第20斤
最初に、いくつかの説明をしておく。
富良らんす。VTuber事務所「ぱんどらぶれっど」に所属している、フランスパン系VTuberである。フランスパンを彷彿とさせるベージュ色の大きなポニーテールと出る所が出ているスタイルが特徴的であるビジュアルと、高めの可愛らしい声に視聴者が若干置き去りにされることもあるほどの奇想天外な発想と性格、雑談や幅広いジャンルのゲーム実況など多岐にわたる活動で人気を博しており、チャンネル登録者数は80万人を突破している「ぱんぶれ」随一の人気を誇るVTuberである。そのため「ぱんぶれ」では現在唯一、フィギィア販売もされている。ちなみにわっちんとは同期である。
GSB All Festival。YouTuber事務所「ZZZ Creators」が主催している「Goddess Shooting Bible」の大型オンラインカジュアル大会である。実況者、ストリーマー、プロゲーマー、そしてVTuberなどが一堂に会するため、視聴者からの注目や人気も非常に高い大会となっている。なお、わっちんは今までこういった大会に一度も参加していない。
ゴースティング。対戦型オンラインゲームにおいて、配信を行っている配信者と同じ試合に参加したプレイヤーが配信者の配信画面を見ながらプレイをする行為のことである。対戦相手の位置や所持しているアイテムなど、本来知り得ない情報を一方的に知ることが出来てしまうため非常に悪質な行為とされており、多くのオンラインゲームにおいて規約違反とされている行為である。当然各種大会においても禁止行為となっている。
「ここここれどういうこと!?」
白野さんが僕を揺さぶって尋ねてくる。
「僕が聞きたいんだけど」
「私なんも知らないよ!? そもそもらんすちゃんと関わりないし!」
「とりあえず動画見てみようか」
「う、うん……」
僕は伸ばした足の間に白野さんを挟みながら、動画を再生させた。髪が顔に当たってくすぐったい。
動画の内容は、富良らんすの大会配信において優勝候補筆頭とされていたプロゲーマーの声がかすかに聞こえたというものであり、富良らんすの配信とプロゲーマーの配信の音声を比較し、検証した結果、声が完全一致したというものであった。
念のため引用元である富良らんすの配信アーカイブの方も見てみたが、音量を最大まで上げると、確かに本来聞こえるはずがないプロゲーマーの声が聞こえた。
「これは……」
「これでしてないっていう方が難しいね」
コメント欄も『逃げられると思うなよ』『何してんだよ……』『失望した』『本人だんまり?』それ以外にも見るに堪えないコメントで埋め尽くされていた。白野さんも配信でわっちんの顔を映し出すのに使っていたスマホを机から取ってきて、このことについて調べ始めたみたいだった。ちなみに白野さんは一度立ったけどまた僕の足の間に戻ってきた。本当にチワワか君は。今はそんなこと言ってる場合じゃないんだけども。
「これ……ぱんぶれ公式のツイート……」
白野さんは僕にぱんぶれ公式のツイートを見せてきた。ツイートは8分前に行われていて「富良らんすの件に関しまして、運営におきましても現在本人に事実確認を行っております。一次対応と致しまして、本日から翌日にかけて予定されていた富良らんすの配信につきましては休止とさせていただきます」といった内容であった。
「これ……本気でやばい系のやつ……?」
「そうだね。かなりやばいね」
「ど、どどどうしよ舞原くん!?」
白野さんが180度回って僕にすがりついてきた。
「君自身が何か悪いことしたわけじゃないから大丈夫だと思うよ」
「そ……それはそうだけど……」
「とりあえず、今日はもう寝た方がいいよ。明日も学校あるし」
「う、うん……」
白野さんは不安そうな声を出しながらも、立ち上がって扉を開けた。僕も立って、彼女の後を追う。
廊下に出た白野さんは向かいにある扉を開けた。僕もそこに入ってみると、ホテルにありそうな大きいベッドと、ゲーミングでもなさそうな簡素な机と椅子がぽつんと置かれていて、デスクラックには教科書が綺麗に並べられていた。
「ここ……寝室……」
すっかり白野さんモードに戻った白野さんはベッドの上に寝転んだ。ちょっとルームウェアがめくれて白くて細いお腹がちら見えしている。見ていいものなのかこれは。
「じゃあまた明日ね」
「ま、待って……!」
指摘するとまた怒りそうだから黙ってそのまま帰ろうとしたら呼び止められた。白野さんは身体を起こして僕を見ていた。
「私が寝るまで……帰らないで……」
「えぇ……」
「この前……ホラゲやって……寝れなくなったから……いてよ」
「そうだったね」
彼女の頑張りに免じて、これくらいの望みは聞いてあげよう。僕はそう思いながら、椅子をベッドの横まで持ってきて座った。白野さんは僕を見て低反発そうな枕に頭を置いて、羽毛そうな布団を被った。そして天井を見ながら呟くように言った。
「今日は……その……ありがと……」
「こちらこそ」
「あと……ごめんね……」
「なにが?」
「朝……とか……殴っちゃって……」
「まあ、あれは僕も悪いし気にしなくていいよ。何ならもっと好き勝手やってもいいよ。自分に素直な子が僕は好きだから」
「な……なら……」
白野さんは突然両手を僕の頭の後ろにやり、顔を近づけ――
額に、湿っていて、柔らかくて、温かな感触が走った。
白野さんは、僕とは反対側に顔を向け、横になった。
「今のは……」
「やっぱり帰って……このままじゃ……寝れない……から」
「でも今の――」
「いいから……!」
「う、うん……じゃあまた明日ね」
「また……明日……」
「おやすみ」
それから僕はリビングに残されていた制服が入っている袋を手に持って、そのまま真っすぐにマンションを後にした。未だ降りしきる雨の中自分の家に戻ると、親が何か言ってた気がするけど何も耳に入らず、何も考えられないまま自分の部屋にあるベッドに入って、目を閉じた。




