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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第四篇  蘇芳に染まらない情熱の空

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130項


 王城の広間、正面ホール。

 隅では逃げ遅れた貴族たちが座り込んだまま震え、黒く焼け焦げた亡骸——国王騎士隊だったものが転がっている。

 焦げ臭さと絶望が、空気にこびりついていた。


 そんな中。


「いける……大丈夫……やれば出来る……!」


 ソラは自らを鼓舞し、踏み込んだ。

 襲い来る敵の懐へ、一気に潜り込む。


 敵は意外にも軽装で、武器は構えているが、動きは粗い。


 騎士とは名ばかりの者たちばかりだった。

 ソラにとっては、今の自分を試すにはちょうどいい。


(判断力と……素直な気持ち……!)


 ソラが剣を薙ぐ。

 一見、ただのなまくらに見える刃が、敵の胸元を打つ。


 当然、斬れることはない。

 だが、次の瞬間。


 バチバチッ、と乾いた破裂音。

 刃を伝い、蒼白い電撃が奔る。


 敵の身体が大きく跳ね、短い呻き声とともに崩れ落ちた。

 焦げた匂いが、わずかに漂う。


「これ……ちゃんと生きてるよね……?」


 思わずそう呟いてしまうほど、その威力は凄まじかった。

 しかし胸が上下しているところを見ると、倒れた男は失神しているだけのようだった。


「……これなら、いける!」


 ひとり倒したことで、恐怖よりも高揚が勝る。


「あたしだってやれる!!」


 ソラは迷いなく次へと猛進していった。




 一方。

 ロゼと灰燼の怪物(グリート)の戦闘は、さらに激化していた。


 ロゼの掌から巻き起こる旋風。

 対する灰燼の怪物(グリート)の拳には、唸る炎。

 風と火がぶつかり、爆ぜ、王城の広間を揺らす。


「貴方と戯れる趣味も余裕もないの。さっさと終わらせてもいいかしら?」

「冷たいこと言わんといてや。オレはもっともっと、遊びたいんやけどなあ……!」


 爆炎と旋風が絡み合い、天井の残骸が崩れ落ちる。

 もはや安全な場所など存在しない。

 何とか生き残っている王族や貴族たちは、火の粉を避けるので精一杯だ。


「しっかし……モテる男はええもんやなぁ。こんな危ない場所やのに、あないに必死なって戦ってくれる子がおるんやから」


 誘うような言葉に、ロゼの視線が一瞬だけソラへ向く。

 

 ——その刹那。

 灰燼の怪物(グリート)が踏み込んだ。


 喉元を狙う一撃。

 だがロゼは足先で近くの剣柄を蹴り上げ、それを盾にする。

 金属が激突し、火花が散る。


 二人はそのまま鍔迫り合った。


「だったら、そのわざとらしい()()()をやめたらどう? エセ訛りって嫌う人も少なくないらしいから」

「はっはー……オレがエセって、よう見抜いたなあ。これでも上手く化けるため、かなり練習したんやけど」


 刃越しに睨み合うロゼと灰燼の怪物(グリート)

 炎が揺れ、風が唸る。


「けどな……あんさんも同じやろ?」


 灰燼の怪物(グリート)の双眸が、ニット帽の奥で燃え上がる。


「化けることでしか人に紛れられへん。“同じ穴の狢”——バケモノ同士やろ!」


 彼はそう言って八重歯を剥き出し、挑発的に笑う。

 

 だがロゼは動じない。

 ただ、静かに。わずかに眉を顰めた。


「まさか……貴方――」


 その瞬間だった。


「ちょーーっと待ったああぁぁ!!」


 乱闘の騒音すら叩き割るような怒声が、正面ホールに轟く。

 あまりの大音量に、ロゼと灰燼の怪物(グリート)は思わず力を緩め、鍔迫り合いを解いた。


「ちゃんと聞いてたんだからね!!」


 敵を掻い潜りながら、ソラが叫ぶ。

 時折、剣から電撃を走らせ、追手を弾き飛ばしながら。

 二人のもとへ駆け寄る。


 息は荒い。肩は大きく上下している。

 それでも。


「ロゼのこと……バケモノって言ったでしょ!? 今!!」


 怒りだけは衰えない。


 それを真正面から浴びた灰燼の怪物(グリート)は、露骨に顔を顰めた。


「えー……なんやねんこの嬢ちゃん。今わざわざ怒りに来るとこか?」

「私は貴方(ソラ)に、最初に“バケモノ”って呼ばれたけどね」


 横から冷静に刺すロゼ。


「そ、そのときはそのとき! でも今は違うの! 今は――友達だから!」


 叫びが震える。


「友達が“バケモノ”って言われたら、ムカつくに決まってるじゃん!!」


 一瞬、場の空気が止まる。


 だが直ぐに、たじろいでいた灰燼の怪物(グリート)の仲間――敵たちが、再び動き出す。

 気配に気付いたソラは、慌てて方向転換し逃げた。


 猛る感情に身を任せるソラだったが、そろそろ限界が近付いていた。

 初めての実戦で緊張は張り詰めっぱなし。

 汗は止まらず、呼吸は浅い。

 足が、思うように上がらない。


(でも、まだ……やれる……!)


 その瞬間だった。


 ぐらり、と視界が揺れる。


「――あ」


 逃げている最中に足がもつれた。

 次の瞬間、派手に転倒する。

 床に叩きつけられる衝撃で、肺から空気が抜ける。


 拍子に手を離れた剣が、甲高い音を立てて床を滑っていく。


「あっ……だ、ぁ……!」


 痛みに呻く暇もない。

 背後から迫る足音。

 影が、覆いかぶさる。


 振り返ったソラの瞳に映ったのは――迫り来る刃だった。



  

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