第2話 「女王の頼み事」
どこまで来ている?
何かを探るような物言いではあるが、こちらに向けられているエルザの翡翠色の瞳は澄み切っている。まるで答えなんて最初から分かっていると言わんばかりに。
「……どういう意味だ?」
「そのままの意味だ」
そのまま……か。
まあそれはそうなのだろう。ただ俺が気になっているのはその先。ただの現状確認なのか、それとも神剣の新たな担い手を召喚する日が迫っている……なんて現実を突きつけるためかだ。
「貴様が神剣に代わる魔剣を作ると言って、魔剣鍛冶に転向したのが7年程前。シルフィーナの剣を始め、それなりの業物を打てるようになっていることは聞き及んでいる」
「え……神剣?」
「ん?」
「あ、いえその……申し訳ありません。何でもないです」
「いや、気にするな。フレイヤはよくシュナイダーと一緒だと聞いていたのでな。すでにそのへんのことは知っていると思ったのだ」
「そうですか……って、そそそそんなに一緒に居ませんよ!? そ、そのシルフィ団長経由で知り合ったと言いますか、仕事関連であたしがルーくんのところに行けと言われることが多かっただけで!」
仲良しだとか付き合っていると言われたのなら分かる。だが一緒に居ると言われただけで、ここまで必死に否定する必要があるのだろうか。
女王に誤解されたくないだけかもしれないが……この小娘はなんだかんだで俺のことが嫌いなのでは?
まあ好かれるようなことをしている覚えもこれといってない。故に嫌いだと言われても納得はするがな。ただ剣の代金は払い終えるまでちゃんともらう。俺の仕事は慈善事業でもないし。
「そうか……しかし、その反応」
「ちちちちち違いますから!? そんなんじゃないですから。誰がこんな仏頂面で無愛想な男なんか……!」
「……ほぅ」
確かに俺は他人よりも仏頂面で無愛想な男だろう。それは認める。
しかし、未だに恋愛経験もないどころか実年齢以上に幼さを感じさせる年下から何故なんか呼ばわりされないといけない。親族や親戚という関係ですらないのに。
「え、いや、その……! 今のは勢い任せに出ただけというか、実際に思ってることではあるけど。でもそのえっと、ルーくんにも良いところがあるのは知ってるから! うん!」
「誤魔化そうとして逆にボロを出しているし、上から目線な物言いが癪だが……まあいい」
今後うちに来てもタダでは飯を出さないようにしよう。ユウにも厳命しておかなければ。
「良くない! 今のまあいいは絶対に良い感じのまあいいじゃない。絶対あたしに対して何かしらあるまあいいでしょ!」
「ふふ……」
「あ……もももも申し訳ありません! 女王様の前で許可もなくベラベラと」
「何度も言っているが気にするな。仲睦まじいことは良いことだ……それに上司が上司なら部下も部下ということが理解できたからな」
「え……?」
「エルザ様、私はそんなに取り乱したりしていません! 大体エルザ様が前触れもなくあれこれ言うのが悪いのではありませんか!」
そのとおり。
だがシルフィ、お前は自分が思っている以上に取り乱しているぞ。任務に就いている間は凛とした佇まいを崩さないんだろうがな。
「落ち着けシルフィーナ。団長の貴様がそれでは部下に示しがつかんだろう。何より話が進まん」
「私が原因みたいに言われるのは心底癪なのですが。そもそも話が進まない最大の原因はエルザ様だと思います」
「ふ……貴様も言うようになったではないか」
「これまでに散々あることないこと言われてきましたから」
「そうかそうか……もう任務優先で女の幸せなんて必要ない。女というだけで下に見てくる男なんてクソ食らえ。見た目と剣の腕しか取り柄がないと言われていた堅物で生真面目なシルフィーナはもういないのだな」
ひどいほど他人の過去に脚色をして話す奴だ。と言いたいところではあるが、あながち間違ってもいない。
出会ったばかりの頃のシルフィは、今のように柔らかい表情なんてしていなかった。
いつも真面目な顔をして任務第一。勤務中に気を抜くような輩が居れば、厳しく非難し、冗談も通じない融通の利かない騎士というイメージが定着していた。
まあ……当時のシルフィは没落気味だった家の再興に必死だった。
それに毎日のように死んでもおかしくない戦場に身を置いていたのだ。気を抜いた者から死んでいく。そういう意味では、当時の非難も彼女の優しさから来るものだったのかもしれない。断定できないのは本当に当時の彼女はザ・堅物の騎士様という言葉が似合うからである。
「人の過去を捏造するのはやめていただけますか! あの頃から料理は出来ましたし、目的があっただけで女の幸せが必要ないと思ったことはありません。そうですよねルーク殿!」
「……まあ」
「その微妙な反応は何ですか!?」
いや、だって……ねぇ?
「認めろシルフィーナ。昔の貴様は自分が思っている以上にひどい振る舞いをしたいたのだ。しかし、そんな貴様が魔竜戦役の終わり頃から……いやはや、今思い返してもまさか貴様からあのような相談を受けるとはな。しかも我に相談するあたり……くくく」
「なっ……と、当時は仕方ないではないですか! 大体その話を何で今ここでする必要ありますか? というか、誰にも言わないで欲しいとお願いしてましたよね!」
「別に中身は話しておらんだろう?」
「話として出す時点でダメです!」
団長の肩書きなんて知ったことか、と言わんばかりの必死さである。
その様子を見ているエルザは笑いながらもどこか呆れた雰囲気を漂わせる。
魔竜戦役時代にも何度か見たことがあるやりとりだが、あの頃よりもひどくなっているように思えるのは俺だけだろうか。
まあ当時のふたりを知らないアシュリーでは判断の仕様がないのだが。
「やれやれ……そのような態度だから一向に」
「それ以上何か言うつもりならさすがの私も怒りますよ! 確かに過去エルザ様に相談を持ち掛けたのは私です。ですが、そのあと何度も言っているでしょう。私のことは私が決めると。そもそも心配するフリをして茶々を入れるのやめてください。あなたはそうやっていつもいつも私のことを玩具にするから無駄に心労が溜まるんです!」
シルフィさんシルフィさん、はたから見ればあなたはすでに怒ってますよ。
ただシルフィは俺のように人から悪く思われるような言動を普段は口にしないし、アシュリーのように何でもかんでも自分の気持ちを素直に出さない。それだけに溜め込んでいることも多いだろう。
故に今ここで激情をぶちまけるのも仕方がないことだ。激情の元となる感情を溜めさせる相手は大方そこで優雅に茶を飲んでいる紅毛さんだろうし。
これは余談だが……怒ってるシルフィ団長も素敵♪ って言いたげな顔をしてるアシュリーさんって気持ち悪いよね。
普通の騎士なら固まって身動き取れなくなるか、オロオロするのでは。愛の力と言われたらそれまでだが、こんなところでそれを向けられてもシルフィは困るだけだろう。というか
「シルフィ、まだ言いたいことがあるかもしれないが話を戻していいか? このままじゃ一向に話の終わりが見えない」
「……どうぞ」
何故微妙に睨む?
いやまあ……俺に対しても何かしら言いたいことはあるのかもしれないが。付き合いが長いだけに言動に気を付けているわけでもないし、知らないうちに癪に障ることをしている可能性は十分にあるし。
ただこれだけは言っておきたい。
アシュリー、今お前に睨まれる筋合いはない。
お前のシルフィへの想いは知っているが、成就しているわけではないのだ。
それにここには呼び出しを受けて来ている。云わば現状行われている会話は必要なものというわけだ。にもかかわらず負の感情を向けるのは間違いだぞ。
「確か……俺の魔剣がどの程度のものになってるかって話だったな」
「そうだ。神剣にはどの程度近づいた?」
その浮かべている笑みからしてある程度分かっていそうなものだが……直接言わせたいんだろうな。本当性格が悪い女だ。
「神剣には程遠い。あれを業物だとするなら鈍らだ」
「え……ルーくんの魔剣ってその程度だったの?」
「アシュリー、その言い方はルーク殿に失礼ですよ。魔剣を打てる人材は大陸中探してもそういません。その中でもルーク殿は上位の腕前に入ります」
シルフィのフォローはありがたいが……神剣と比較した場合、アシュリーの言ったとおりまさにその程度の力しかない。それほどまでにあの剣の持つ力は強大だ。
「ただ魔剣は素材となる魔石でその効果が分かれ、複数掛け合わせることで何かしらの能力を高めたり新たな能力を発現するのです。用いる魔石やその配合の比率、加工の手順……それらを考えると組み合わせは無限に等しいでしょう」
「む、無限……数えきれないくらいあるってことですか?」
「そうですよ。故に魔剣を打とうする鍛冶職人は少なく、また優れた魔剣を作るのは大変なのです……まあ私も打った経験はないので知識だけの話ですが。ただルーク殿は私達のために色々と苦労してくれているのです。それだけは忘れてはいけませんよ」
「はいシルフィ団長、あたし忘れません!」
……なんて良い感じまとまったわけだが。
あの小娘は絶対次に会った時には忘れてるだろうな。忘れてなくても感謝の気持ちを表に出すような真似はしないだろう。ノリと勢いで生きてるような奴だし。
「一段落したようなので先に進めるが……現状で貴様の魔剣はどの程度で今後どうなる予定だ?」
「ひとつの魔石だけで打ったものならそれなりと言ってもいい。ただ神剣はおろか歴史に名が残っている魔剣を超えるためには複数の魔石を使って打たないと無理だろう。現状ある程度の組み合わせは試したが……正直お手上げに近い。だから今後は希少性のあるものも試していくつもりだ」
「ふむ……それは好都合だ」
好都合?
表情を見る限り、神剣の担い手を召喚するといった俺からすれば悪い話をするようには見えない。
「どういう意味だ?」
「貴様に都合が良い話を持ってきたという意味だ。実は最近我が国とノーリアスの国境付近に星が落ちるのを見たという情報が入ってな」
星が落ちただと?
それは……つまり
「え……星ってあの星?」
「おそらく今エルザが言っているのは今お前が考えているものとは別物。流星石と呼ばれる魔石のことだ」
「流星石?」
何それと言いたげな顔だ。
まあそれも無理はない。流星石はある理由から希少性が高い。また一般の生活では何の役にも立たない魔石だ。知っているのは魔石に関連する職に就いているものか身分の高い者くらいだろう。
「シルフィ団長は知ってます?」
「ええ。ざっくりと説明しますと星空のような雰囲気のある魔石です」
本当にざっくりとしてるな……。
そんな俺の視線を感じ取ったのか、シルフィは軽く咳払いして補足説明を始める。
「この世界には墜星竜と呼ばれる飛竜がいるのですが、この竜は普段魔石を始めとした鉱石を主食にしています。ただ食べた鉱石全てを消化できるわけではないらしく、消化できなかった一部が数年から数十年という時間を掛けて体内に蓄積され結晶になるのです。この結晶が流星石です」
「へぇ~……でも何で流星石って名前なんですか?」
「それはですね、詳しくはまだ分かっていませんが、墜星竜が結晶を体外に出す時は決まって空からなのです。故にそれを見た者からすれば星が降ってくるように見えます。そこから流星石という名前になったそうです」
シルフィ団長物知り~♪
アシュリーの顔はそう言いたげだ。外面は感心した笑顔だが、何故か中身が透けてハイテンション状態のアシュリーが見える。俺の脳内が勝手に補完して生み出しているだけなのかもしれないが……いや徐々に顔がにやけてきてるから真実のようだ。
そんな本心が表に出るのが不味いと思ったのか、アシュリーはふと我に返ると俺の方に顔を向ける。
「ねぇルーくん、その流星石っていうのは具体的にどんな魔石なの? 具体的に言ったけど出来れば簡潔に」
「単体で見ればただ綺麗なだけの魔石だ。断魔鋼のようにそれ効果があるわけでもなく、一般にも普及しているもののように魔力を通せば火が出たりするわけでもない」
「それだけ聞くと……何ていうか価値がなさそうな気が」
「実際お前からすればこれといって価値はないだろう。魔剣鍛冶以外に欲しがる者が居るとすれば、美術品や装飾品を求める金持ちくらいだ」
それ以外で求める奴が居るとすれば……どこぞのエルフのように自分の欲求のために魔石を集めている変態か、魔石や墜星竜の生態を研究している学者くらいのものだろう。
「魔剣鍛冶以外は……ってことは、ルーくんとしては欲しいものなの?」
「ああ。現状で言えば喉から手が出るくらいにな」
流星石はあらゆる鉱石が混じり合うことで出来た魔石。
しかし、単体では魔石としては無価値に等しい。なのに何故魔石として扱われるか。それは……
「流星石は他の魔石に混ぜることでその効果を高める性質を持つ。より優れた魔剣を打つには必需品とも言えるだろう」
「なるほど」
アシュリーは納得したような顔を浮かべるが、この話を始めた時から俺の中にあった疑問は膨れていくばかりだ。
流星石の話は俺にとってありがたい話だ。
ただわざわざ呼び出してまでするような話か? それこそアシュリーにでも落ちた場所などの情報を持たせて俺を訪ねさせればいい。それに……呼び出すにしても女王自ら話す必要がどこにある?
「……エルザ、お前の目的は何だ?」
「何のことだ? と言いたいところだが……もうあまり時間もないのでな。正直に話すとしよう。シュナイダー、貴様にはひとつ頼み事をしたい」
「頼み事?」
「そうだ。流星石を取りに行くついでに出来る簡単なものだ。その内容だが……」