新人研修②
新人研修を行うと宣言後。閑散としたテーブルを一つ借り、受付さんが先ほど俺を連れ出したゴブリンにテキパキと指示を出し、テーブルの上には分厚い黒塗りの本や乳鉢・乳棒、底が仄かに青く白光している古臭い鉄鍋などが並べられてゆく。映画で見た事あるような光景に胸を高鳴らせていると、対面に受付さんが優雅に座り、いよいよ講義が始まった。
「さて、本日行うお題目は、魔導書の加筆と装飾、そして調合です!」
ニコニコとどこかうれしそうにしている受付さん。気がつけば先ほどまでいたゴブリンはどこにもおらず、また本日はどこかに行ったのだろうか。飲んだ暮れの爺さんも姿はない。まさしく2人きりの授業だ。こういう対面授業などいつ振りだろう。今の見た目も合わせて気分は学生の頃の家庭教師である。
「では前回回収した魔石や爪を出して下さい。これらを加工することで初めて魔導書を記入する事が出来るんですよ」
雑嚢をまさぐり石と爪を並べていく。改めてみると、薄い空色の結晶は光加減によって様々な色の乱反射を見せており、なかなか幻想的だ。大して爪の方は表面こそ想像しうる黒ずんだ爪だが、断面部位から薄く赤く光っており、こちらも綺麗なものだ。
「今回の種類ですと特別複雑な方法での加工は必要ありませんね。原則として、どのような加筆然り装飾然り、必須となるのは魔石。こちらをこの乳鉢ですり潰し、細かくした後に、錬成鍋に入れて熱すれば魔晶液に変わります。この液体こそが魔法に関わる物質の創造に必要となるのです」
レッスンを受けながら、さっそくゴリゴリと乳棒で砕いてゆく。持ち歩く際は石のように硬かったのだが、不思議と抵抗なく粉末にまで潰すことが出来た。その後鍋に水と己の血を一滴だけ垂らし、ふいごを用いて鍋を温める。この血を入れる工程も重要らしく、魔石が液体に変わる条件反応として血液が必要らしい。
指先をピッと切りつけた際、あのじくじくとした痛み―現実の時とは程遠いが―が指先に浸透していく。未だ痛めつけられていないため心配だったが、どうやら痛みに関してのフィードバックは薄く調整されているようだ。まあそうでもしないと絶対やらんよなこのゲーム。
適当にぐるぐると鍋をかき混ぜると、青く色づいた煙が立ち込めてきた。どうやら終了の合図らしい。
「はい。これで魔晶液の作成は完了です。うんうん。飲み込みが早いですねぇ。次はこの液と爪を利用して加筆を行いましょうね~」
はたして、今の講義内容に難しい部分などあったのだろうか。特別褒められるもんでもないやろと思っていたが、受付さんは何かしら行う度に俺の頭を撫でくり、時には危険ですのでと見守りを称して密着するほど近くで作業風景を眺めている。もしかしてこの人もあの地球儀同様の幼児趣味を持っているとか?いや、男としてこのシチュエーション自体は嬉しいのだが、この姿で狙われた立場となれば大分視点が変わるぞ。
怖気が背中を擦るものの、何とか魔晶液を小瓶に分ける。うち一本はフレイマーの爪が混ぜ込んだ赤い液体だ。こちらを今回は使用し、以降の物はまた他に使用する際まで保管しておけとの事。
「受付さん受付さん。この黒い本を編集するんですね?加筆とはどうすればいいのですか」
そしていよいよ加筆だ。恐らくこのゲームの肝となるシステム。今後のこの世界での生活・冒険にも大きく影響するであろうそれについ浮足だってしまう。年甲斐もないが、こう、カスタマイズ要素というのはロマンなので仕方がないだろう。ニヤついた顔で撫でられようとも全く構わんとも。まったく。
「焦らなくて大丈夫。しっかりと教えますからね~…。んんっ!加筆とはですね―」
その後は先ほどの赤い液を使用し、本に自身が望むように記入していくらしい。例えば武具の魔法ならより切れ味を増し、炎などの元素を付与するなどしたり、より強固に盾を強くするなどだ。今回はフレイマーの爪を交えている為、炎の力が宿る強化になるそうな。これ以外でも魔物の種類や個体の強さ、部位によって様々な強化を行える為、かなり幅の広いカスタマイズになりそうである。
だが注意点も勿論ある。確かに好きなように記入してよい。火の玉を出すという呪文を隕石を落とすという強化も出来るようだが、余りにも強化の基準となる呪文のレベルを逸脱する場合、途方もない魔力消費や資材を湯水の如く使う事となる為、とんでもなく効率が悪いそうだ。まあ一部の変態や伝説と呼ばれる奴らはそんな呪文をバンバン使うそうだが、ネトゲの廃人染みた奴らと今を比べたってなんの意味もないだろう。今回は無難に強化する予定だ。
「取り合えず、何かしら武器を持たしたいのですけど、そういう強化も可能ですか?」」
「ええ、そのように記入すれば問題ありませんよ。ただし、武器の種類や使用方法などきちんと書かないと上手く顕現させる事が出来ません。なるべく誰が見ても分かるように記入してくださいね。うまく文字で表現できない場合は、絵で描いている方もおりますので、そちらでも大丈夫ですよ」
「絵ですかー…」
イラストだけの魔導書。ある意味それも神秘宿る壁画のようになるかもしれないが、自身が書ける絵など2次元全開の物でしかない。決して医学的な知見に基づいたリアルな物は書けないのだが、果たしてそれでも良いのだろうか。他者に見られたら文字通り黒歴史本になるのを想像するも、よくよく考えてみたら文字でもなんでも変わらねぇなと結論に至り、慣れ親しんだ絵で表現する事にした。
挿絵のように燃える炎の剣を構えた骸骨を書き入れ受付さんに見せ、無事オッケーサインを貰ったので、いよいよ次は召喚出来るかどうかのテストを行う事となったのだ。




