脱出劇④
昼間に太陽を見上げるように、瞼すべてを焼け付くすような深紅の光が世界を覆う。
痛みすら覚えるような光景は、しかし僅か数秒で残光も残さず消え去った。
落下している狭間に見た最後の光景は、ひび割れた世界の入口。
体は自由を聞かず、頭からソコに突っ込んでいった―
「げほ、げっっほ!!!」
最初に元に世界に戻った瞬間、今まで自然に行った呼吸を忘れていたかのように、空気が肺に送り込まれてきた。大量の酸素は、懐かしい土と草の青臭い匂いも一辺に頭に叩き込み、幾分かするとむせ込みも落ち着いてくる。
「小さき者よ。大丈夫かね?」
一人賑やかにしていると、むんずとこちらの首を掴み、ずぼりと亀裂から出してくれた。合わせて襟元にいたシルフィーヌも仲良く脱出。ともに地面にへたり込んでいると、亀裂は徐々に修復されていき、やがて何事も無かったように、綺麗に消え去っていた。
「あーー…きつかった。お前あれ体験して、よく戻って来てくれたなぁ。サンキュー」
「おいらだって、約束ぐらい守るやい!えへへ…でもさ。二人で無事に戻って来れて、本当に良かったよな。あの場所。めっちゃ怖かったし。あの蟲たちも気持ち悪かったし!」
「まーなぁ…ホント、無事に帰って来れて良かったよ。そこら辺で野宿して、今日は休もう」
散々動き回った結果、もれなく疲労困憊の状態だ。帰るまでが遠足という、あの格言が頭にぐるぐる流れている。帰宅までの体力残してなけりゃ行き倒れるだけだもんな。
リジードさんに今日は休みますと伝えると、少し待ってほしいと呼び止められた。腰蓑をガサゴソと探ると、色褪せた鞄を差し出してくる。これはもしかして―
「これを。無尽蔵の収納鞄だ。此度は誠に迷惑を掛けた。この程度では何ら拭えぬだろうが、あいにくとまともな持ち合わせがなくてな…金銭の方が良いなら、そちらで補償するが…」
「いやいやいいですよ別に!助けて貰った恩もありますから、むしろこっちが払うべきです…が…その、私も今手持ちが…あはは…」
恥ずかしい限りだが、経験積みと素材確保、お宝目当ての欲望マシマシでここに来た為、素寒貧に近い状態だ。感謝を資源で返答できないのは、中々辛いところだが、あちらも今回の件で腰が引けているため、このままだと気まずい雰囲気で終えてしまう。シルフィーヌに目配せし、はいはい終わりと話しを畳ませた。
「とにかく、今は休むといい。新人には堪える試練であっただろう」
「ええ。無理しても良くないので、さっさと寝ちゃいます。リジードさんはこれからどうするのですか?」
「我はお主の件を報告せねばならぬ。無論、いずれは同行し、脅威足りえるかを王都、或いは本店で裁判するだろうが、先にも行った通り、我は必ずお主の味方となる。…心配せず、今は休め」
ごつごつとした手で、頭をゆっくりと撫でてくれた。それは疲労した身に良く染みるやさしさで、夢心地ですらあった。このままだと突っ立った状態で眠りこけそうなので、感謝を言い、別れを告げる。
「分かりました。リジードさんもお元気で。シルフィーヌ。適当にいい場所探そうぜ」
「その前に、ご飯食べに行こうよ~。さっきの商人さんのとこ、美味そうなシチューもあったから、貰いに行こ?」
ふとシチューという単語を聞くと、どういう訳かお腹がすく感覚がしてきた。もしかして食欲も感じるのだろうか。そもそも長時間やってるし、お腹減るのも無理はないかもしれない。
「そうだなぁ。一杯くらい貰おうか。リジードさんもどうです?良ければ一緒に」
「ふむぅ。そうさな、ご相伴に預かろう。なに、其方ら手持ちが心もとないのだろう?これも詫びの一つ。奢るとするかね」
ブルルと凶悪そうな顔をして(恐らく笑っているのだろう)リジードさんが提案してくれた。大変卑しいが、奢ると言われたら素直に同行するのが良いと身み染みているので、皆で商人のところに向かう。すると、なぜかそこには集団が出来ており、その中には以前助けて貰ったルーナまでいるではないか。何やら複雑な表情をしており、そのどよめきは周囲の集団も感じているらしい。皆張り詰めた表情をしている。
「これは…何があったんでしょう?大半は武装している方ばかりです。ルーナさん!」
こちらが声を上げると、驚いた表情をして走り出してきた。いや、それはもう全速力で!
「ソーーニャ!ちゃん!無事だったのー!?もう心配したんだから!色々話、聞かせてもらうよ!」
ぎゅうぎゅうと抱き枕になりながらも、何故ここに居ると聞くと、どうやら救難信号を受けてきたらしい。あの時使った魔石が反応を示すも、直ぐに消えてしまい、不穏に思いこの場所に来たのだとか。
「ふむぅ。恐らく、最初の脱出時、あちらとの空間が繫がったから、僅かな時間、反応を示したのだろう。だが我らは再びあちらに赴き、亀裂が閉じた故に遮断されたのだろうな」
「亀裂??もしかして、あなた達、混沌の領域に向かっていたの!?というか、ミノスの貴方、まさか英雄リジード様だったりしない!?ソーニャちゃんこれどういう状況なの~!?」
ああ、会話したくても抱きしめられすぎて何が何やら。その後シルフィーヌが何とか引き離してくれたので、改めてダンジョン内での出来事を1から説明する。するとルーナどころか周囲の人だかりからも歓声や悲鳴が湧き出し、気づけば竜に出会ったところまで話すと、いよいよ佳境に入ったと見たのだろう。ワクワクした表情で見られる中、語る事となった―
「ていうのが、呪われた墓所でのあらまし。さっき出たばかりだよ」
「我は今回の騒動の調査の為、此方に来たのだが、まさかあの邪竜と邂逅するとは思わなんだ。して、其方らは何故これほど騒然としているのだ?」
「……事情は概ね理解しました。確かに、本来私が来た理由は、ソーニャちゃんの救難を受けてです。ですが、此方に向かう途中。ローザン平原で、多数の混沌の兵士を確認しました。亀裂の数、大きさが小規模の為、大軍が生まれてくるとは思えませんが…今現在、かき集められる兵士と魔術師を徴兵中で、私達も自陣に向かおうとしていたのです」
多数の混沌の兵士の確認―前回の苦いトラウマが脳裏をよぎる。
スケさんを容易く倒した黒鉄の兵士。首を飛ばしても生存し、ゴブリンさんも重傷を負った、あの戦士が多数確認となれば、小規模とは言え、どれほどの被害が出てしまうのか。
周囲の集団は、皆とても熟達した兵士とは思えず、報告を聞き恐怖感を思い出したのだろう。皆表情が青ざめていった。
「成る程。我らが亀裂から帰還したとなれば、混乱するのも無理はない。であれば、早速向かうとするか。小さき者よ。其方も来るといい。戦禍が此方まで来ないとも限らん」
「えっでも、ソーニャちゃんだいぶ無理したんでしょう?戦場に連れて行くのは酷なのでは?」
「いえ、行きます。行かせて下さい。前回も結局、自分だけ寝てしまい、結末を自分の目で見ることが出来ませんでしたから。大丈夫です。まだ行けます」
ふらつきや眠気が強く、嘘っぱちも甚だしいが、前回負けただけで終えたあの悔しさを今回も味わうのは嫌だ。恐らく、出来てスケさん一回召喚する程度の魔力残量だろうが、多少の足しになるのであれば、向かいたい。それでもこちらを案じてくれるルーナはいい奴だ。尚も心配してくれるが、男としてただ負けっぱなしも癪なので、同行をお願いする。するとリジードさんも牙を鳴らし(恐らく喜んでいる)ひょいと担ぎ上げてくれた。
「良い覚悟だ。小さき者…いや、魔術師【ソーニャ】。共に向かおう」
「んもう。しょうがない。私も張り切るかー!もっかいソーニャちゃんに、先輩のカッコよさ、見せないとね!」
こうして、休む間もなく、新たな脅威に立ち向かう事となる。果たしてこれは、偶然か必然か。あいつが言っていた時間が無いという言葉をふと思い出す。一匹の竜の契約を元に、小さな戦争が始まった―!




