第85斤
気づけば8月も中旬に差し掛かっており、夏の熱気がここぞとばかりに空を焼き、弱体化した人類をクーラーの効いた部屋に閉じ込めているが、僕はそんな熱気に逆らうこともせず、クッションの上でいつものようにわっちん――黒和わわの雑談配信を眺めていた。
「最近すごい暑いけどみんな熱中症とか気をつけてねー」
僕の目の前にはわっちんの中の人、白野知晴がいて、パソコンに接続されているマイクに向かって喋り続けているのだから。あ、一瞬こっちを向いて笑った。かわいい。
1ヶ月程前、わっちんはドリーマーズオブザーサイのつよしといいだ、同じぱんどらぶれっど所属の繰夢ムリムとともに同接者250万人を突破するまでゲームし続ける配信を行った。結果その配信は1週間も続ける羽目になってしまったけど、それが地上波や新聞で取り上げられたり、それに対しての反応が各まとめサイトで若干面白おかしくまとめられたりした結果、最終的には見事達成することができた。
おかげで現在のわっちんの登録者数は見事に96万人となっている。世間をほんの少しだけ騒がせて250万人も同接者を集めたのにショボくないかという人もいるが、件の配信はドリザのチャンネルで行われたものなので、むしろわざわざわっちんのチャンネルまで辿りつき登録してくれた人が80万人以上もいてくれたことを感謝するべきなのかもしれない。知晴はどうせなら100万人いって欲しかったと不満顔をしているが、わっちんの方はこんなに登録してくれてありがとうございますと配信で泣いていた。まさに本音と建前である。
「またドリザとコラボして欲しい? いやいやいや……私もなんでコラボできたのかわかんないんだよね。そもそもなんでコラボしようとしたのかも覚えてないw」
コラボして欲しい人という話題になり、そこから流れてきたコメントを拾ってわっちんが笑いながら言う。
そう。このことは単純に喜べる話でもなかった。肝心のコラボをした理由というのをわっちんも、つよしも、いいだも、リムリムも誰も覚えていないのだ。まるでそこだけ全員の記憶がすっぽりと抜け落ちてしまっている様だった。ただ、とにかくこの4人でコラボ配信をしなければならないと思ったことだけは覚えているらしい。なんだそりゃと思うだろうが、当人もそう思っている。
「そう。怪奇現象としか言いようがないんだよねw 気づいたらドリザのスタジオで寝ててさ、起きたら配信関係ない知り合いが目の前にいてめっちゃびっくりしたw 『元気になったんなら配信続けよう!』って言って帰ってったしw」
ちなみに配信関係ない知り合いというのは、斉藤本太郎先生のことだ。どうやらドリザがスタジオとして利用しているマンションに住んでいたらしく、配信に映るドリザメンバー2人がヤバい状態になっているのを見て心配になり、スタジオを訪ねてきたということらしかった。
「ともかく、これからもっと色々な人ともコラボしたいな――あ、そうらんすちゃん! らんすちゃんもうぇんとなんか動画出してたよね。炎上した男と女ですみたいな感じで!」
そう。ドリーマーズオブザーサイは、以前うぇんがアンチに対して暴言を吐いたことで炎上し、ぱんどらぶれっどは富良らんすがゲーム大会でゴースティングをしたことで炎上した。炎上自体はやがて他の炎上やニュースによって今ではすっかりかき消されているが、今でも時期が似通っていたこともあってか、一緒くたにされることが多い。
「まぁ……私は炎上しないようこれからも頑張って活動を続けていきたいと思っていますのでどうかこれからもよろしくお願いいたします! 概要欄にグッズ販売のURL貼ってあるのでよかったら買ってください! あとチャンネル登録、高評価もよろしくお願いします! もうすぐ100万人突破するので! ではでは最後にスパチャ読みを!」
こうしてわっちんはスパチャ読みをした後、「またねー」と言って配信を終えた。
「ふぃー……」
わっちんはパソコンの電源を切り、イヤホンを外すと知晴に戻り、僕の元へとおぼつかない足取りでやってきた。
「楽しかったけど……疲れたよぉ……ムギぃ……」
僕はただ、彼女の胸の温もりを、全身で感じた。




