3話
教室の空気は、いつもより少しだけ静かだった。
机の上には筆箱と受験票みたいな紙。
黒板には「定期テスト」と書かれている。
神代は席に座りながら、小さくあくびをした。
「神代」
隣から、柊が小声で言う。
「眠い?」
「ちょっと」
「テスト前なのに」
「寝たんだけどなぁ」
柊は少し笑う。
「神代らしい」
そのとき、先生の声がした。
「では、始めます」
テスト用紙が配られていく。
神代はペンを手に取った。
――カチ。
芯が出ない。
「……あれ」
もう一度押す。
カチ。
出ない。
神代は首をかしげて、別のペンを出した。
カチ。
……出ない。
もう一本。
カチ。
沈黙。
「……」
神代は静かにペンを見つめた。
三本とも、壊れている。
テストはもう始まっている。
どうしよう、と思ったとき。
隣で、コツン、と小さな音がした。
何かが床に落ちる。
柊のペンだった。
ころころと転がって、神代の足元で止まる。
神代はそれを拾う。
柊の方を見る。
柊は、まっすぐ前を見たまま。
でも、口元が少しだけ笑っている。
そして顔に、はっきり書いてある。
「使っていいよ」
神代は小さく息を吐いた。
「……ありがとう」
柊は、ほんの少しだけうなずいた。
神代はそのペンで、問題を解き始める。
カリ、カリ、と静かな音。
問題は、少し難しい。
「……」
神代は途中で少し止まる。
隣を見ると、柊も同じところでペンを止めていた。
目が合う。
柊が小さく口を動かす。
むずかしいねぇ
神代は、ほんの少し笑った。
それからまた、ペンを動かす。
教室にはチョークの音もなく、ただ紙をめくる音だけが続く。
時間はゆっくり進んでいった。
――そして。
「そこまで」
先生の声で、テストが終わる。
答案が回収されていく。
神代はペンを柊に返した。
「ありがとう」
「うん」
柊はペンを受け取って、少し笑う。
「三本壊れるのは初めて見た」
「俺も」
「奇跡だね」
「悪い方の」
二人は小さく笑った。
その日のテストは、前半戦が終わったところだった。
放課後。
学校から少し歩いたところに、小さなカフェがある。
窓が大きくて、午後の光がよく入る店。
神代と柊は、同じテーブルに座っていた。
机の上にはノートと教科書。
そして、湯気の立つ飲み物。
「……静かだね」
神代が言う。
「うん」
柊はノートを開きながらうなずく。
「勉強、進みそう」
「家よりいいかも」
神代は椅子にもたれた。
「柊」
「なに」
「今日のペン、本当に助かった」
柊は少しだけ笑う。
「神代が困ってそうだったから」
「顔に出てた?」
「ちょっと」
神代は苦笑する。
「ばれてたか」
柊はストローをくるくる回しながら言った。
「神代、分かりやすいから」
「またそれ」
「ほんとだよ」
窓の外では、夕方の光が街をゆっくり染めていく。
店内には静かな音楽。
ページをめくる音。
そして、隣にいる安心感。
「ねえ、神代」
「ん?」
「明日のテストも、がんばろ」
「うん」
神代は小さく笑った。
「ペン、壊れなければ」
柊はくすっと笑う。
「そのときは、また落とす」
二人は顔を見合わせて、少し笑った。
テスト期間は、少しだけ忙しい。
でもこうして並んで勉強する時間は、なぜか悪くない。
むしろ、少しだけ楽しみだったりする…なんてね。




