9『荒野に咲く百合の花』
牢獄と言っても、お粗末まものだった。いわゆるデパ地下の一角、片付けられているマネキンなどから服屋だったと思われるが、そこの格子型シャッターを下ろしただけの、簡易牢獄だ。
ただし、手錠までかけられてしまえば、逃げるのはそう簡単じゃない。室内には脱獄に必要と思われる道具なんてなかったし、出入口はシャッターの向こう以外は完全に封鎖されていた。
そんな密室に、僕はなずなと呼ばれる女の子と一緒にいた。
「電気はどうしてるの?」
「バッテリーがいくつもある。そう無駄遣いできるわけじゃないから、この一角はみんなロウソクとかで細々とやってる」
ランプの置かれたテーブルを挟んで、僕となずなは対峙している。彼女はすでにガスマスクを脱いでいて、平気なのかと問うと最初に空調管理を徹底させたからウィルスが増殖していないそうだ。
なずなは青色の髪を長く下ろしていて、どこか園田さんに似ている雰囲気があった。きつい瞳が与えてくる威圧感や、口調などは似ても似つかないけれど。
「食糧は?」
「たまに捜索班を出してる」
「佐倉さんもじゃあ」
「美鈴は……」そこまで言って、なずなは舌打ちした。
「どうでもいいだろ。とにかく、問題はお前だ」
そうだ。ずっと僕は核心を突かれるまで、できるだけ時間を稼いでいた。この世界で、今まで僕がどうやって生きてきたかとか、そういう質問がいつ来ても回避できるようにずっと考えていたのだ。
準備は万端。いつでもかかってこい。
「お前は、美鈴の何だ」
「……は?」
しかし、飛んできた質問は、あまりにも意味がわからなくて。
「何、って……」
僕はびっくりして、口ごもってしまった。
「ま、まさか、お前」
なずなはゴクリと唾を飲んで、静かな声で言った。
「彼氏、とか?」
「は?」
間髪入れずに言うことができた。今回はどもらない。
「んなわけないだろ! 僕はついさっき会ったばかりで」
「でも、同じ学校なら、昔に会ったことくらい……あいつ、美人だし」
いや、そりゃそうだけど。
「なんで君がそんなことを気にするんだよ」
「うっ、うるさいな……」
そう言うと、なずなは椅子を後ろに傾けながら、そっぽを向いてしまった。どこか顔が赤らんでいる気もする。おいおい、まさか、これって。
「……佐倉さんのこと、好きなのか?」
「ブッ――」
なずなは思いっ切り吹き出して、椅子から転げ落ちた。立ち上がると腰から拳銃を抜いて、僕の額に押し付ける。
「殺す」
「いやいや待ってって! 悪意はない!」
「――くそっ」
なずなは舌打ちをすると、銃をしまい、乱暴に椅子に腰かけた。テーブルの上にどっかりと足を載せたりして、不遜な態度を取っている。
「どうせ、お前も内心じゃあ笑ってるんだろ」
「え?」
どういうことだ?
まさか、この反応、こいつマジで。
「レズだの、キモいだの、なんだのって……もう、慣れた」
「君は」
「あーもうさっきから君君うっせえなあ! あたしの名前は御堂なずな! なずなでいいから、そう呼べよ」
「あ、ああ。なずな、さん」
「呼び捨てろ」
「なずな」
慣れない。
女子を下の名前で言うことすら憚られるというのに、いきなり呼び捨てなんて、できるわけがない。でも、言わないとまた銃を向けられそうだ。
「なずなさ……な、なずなは、自分のこと変だと思ってるのか?」
「はあ?」
僕の問いに、なずなは完全に意味がわからないと言った表情だ。
「思ってるわけねえだろ」
「じゃあ、いいじゃないか」
言ってやった。
別に、自分の趣味だとか、恋愛対象だとか、そんなので笑われたって気にする必要もない。もちろん、空気を読んで我慢することも大切かもしれないけれど、自分がそう思っているのなら、いくら誰になんと言われようと関係ないだろう。
僕はずっと、そうやって生きてきた。
「気にする必要はないんじゃないか。笑われたって、いいじゃないか」
「お前……あたしの、何を知ってそんな口が」
「だからなんも知らないって。なんも知らないから、こうして適当なこと言えるの。なずなさん……なずなが、そう思うんならいいんじゃないのって。別に僕は、百合だからってなんとも思わないよ。むしろ」
萌える。
「むしろ、なんだよ」
「えっ!? い、いやなんでもないよ」
はぐらかすと、またなずなは舌打ちをして、呟いた。
「変なやつ」
どっちがだよ。