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第35斤

『おつかれぇー!』

「おつかれさま」


 イヤホンから真っすぐに聞こえてくる配信を終わらせたらしいムリムちゃんの明るい声に私は返事をした。


『ねーわっちん、こんなゲーム一体どこで知ったの? あたしも買う前に検索かけてみたけど他の人全然やってないよね?』

「ぬへれえ……」


 少し早口になっているムリムちゃんにストレートに尋ねられて言葉が詰まる。これをどこで知ったのか。それはすぐに答えられる。でも何からどう話せばいいんだろう。


 だってあれは……あまりにも変で、おかしな話だから。


 そう思いつつも私は口を開いた。数年前に起こったちょっとしたことに過ぎないのに、なぜかこの出来事は今でも昨日のこと、いや、それどころか数分前に起こったことかのように鮮明に思い出せる。


「えっと……3年くらい前に……なんか面白そうなゲームないかなって中古ゲーム屋さんに行ったら……」

『行ったら?』

「スーツ姿の金髪の外国人っぽい男の人に『これにするといい。いつか必要になる時が来るだろうからね』って言われて勧められて……それで……安かったし……」

『日本語で言われたの?』

「うん。ペラペラだった……あ、あと『私は小さな女の子が大好きでね。つい味方したくなるんだ』みたいなこと言われた……」

『ただのロリコンじゃん! なんか危ないことされなかった!?』

「特には……なかったかな……あ……でも……『これから先、君には嬉しいことや楽しいこと以上に辛いことや悲しいことが待ち受けているだろう。突然の事態に戸惑い、絶望するかもしれない。でもそんな時、このゲームが君を救うだろう』って……」

『なにそれ!? あーこれ配信で聞けばよかった!』


 ムリムちゃんの悔しがる声が聞こえた。しかしながら自分で言うのも何だけど、いくらなんでもファンタジックすぎると思うから、言っても変な雰囲気になった、と思う。


『でもさ、これであたしとわっちんが仲良くなれた訳だし、その人が言ったこともあながち間違いって感じでもないよね!』

「そ……そうだね……うへへへ……」

『うへへへへってw うへへへへえええw』


 仲良く、か。うへへへへへ……。よだれがキーボードに零れ落ちそうになったので慌てて拭った。いけないいけない。ムリムちゃんも変な笑い方しちゃってるし。


『ひとつ注意だ。このゲームは決して4人でやってはいけないよ。その場合、命の保証は私にも出来かねるからね。とはいえ禁じられたことをやるのが勇者って気もするけどね』


 突如脳内に、あの日の金髪の人の声が響く。


 きっと4人でやったらカオスになりすぎて大変なことになるんだろう。それはもう誰にでもわかることだよ……。


『あ、それとさ! 今度のデートの行き先決まってる?』


 ややあってムリムちゃんが尋ねてきた。


「それなら今日まい――うふぇじゃふぁふぁららいりえふじゃいえじゃあ!?」


 あまり考えずに返答したら舞原くんと言いかけてしまったのでわざと奇声を出して誤魔化した。舞原くんって誰と聞かれると困る。


『マイ!?』

「あ、いや! それはなんでもなくて! えっと、水族館! 水族館行こっかなって!」


 なんとか必死に取り繕う。


『まさかだけど鎌倉水族館行こうとしてる!?』

「あ、えっと、その」

『マイっていうのはそこのアイドルドルフィンのマイちゃんのこと!?』

「はえ……?」


 ムリムちゃんが唐突にまくし立ててきた。よくわからないけど鎌倉水族館にいるらしいイルカと勘違いしてくれたみたいでほっとする。でも嘘をつくのもよくない……ような気がする。でも正直に話す訳にもいかないし……どうしよう……と、とにかく、何か言わないと。


「あ……えっと……どこの水族館に行くかはまだ決まってなくて……でもムリムちゃんがそこに行きたいっていうなら……」

『行きたいとかそういうレベルじゃ――あー、いや、ちょっと待って!』

「う、うん……」


 なぜかムリムちゃんが焦った様子でミュートにして、一気に耳が楽になった。なんか私変なこと言っちゃったのかな……? そう思いつつしばらく沈黙に身を預けていると『わっちーん!』という声でビクッと身体が跳んだ。ちょっとうとうとしてた。


『おっけー! それじゃ鎌倉水族館行こうねー! 何かあったらまた連絡するね! ばいばーい!』


 そして一方的にそう言われて通話が終わった。瞬間私はキーボードに額を押し付けた。なんか昨日もこんな感じだった気がする。


 それはそれとして、とにかくこのことを舞原くんに――あ。


 スマホを手にしたところで私はゲーミングチェアから落ち、膝をついた。


 舞原くんの連絡先……知らない……。

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