第1話 「騎士団長の罠?」
「……何でルーくんがここにいるわけ?」
そう尋ねてきたのは騎士の恰好をしたアシュリーである。
久しぶりに顔を合わせているだけに戸惑いのある顔で……ということならまだ理解できるのだが、今アシュリーが俺に向けている顔は実に不機嫌だ。何故こうもこの女は可愛げのない行動ばかりするのだろう。
まあ予想としては……。
アシュリーと鉢合わせした場所は第一騎士団の団長室前。
第一騎士団の団長はシルフィであり、彼女から呼び出されたアシュリーは緊張感を覚えながらも内心ワクワク、ドキドキ、らんらんらんと弾ませていたはず。
きっと……あぁ~シルフィ団長♪ 状態になっていたに違いない。
そこに俺が現れたことで、呼び出されたのは自分だけではなかったという落胆。
シルフィが俺に自分には見せないような顔をするかもしれないという嫉妬。
そのような様々な感情が混じりあった結果……今という現実があるのだろう。
「はぁ……騎士でもない俺がここに居る理由なんて考えなくても分かるだろ。お前の栄養は頭に行ってないのか」
「別に分かってるし! ルーくんはシルフィ団長と昔から知り合いだし、凄腕の鍛冶師で剣の腕だって良いし。何かしら頼み事があるんだろうなってくらい想像つくし! それと胸やお尻以外にも栄養行ってるから……って、何言わせんのよこの変態!」
根っこが素直なだけに貶そうとして地味に褒めてるし、暗に言おうとしたことを理解しているだけ本当のバカでもないのだろう。
まあ俺以外からも言われてるから気づいただけかもしれないが。
ただ……最後のはどう考えても自爆だ。
それなのに何故俺が変態扱いされないといけない。治療目的でもないのに裸を見たとか、胸や尻に触れてしまったのならば当然だとは思うが。そもそも……
「必要以上に妄想を膨らませて顔を赤くしてるお前の方が変態だと思うが……まあいい」
「いいわけあるかぁぁッ! そこで何で置くかな? 置いちゃうのかな? そこで置いちゃったらルーくんの中のあたしはルーくん以上の変態で終わっちゃうじゃん!」
「別に終わっていいだろ」
「良くない!」
「団長室の前なのにか?」
見る見るアシュリーの顔から赤みが引いて肌色に戻り、そこを通り過ぎて青ざめていく。
想像だけでここまで短時間で顔色を変えられるのはある意味才能ではないだろうか。訓練を積めば良い諜報員に……
なれるわけないか。根が素直過ぎるから性格が変わらない限り嘘を吐けるようになってもすぐにバレるに決まってる。
そう結論付けた俺は、軽く拳を作って目の前の扉を叩く。
隣からまだ心の整理がついてないんですけどッ!? と言いたげな視線が向けられているが気にしない。
何故なら突然の呼び出しだっただけに近所の農家へ連絡をしたりしていないのだ。こうしている間にも仕事が入っている可能性がある。早めに終わらせたいと思うのは当然だろう。
扉の向こうから入室を許可するシルフィの声が返ってきた。
その声を聞く限りアシュリーに対して怒っているような雰囲気は感じられない。だがアシュリーは団長室に入るという緊張もあって理解が及んでいないのか、俺の着ているコートを軽く握りしめている。
お前は迷子の子供か、と言いたくもなるが振り払ったりすると余計に面倒臭い気がするのでそのまま入ることにした。シルフィを視界に捉えればおそらく姿勢を正すだろう。
「邪魔するぞ」
「しししし失礼します!」
部屋に入るとお茶を汲んでいるシルフィが笑顔で出迎えた。
どこぞのクソジジィにも見習ってほしいものである。まああのジジィにシルフィのような真似をされても気持ち悪いだけだが。
「おふたり共、急にお呼び建てしてすみません。すぐにお茶を出しますので」
「あ、ありがとうございます! ……って、そういうのは下っ端のあたしがやりま……げふッ!?」
アシュリーが何故女の子にあるまじき声を出したのか。
それは全速力でシルフィの方へ行こうとするアシュリーの首元を俺が掴まえたからだ。
「何で首根っこ掴んだし! 危うく死にそうになったんだけど。本気で呼吸が一瞬止まったんですけど!」
「うるさい。黙れ。そして何より近い……大体今のお前がやったところでお茶をひっくり返すのがオチだ。少しは落ち着け」
「ぐぬぬぬ……」
アシュリーは何かやらかしそうな自覚はあるのか、睨みこそすれ言い返そうとする素振りは見せない。
そんな様子をシルフィはお茶を淹れながら笑顔で見守っている。今日も仲が良いとでも思っているのだろうか。
もしそうなら見守るのでなくアシュリーに構って欲しい。そうすれば俺が心身共に疲れなくて済むから。
「待たせたな!」
覇気のある声が響くのと同時に団長室の扉が盛大に開かれる。
それによってアシュリーは大きく身を震わせたが、俺ははたから見ても分かるほど肩を落とした。何故なら今この部屋に入ってきたのは、俺が現状で最も会いたくない人物のひとりだからだ。
「久しいなシュナイダー! こうして顔を合わせるのはいつぶりであろうな……ん? 何だその顔は。露骨に嫌な顔を浮かべおって。まるで我に会いたくなかったような顔ではないか?」
「何でそこで疑問形になる?」
「そんなの決まっておろう。貴様は我のことが好きではないか」
紅の長髪を靡かせながら堂々と言い切ったこの女の名はエルザレッド・ヴァン・エストレア。
魔竜戦役時代に英雄達と共に戦場を駆けた第一王女であり、現エストレア王国の女王。戦時は身の丈ほどの大剣を片手で振るい、その一撃は竜種だろうと両断する。歴代の中でも最も武闘派な王族だろう。
それだけにドレスといったものは好まず、軍服にも似た装飾の施された紅色の衣装に身を包み、その上には純白のコートを羽織るスタイルが多い。
顔立ちや身体つきは、さすがは王族と言いたくなるような完璧な美がある。
だが出会ってからの発言から分かるように傍若無人というか、自分勝手なところが多々ある女だ。
故に鍛冶屋を始める際に世話になったとはいえ、顔を合わせた際の面倒臭さを考えると素直には礼を述べたくならない。
「別に嫌ってはいないが、お前を異性として見た覚えもない」
「ふ、相変わらず貴様は照れ屋だな」
「このクソアマ……」
会う度に会話が成立しなくなっているように思えるのは俺の気のせいなのか。
いや気のせいじゃない。日頃完璧な女王として振る舞っているストレスを解消するために絶対俺で遊んでやがる。すればするほど俺の足が向かなくなることくらい分かるはずだろうに……
王族でなかったら遠慮なく殴れるんだが……、と考えていると誰かに服の袖を引かれた。
意識を向けてみると、そこには超が付くほど小刻みに首を横に振っているアシュリーの姿が。過去にないほどのテンパり具合だがいったいどうしたのだろうか。
「何だ? 言いたいことがあるなら口で言え」
「何でルーくんはその人……じゃなくてその方にも普段と変わらない態度なの! その方はやばいから。気安く口を聞いて良い方じゃないから!」
小声で激情を伝えるなんて芸当がお前に出来るとは。
普段からそのボリュームで気持ちを伝えてくれると俺の耳にも優しいんだがな。まあ言って出来るようなタイプでもないか。
「お前が言っていることは正論だ。それは認めよう……だがクソアマにクソアマと言って何が悪い」
「悪いよ! 正論だって認めるなら自分が悪いことしてるって自覚して。その方この国の女王様だよ。エルザレッド・ヴァン・エストレア様なんだよ!」
「その通りだぞシュナイダー……と言いたいところだが、アシュリー・フレイヤ」
「え、何であたしの名前を……って、そうじゃない。あたしなんかの名前を憶えてくださって恐悦至極です。それで何でごじゃいましょうか!」
ここで盛大に嚙むとはさすがはアシュリーだ。
ただ俺も鬼ではない。本人が逃げ出したいほど顔を真っ赤にしているのに追い打ちをかけるような真似はしない。故に口には出さないでおく。
「度々報告で聞いてはいたが、貴様は面白い奴だな」
「きょ……恐縮です」
「そう堅くなるな。堅苦しい連中は身近な者だけで間に合っている……まあ魔竜戦役からの付き合いのあるシュナイダーのように接するのは難しいだろうがな。我に女王という肩書きを気にせず話す相手はシュナイダーを含めても数が少ない」
その言い方だとまるで俺が最初から無礼な奴だったみたいに聞こえるんだが。俺の記憶に間違いがなければ
畏まって話すな。それと我のことはエルザと呼べ。姫扱いしてくるのは身近な者だけで十分だ。
そのようにエルザの方から英雄として召喚された者に言っていたはずだ。俺はそれを守っているだけに過ぎない。さすがに会議だとか他にも重鎮が集まる場所では改まって話すが。
「皆さん、お茶が入りましたよ。エルザ様もどうぞ」
「うむ、すまんな」
「アシュリーも」
「あ、ありがとうございます!」
シルフィがお茶を渡すことで乱れた場の空気が穏やかなものに変わり、全員ソファーに腰を下ろす。この空気感が最後まで続いてほしいものだ。
まあ……無理だとは思うが。
すでに優雅にお茶を飲むエルザはともかくお茶を渡されたアシュリーは、感銘を受けて胸がいっぱいになっているのか実に気持ち悪い顔をしている。
女王が近くに居てもブレないところはある意味尊敬するが、人に礼儀を説くなら自分の身も直してほしい。
「ルーク殿、お気に召しませんでしたか?」
「いや……別にそんなことはない。ただ考え事をしてただけだ……ところでシルフィ」
「はい」
「エルザが居る時点で確認するまでもないんだが……お前、俺を嵌めただろ?」
こちらの問いかけにシルフィは露骨に視線を逸らす。
問いかけてきたのが犯罪者といった存在ならば狼狽えることはなかったのだろう。だがシルフィは心優しい性格をしている。知り合いに対して嘘を吐くような真似をすれば罪悪感を感じないはずがない。たとえそれが傍若無人な上司の命令であったとしても。
「そ、それは……その」
「シュナイダー、分かっているのならわざわざシルフィーナを責めるのはやめろ。男という生き物が気のある相手につい意地悪をしたくなってしまうことがあるのは分かるがな」
「なっ……!?」
「やめるのはお前の方だ。人の言葉に便乗するようにからかうのはよせ」
「やれやれ、貴様は相変わらずシルフィーナには甘いな。我のことが嫌いなのか?」
「全否定はしないが一部嫌いだとははっきり言っておく」
「ふ……そうか。だが我はそんな我が好きだ!」
そういう奴だってことは理解しているが、わざわざドヤ顔で言うな。ただでさえ腹が立つのに憎たらしい顔まで絵になるから余計に腹が立つ。
「そんな情熱的な目で我を見るな。我はこの国の女王、今の貴様では気安く抱ける相手ではない」
「誰もそんな目で見てないだろ。欲求不満ならガーディスにでも抱いてもらえ」
「確かに屈強な男でなければ我の相手は務まらん。それに普通ならあの年齢では無理な者も居るだろうが、あやつならば老いた今でも問題なかろう。だが……さすがに育ての親とも言えるようなあやつに抱かれるのはな。あやつも赤子の頃から知っておる我を女として見れまいよ」
さすがは女王様。真昼間から年頃の娘が近くにふたり居るというのに堂々と言いなさる。
もう少し恥じらいを持った方がもっと男も寄ってくるだろうに……ある程度腕が立つ者でなければ、そもそも異性としても見ないのだろうが。
そういう意味でこの女は今後結婚出来るのだろうか。
政略的なものならばありえそうだが、それがなければ彼女はこの国でも上から数えた方が早い実力者だ。それだけにお眼鏡に叶う男は少ない。あと数年で30歳を迎えるというのに……まあ俺が心配することでもないか。
「そうか。まあお前の性欲やら営みについてはどうでもいい。今日シルフィを使ってまで呼び出した理由はなんだ?」
「貴様の顔を久々に見たかったからだが?」
「とぼけるな」
「やれやれ、せっかちな男だ……まあ、女王という身なだけにあまり時間がないのだがな。故に望み通り本題に入るとしよう」
エルザはそう言ったものの一度お茶を手に取り口の中を潤す。時間がないとは言っていたが、思いのほか長話になるのかもしれない。
「さて……本題に入るとは言ったが、シュナイダー貴様にひとつ確認しておきたいことがある」
「何だ?」
「貴様の魔剣……どこまで来ている?」




