや安全な場所など存在しない。
何とか生き残っている王族や貴族たちは、火の粉を避けるので精一杯だ。
「しっかし……モテる男はええもんやなぁ。こんな危ない場所やのに、あないに必死なって戦ってくれる子がおるんやから」
誘うような言葉に、ロゼの視線が一瞬だけソラへ向く。
——その刹那。
灰燼の怪物が踏み込んだ。
喉元を狙う一撃。
だがロゼは足先で近くの剣柄を蹴り上げ、それを盾にする。
金属が激突し、火花が散る。
二人はそのまま鍔迫り合った。
「だったら、そのわざとらしい喋り方をやめたらどう? エセ訛りって嫌う人も少なくないらしいから」
「はっはー……オレがエセって、よう見抜いたなあ。これでも上手く化けるため、かなり練習したんやけど」
刃越しに睨み合うロゼと灰燼の怪物。
炎が揺れ、風が唸る。
「けどな……あんさんも同じやろ?」
灰燼の怪物の双眸が、ニット帽の奥で燃え上がる。
「化けることでしか人に紛れられへん。“同じ穴の狢”——バケモノ同士やろ!」
彼はそう言って八重歯を剥き出し、挑発的に笑う。
だがロゼは動じない。
ただ、静かに。わずかに眉を顰めた。
「まさか……貴方――」
その瞬間だった。
「ちょーーっと待ったああぁぁ!!」
乱闘の騒音すら叩き割るような怒声が、正面ホールに轟く。
あまりの大音量に、ロゼと灰燼の怪物は思わず力を緩め、鍔迫り合いを解いた。
「ちゃんと聞いてたんだからね!!」
敵を掻い潜りながら、ソラが叫ぶ。
時折、剣から電撃を走らせ、追手を弾き飛ばしながら。
二人のもとへ駆け寄る。
息は荒い。肩は大きく上下している。
それでも。
「ロゼのこと……バケモノって言ったでしょ!? 今!!」
怒りだけは衰えない。
それを真正面から浴びた灰燼の怪物は、露骨に顔を顰めた。
「えー……なんやねんこの嬢ちゃん。今わざわざ怒りに来るとこか?」
「私は貴方に、最初に“バケモノ”って呼ばれたけどね」
横から冷静に刺すロゼ。
「そ、そのときはそのとき! でも今は違うの! 今は――友達だから!」
叫びが震える。
「友達が“バケモノ”って言われたら、ムカつくに決まってるじゃん!!」
一瞬、場の空気が止まる。
だが直ぐに、たじろいでいた灰燼の怪物の仲間――敵たちが、再び動き出す。
気配に気付いたソラは、慌てて方向転換し逃げた。
猛る感情に身を任せるソラだったが、そろそろ限界が近付いていた。
初めての実戦で緊張は張り詰めっぱなし。
汗は止まらず、呼吸は浅い。
足が、思うように上がらない。
(でも、まだ……やれる……!)
その瞬間だった。
ぐらり、と視界が揺れる。
「――あ」
逃げている最中に足がもつれた。
次の瞬間、派手に転倒する。
床に叩きつけられる衝撃で、肺から空気が抜ける。
拍子に手を離れた剣が、甲高い音を立てて床を滑っていく。
「あっ……だ、ぁ……!」
痛みに呻く暇もない。
背後から迫る足音。
影が、覆いかぶさる。
振り返ったソラの瞳に映ったのは――迫り来る刃だった。




