33『告白』
「ユーリカ!」
監視の男に鍵を見せて帰らせ、格子を開ける。どうやら元々は花屋かなにかだったようで、未だに部屋には花瓶や植木鉢などが置かれている。しかし、一見したところユーリカはいない。
「ユーリカ……?」
まさか、寝てるのか? 部屋を散策すると、そんな大きな一室ではない、すぐにユーリカの姿が見つかった。角で小さく丸まりながら、震えている。
「ユーリ……」
がばっと、ユーリカが顔を上げる。その顔は驚くほど悲痛に歪んでいて、今も溢れ出す涙でぐしゃぐしゃになっていた。ずずずーっと、鼻水をすする音がする。
「か、かいとひゃん……」
いったいどうしたのだろうか。たかだか部屋に閉じ込められたくらいで、こんな泣き喚くような子ではないはずだ。手を差し伸べようとすると、彼女の指が触れる前に、僕の手のひらにコバエが止まった。
「あっ」
「き――」
振り払おうとした瞬間、耳をつんざく絶叫が部屋の中にこだまする。
「きゃあああああああああああああああああああ!! もういやああああああああああああああああああああ!!」
そしてユーリカは僕に抱きついてきて、そのまま地面に押し倒されてしまった。ていうかこれ、見覚えある光景だぞ!?
「ちょ、どうしたのユーリカ落ち着いて!」
「虫、虫、虫、虫! 無理無理無理無理!」
あ、そうか。
確か彼女は虫が宇宙で二番目に嫌いなんだっけ。
聞いてはいたものの、さすがにこの異常な拒否反応は予想外だ。ユーリカは逃げ場がないからか僕のからだを絞め殺さんばかりの力でホールドしてるし、身動きが取れないしかなり痛い。しかもこの状況をまたしても美鈴さんたちに目撃されたら、もうさすがに言い逃れはできないだろう。
「わかった、わかったからとりあえず出よう?」
そう言ってユーリカの抱擁から抜け出そうともがくと、
「いやっ、ほんとだめなんですぅ~~!」
ユーリカはさらに力強く僕を抱きしめてくる。あ、ああ、触れてはいけない部分が肘に当たっている。決して大きいとは言えないけれども、小さいとも言えない、宇宙的に完璧な大きさ……脳汁がユニヴァース!
「……ひっ、い、いま、足のところになにか大きくて固いものが」
しまったあああああああ!?
「むっ、虫だ! ユーリカ今すぐ逃げよう!」
「か、かいとひゃん助けてくらさい~~~!!」
そうして僕はなんとか巨大な虫の恐怖から逃れることができた。
ああ、ほんっっっっとうに、危なかった。
*
ユーリカを落ち着かせてから、美鈴さんを探しに行くことになった。なずなに「まだ美鈴が帰ってこない」と文句を言われ、その瞳は僕が原因であると問い詰めているようにしか思えなかったんだ。
もちろん、なずなに尻を蹴られという理由も一つではあるが、実際に僕の言動が美鈴さんを傷つけてしまったことに疑いはない。
なずなたちは戦いのために準備をしているし、手が空いているのは僕だけだった。いや厳密には僕も手伝わないといけないんだけど、猫ヶ谷から直接突撃隊長を申し付けられたわけだし、現場で活躍すればいいだけの話だ。
しかし、探すと言っても果たしてどこから手を付ければいいのだろうか。まだ昼前とは言え、夕方には攻め込むと猫ヶ谷は言っていた。だからあまり時間はないのだが……と思い、とりあえずガスマスクの保管室に向かった。
「誰も来ていませんよ」
そういうことだったので、恐らくはアジト内のどこかにいるのだろう。考え得るのは厨房か、一人になれる場所と言えば限られてくる。
虱潰しにアジトを巡っていると、忙しそうに準備をしているメンバーたちと目が合った。物凄く申し訳なくなって視線を逸らしてしまったけど、きっと放っておいても美鈴さんは帰ってくるだろうと思ってしまった。
なぜなら彼女は義理堅い。それに、かなり気を遣う女性だ。
ならば、恐らくはこの状況を見て一人なにもせず引きこもっているということはできないだろう。きっとすぐに、出てくるはずだ。
いや、もしかするともう……
そうして僕は、元本屋で地図を広げている彼女を見つけた。
「美鈴さん」
「ひゃっ!?」
いきなり話しかけたからだろう。驚いたのか、裏返った声を上げた。
「か、海斗君……」
近づいて地図を見てみると、学校の場所に赤い丸がついていた。そこから幾重にも分かれた赤線を辿ると、どれもアジトに繋がっている。
「これは?」
「どう攻め込むのが一番、被害が少なくなりそうかって考えてたの」
「やっぱりね」
予想はどうやら、大正解だったようだ。
「やっぱり?」
「美鈴さんなら、きっともう何か働いてると思った。色々考えて、一人になれてかつ仕事もできる場所ってなんだろうって……それで、ここに」
「ああ」
美鈴さんはペンを置いて、こちらを振り向いて苦笑した。
「バレてたんだ」
「うん。えっと、今朝はごめんね」
「いいよ。酔ってたんでしょ。まだ未成年だよね?」
どこか発言に棘がある。当たり前か。酔ってたとは言え、美鈴さんに抱きついてそのまま寝てしまったのだから怒られて当然だ。
絶交されたって仕方がない、さすがに最低過ぎる行為だ。
「美鈴さん、その」
だからまず、謝らなくちゃいけない。
勢い良く頭を下げて、叫んだ。
「本当にごめんなさい! お酒は、その、ガブガブ飲んだってわけじゃなくて、ただ悠弥と約束をしたときの、盃事っていうか、それで」
「……い、いいよそんな謝らなくて。酔っ払ってたんだもん、仕方ないよ。私だって、別にそんなことに怒ってるんじゃ」
「いや、あれは我ながら最低だったって思う。だって、美鈴さんの気持ちをないがしろにして、からだに触るなんて……」
そう言うと、美鈴さんは上目遣いで僕を見上げながら、呟いた。
「じゃあ、海斗君の気持ちは?」
「えっ……」
し、質問の意図が理解できなかった。
どういうことだ。僕の気持ち? 美鈴さんに抱きついたときの、僕の心境ってことか? どうしてそんなこと、訊かれる必要があるんだろうか。
だけど言わなければならない。
めちゃくちゃ恥ずかしいけど、ここで嘘をついても意味がないから。
「そ、そりゃ、僕としては、その、抱き付きたかった、けど」
「……誰でも良かった?」
「そんなことない!」
即座に否定した。
「み、美鈴さんだったから、その、あんなの、夢みたいだって思って、実際は現実だったんだけど、僕にとっては、夢みたいなもので、えっと」
なんだろう、最低な行為を最低な言い訳で重ねている気がしてならない。
それでも美鈴さんは、真剣な眼差しで僕を見つめている。
「……美鈴さんだから、抱き付きたかった、です」
だから僕も、真剣に、自分の本心を伝える必要があったと思った。
すると美鈴さんは、ふっとその真剣な面持ちを崩して、頷いた。
「なら、許しちゃう」
その後に耳に届いた一言は、正直、嘘かと思った。
どうして。
そんなくだらない疑問は、声に出すことすら憚られた。
「ねえ、海斗君」
まさかと思った。
でも、思い当たる節はたくさんある。三ヶ月間、僕らはきっと誰よりも濃密な時間を過ごしてきた。料理したり、物資調達に行ったり、くだらないお喋りに興じたりと、世間一般的にカップルとして認められるようなことをしてきたんだ。なずなも、それを心のどこかで認めていたのだろう。
だからきっと、こんな展開は、ずっと思い描いていた。
「どうして許したんだと思う? これが、嫌いな人とか、どうでもいい人だったら、許すと思う? ねえ、どう、思い、ますか?」
でも、僕は、本当にここで答えていいのだろうか。
僕はまだ君に、本当のことを言っていない。そして例え僕が君と結ばれたとしても、その関係はすぐに消えてしまう。
だって僕は戻っちゃうんだ。
元の世界に、帰らなくちゃいけないのだから。
「海斗君……?」
僕は、僕は。
「……美鈴、さん」
時間はまだ、あるんだ。
「もう一度だけ、君に聞いて欲しいことがある」
だから、言ってしまおう。
こんな嘘だらけの関係は、そしてもう終わりにしよう。
「今度は、嘘なんかじゃない。僕の、本当のことを」
だから美鈴さん。
それでも僕のことを好きでいてくれるなら――
そのときは、僕から君に、告白するよ。




