小さな戦争①
ローザンの洞窟から歩を進めて早数十分。未だ誰も戦況を把握している者はおらず、共に来た戦士達はおよそ30前後と小規模で頼りないではあるが、しかし皆の士気は低迷しておらず、寧ろ勝ち戦とばかりに向上していた。
理由など探るべからずだろう。俺を担ぎ上げ、のしのしと先頭を歩く大柄なミノタウロス―英雄と呼ばれていたリジードさん参加の影響がとても大きい。
ルーナもかなり強いと思うのだが、あれほどの力量を持っていても、敬称で呼ぶ辺り、まだまだプレイヤーとNPCの力量差というのは大きそうだ。
「…あの子って、邪竜と契約したんだよね…?じゃあ、この戦いでも、力を借りる事が出来るって事かしら…」
「でも、昔獣人達の大陸を灼き尽くした張本人だろ…?もし召喚して、ここら一帯全て破壊したらどうするんだよ…」
対して担がれた藁人形への評価は懐疑的だ。先程の語りでは盛り上がりこそ見せたものの、そも物語としては成功だが、現実であればたちの悪い冗談だろう。いつ爆発するか分からない不発弾のようなものだ。手綱を握る者が有名轟く魔術師なら兎も角、新米ペーペーの、尻の青いガキとくれば尚更である。俺だって近寄らんわ。
「これを食うといい。僅かではあるが、魔力が補填される。多少なりとも、楽になるであろうよ」
すっと渡されたのは、干しブドウのようなドライフルーツで、微かに香る果物特有の甘い匂いが鼻孔を擽った。結局シチューも食べ損ねたなとふと思い出し、いくつかをシルフィーヌに分け、口に頬張る。
噛むごとに広がる甘味は、分泌された唾液と混じり口いっぱいに広がってゆき、僅かながらも疲れた体に力が入るような気がしてきた。
「おお、美味しいし、なんだかホントに気が楽になったような…凄いですね、これ」
「むぐむぐ…」
こいつ、感想を言う間もなく食いまくってやがる。しかも両手にもち、集中して貪り食う様はまるでハムスターのようだ。よっぽど腹が空いていたのだろうか?小さい動物って割かし食欲旺盛がちだし、もしかしてネズミに近い食生活なのかもしれない。
「へぇー。こんなアイテムもあるんですね。私はまだ霊薬以外で魔力を回復する物なんて知りませんでした」
「これはかつての我が故郷で、愛されていたレーズンだ。この大陸に自生してはおらん為、我個人の庭園で栽培し、作るものでな…親しい者しか分からぬさ」
ブルルと(恐らく)笑い、それ以降は誰も喋る事なく静かに行進していく。黙々と進み続け、それは遂に見えてきた―
時刻は夕方に近い日暮れ時。昼と夜の境目たるこの時間は、今は戦場を照らすに十分でも、僅かに時が経てば暗闇に閉ざされる事となるだろう。この時間に、真正面から軍団をぶつけるのは双方醜い混戦となるのは決まっているため、会話が通じぬとも、互いににらみ合うように陣地を引いて待機していた。
歩哨が松明を持ち、小高い丘に登り哨戒に努める。突如として現れた裂け目の報告は、こうした有事に備え訓練されていたとは言え時間がなく、かき集めれる物資と人員を、あちらこちらからかき集めた即席の軍隊だ。櫓など建てられる時間は無く、防護柵をいくつか設置しただけの間に合わせの陣地は一見酷く頼りないものだ。
だが見る者がまた違えば、これをおざなりな防衛とは決して呼べないだろう。夜間の奇襲に備え、防備が薄い場所にはいくつかの魔法陣―踏み抜けば爆発する、地雷原を草木に紛れ設置し、空を見れば、まだ餌となる死体もないはずなのに、いくつかの鳥が飛び回っている。それは皮膚に所有者を示すような文様が刻まれており、使い魔だと分かるだろう。
「はぁー…疲れた。マジで面倒だぁ。なんだって今日何なんだよクソが!」
陣地の中央。他よりも幾分豪華なテントの中,この軍団の指揮官と思わしき青年が1人,酒を片手に毒を吐いていた。
敵は人間とは違うため,夜襲の恐れも十分に考えられるからか,安息出来るこの場所でも上等な鎧を身につけてはいるものの。節々に土汚れが付き,室内に男臭さが充満しているのを見るに,先ほどまで外で作業をしていたのだろう。酒盃に注ぎ込む事すら難儀だと,瓶を荒々しく飲む様は、二枚目に写るその顔に全く似合っていなかった。
「マーク。そのやかましい声量を下げろ。兵士達に聞こえるぞ」
「うるせぇよリッキー。この状況を嘆かなくてどうすんだ。敵はちまちまとだが、まだ出てきてんだろ?大半が雑魚とはいえ、鎧付き共も小隊規模だが確認されてる!これ以上出てこられたら、こっちも半数は持ってかれるだろうよ!」
机を殴りつけるように酒を置き、彼が入口に目を向けると、こちらもまた武装した兵士が呆れた様子で青年を眺めていた。
「まあ、お前の気持ちも分からんでもない…いやむしろ同情するが、報告しなければならないことがある。いいニュースと悪いニュース、どちらから聞きたい?」
返事をするまでも無く、マークと呼ばれた青年は顎をしゃくる。お互い付き合いが長いのだろう。やれやれと呆れるも、彼の望む返答を行った。
「まず、いいニュースだが、援軍を確認した。数およそ30程度の小規模だが、魔術師が3名。うち1人は、かの獣人族の大英雄、リジード殿だ。おそらくもう暫くすれば、到着するだろう」
「はぁ!?あのミノタウロスの英雄様が、こんな田舎に来てんのかよ…ああ、そうか、調査のため、か。ここ最近きなクセェし、じゃなきゃこんな場所にいるわけがねぇわな」
「まあな。ここ最近の北部戦線は比較的安定している。かの吾人がいる限り、どちらも大規模な戦闘など起こせん…そして、悪いニュースだが」
入口に立つ兵士は、僅かに言い淀み、だがハッキリと告げた。
「敵将が現れた。風貌から見るに、武闘将校だろう」
軍団の指揮者たる青年はくしゃりと表情を歪ませ、酒を呷る事も忘れて深いため息をついた。面倒だったものが、更に面倒になったぞと―
「んなもんが出てきたのか…いよいよ、今回の裂け目は偶然出来たもんじゃねぇっていう確証になりえるなこりゃ。しっかしロードまで出てくるとは…」
武闘将校―潤沢に廻る魔力を武具に宿し、最前線で暴風の如く破壊し尽すその様は、以前ソーニャが戦った黒鉄の兵士よりも一線を画す戦闘能力を持つ将兵だ。それが騎馬で参上しており、行動次第では単騎で此方の戦力を軒並み刈り取る事となるだろうし、打開するにしても現状の戦力では、どのように策を講じようとも夥しい失命と出血は避けられないだろう。
「これであちら側も、烏合の衆から軍隊に変わった、という訳だ。あれを単騎で相手取る者は、お前かリジード殿ぐらいだろう」
「過大評価してんじゃねぇよ。俺ぁ小競り合い程度で十分だってのに…まあ、今は増援の到着を待とう。それまで少し休む。警戒頼んだわ」
素っ気なくそう命令すると、彼は胡坐をかいたまま目を閉じ、そのまま寝息を立ててしまった。これで放られた方はたまったものではないが、やはり付き合いが長いのだろう。小さくため息をつくも、表情を引き締め、テントから退出した。増援が到着する前にも、やる事などいくらでもあるのだ。いくつかの小隊長を集め、次々と指示を出していく。英雄と称えられる魔術師の到来を待ち望みながら―
更新頻度カタツムリで本当にすみません。次回はなるべく早く更新します~…




