断章3『新たな敵/新たな主人公』
回復した通信機から漏れ聞こえてきた言葉を、咄嗟に録音しておいた。こういう時の勘だけは冴えていると我ながら思う。屋上の扉を開けて、猫ヶ谷晴海は人気のない屋上に足を踏み入れた。
まずもって、目の前から美鈴が消えたことに驚愕した。ふと目を逸らした隙に美鈴は消えていて、テーブルに落ちていた通信機から美鈴の声が聞こえてきたのだ。
それからの話をすべて盗み聞きしたものの、まだすべてを理解したとは言えないだろう。だが、おおよそのことは把握した。朝桐海斗とユーリカ、二人の存在についてある種の確信が生まれたのだ。
以前も、部屋に仕掛けていた盗聴器から彼らが兄妹である情報を得ていた。しかしどうやらその情報は嘘だったらしい。彼らは理解し難いが、別の世界からやってきた存在だそうだ。その通路は、屋上で繋がっていると思われる。
屋上には通信機が落ちていた。海斗はここで通信機を外して、また別の世界に飛んでいったのだろう。そして猫ヶ谷の手には、彼らの呪文を録音したレコーダーがある。
同じ言葉を呟けば、僕も別世界に飛べるのだろうか。
そしてその世界ではきっと彼らのように――主人公として活躍できるのだろうか。
「朝桐、海斗」
彼の登場は、猫ヶ谷の存在意義を根っから奪い取っていった。最強の能力を手に入れることができて、かつリーダーとして振る舞えるようになった時点で自分が主人公になることは運命付けられていた。そう、猫ヶ谷は確信していた。
しかし、すべてを海斗によって奪われた。不死身の能力は見た目のインパクトだけでなく、その能力自体がチート級だった。気づけば美鈴は海斗のことだけを見てばかりいて、猫ヶ谷に見向きもしなくなっていた。
毎日のように付けていた美鈴の行動を記した日誌も、いつの日か付けなくなっていた。すべてを諦めていた。能力で、海斗を殺したらぼろが出る。そうなればリーダーとして生きることはできない。主人公としての立場も抹消される。
だから彼はできるだけ理解のあるリーダーであろうと努めていた。美鈴の心を持って行かれようと、それが運命なのだと理解してメンバーのために尽くすくらいの良心が彼にはあった。
でも、そのメンバーももはやいない。待機していた人たちを除いた多くの仲間たちはみなこの学園で理由もわからないまま消え去った。
猫ヶ谷の側近であり唯一の理解者であった雷凰もいない。愛していた美鈴もいないこの世界でリーダーとして立ち振る舞う気力は、すでになくなっていた。
「もう、僕はこんな世界にいたくない」
そして別の世界で、願わくば、朝桐海斗を敵として倒したい。
「これは、復讐だ」
通信機から盗み聞きした情報だけでは、まだわからない部分が多すぎる。それでも海斗が仲間たちを消し去ったことだけは、ユーリカの言葉から理解できた。
彼にはれっきとした大義名分があった。朝桐海斗は猫ヶ谷の仲間たちをすべて奪い去って、別の世界とやらに逃げ込んだ。今や自分が主人公になった気分だ。本当の敵がようやく現れた。例えそれが別の視点から見れば主人公であって、自分こそが敵として振る舞わなくてはならないとしても――今だけは、僕が主人公だ。
猫ヶ谷はボイスレコーダーを再生した。
同じ言葉を、ゆっくりと呟いていく。
「……っ、なんだこれは」
すると視界が唐突に歪みだし、意識が水に沈んだように重くなる。
手応えが、あった。
自分が別の世界に移動しているという実感を、確かに感じていた。
「待ってろよ、朝桐海斗」
片膝を地面について、無理やり微笑んでみせた。
「お前は、僕が必ず倒してみせる」
そうして、最大の敵は最大の主人公として。
海斗たちのいる世界に――降り立った。




