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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
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740 魚の目に水見えず

 仕事が終わる頃を見計らってフクーベのキャロル宅を訪れたウォルトは、ダウトと名乗る男について調べてもらうよう依頼した。


「事情はわかった。ちょいと時間をもらう」

「ありがとう。報酬は払うから」

「水くさいこと言うじゃないか。この間もらった花街の薬の礼ってことでどうだい?」

「姉さんがいいならいいけど、人を動かすには見返りがいるだろう?お金の方がいいんじゃないか?」

「必要ないんだよ。アタイは金以外で返すのさ」

「そうなのか。手伝えることがあったら言ってくれ。あと…新作の知恵の輪を持ってきた。時間をかけた力作なんだけど、いらなかったかな?」

「いるに決まってるだろ!!寄越しなっ!」


 早速解こうと試みる苛立ったキャロル姉さんと別れて住み家に帰った。

 



 それから2日後。サマラの魔伝送器を使ってキャロル姉さんから連絡が来た。


『大体わかったよ。ダウトって男は、サバトを探してるみたいだ。フクーベのあちこちに顔出して嗅ぎ回ってる』

「やっぱりか」

『サバトの話を切り出して、しばらくするといなくなるんだと。ディートベルクから来たって言ってるらしいねぇ』

「ディートベルク…」


 本当なら厄介かもしれない。魔法を操れない者を蔑む、魔法優位主義で極端な思想を持った国。

 姉さんの話では、ダウトはガリガリに瘦せていて、髪がボサボサで、ボソボソ喋るという特徴があるらしい。


『深く突っ込んでこないんだとさ。警戒してるような雰囲気らしい。なにかやらかしたのかい?』

「結構前に…」


 サバトを始末しに来て、リリサイドまで狙った魔導師達との邂逅から顛末を伝える。


『なるほどねぇ。ソイツらの知り合いって線もあるのか。どうすんだい?』

「ボクが直接行く。目的が不明だから、確認しないと」

『宿はわかってる。教えとこうか。ソイツは1人で動いてるらしいけど、手分けしてる可能性もある。気を付けなよ』

「ありがとう。今回も助かった」

『困ったら、いつでもアタイに言いな』


 姉さんには感謝しかない。情報をもらえるだけで心に余裕ができる。ディートベルク人なら、魔法対策が必要になるな。奴らはどんな魔道具や魔法を隠しているかわからない。魔法先進国らしい杖や水晶を使っていた。


 準備を整えてフクーベに行こう。もちろんガットの姿で。


 


 教えられた宿に着いて、やるべきことはダウトと呼ばれる男が滞在しているかの確認……なんだけど、どんな方法でいくか。


 怒りに身を任せていたら、手当たり次第に部屋を訪ねて嘘を見破るけど、今は他のお客さんに迷惑をかけたくない。

 外で張り込むかな。…いや、相手が魔導師だとしたらこの方法で釣ってみるか。試してみよう。


 宿に入って、一瞬だけ建物を飲み込む探知結界を張る。魔導師なら異変を察知して出てくるかもしれない。


 ……出てこないな。


 今の結界で軽く情報は掴んだ。数人が部屋にいて、魔導師らしき魔力反応はなし。ディートベルクから来たのが真実なら、魔導師の可能性が高いもののまだ不確定。 

 

 …と、1人の男が宿に入ってきた。


「お帰りなさい」

「あぁ…」

「食事はどうします?部屋で食べますか?」

「できたら持ってきてくれ…」


 ガリガリで、髪がボサボサ。ボソボソ喋る男…。そして、身に纏う魔力反応。


 カウンターから離れたのを見計らって話しかける。

 

「お前がダウトか?」

「……誰だ?」

「探している男と言えばわかるだろう」


 強い口調で伝えると、表情が険しく変化した。ボクは基本的にディートベルク人を敵だと認識していて、丁寧に話す理由がない。

 

「嗅ぎ回っているらしいな。ディートベルクから、はるばるなんの用だ」

「………」

「なんとか言ったらどうだ?ハラデイ」

「なぜ俺の名を!?」

「スクライング」

「なっ…!魔道具を使わずに操ったというのかっ…!」


 大袈裟な反応。魔法使いなら誰でもできる。水晶を使うのは、占いっぽく見せたいだけで深い意味なんてない。


「場所を……変えて話したい…」

「好きにしろ」


 宿を出てハラデイの後を歩く。

 

「……サバト」

「なんだ?」


 振り向かずに話しかけてきた。


「以前……ディートベルクから魔導師が訪ねてこなかったか…?」

「さあな」

「そうか…」

「お前らは、こうやって人を試すのか。気分が悪い」

「試しているつもりは…ない」


 コイツは声を魔法で作り出している。魔力を感じなければ聞き取れない声。面白い技法で、わざわざ反応できるか試してきた。


「敵意はない…。誤解するな…」

「だったら、なぜコソコソ嗅ぎ回っていた?」

「よければ…人がいない場所で話したい…。もう少し歩く…」


 人がいないほうが、ボクとしても好都合。ハラデイは裏路地に入り込み、やがて一軒の店前で立ち止まった。


「数日通っている店だ…。この店は…いつも客がいない…」


 失礼なことを口走り、カランとドアベルを鳴らして店に入る。初めて来る店だ。店内に漂うカフィの芳醇な香り。雰囲気からすると食堂…?にしては、料理の匂いが薄い。


「閑古鳥が鳴いてる割に…美味いカフィを出す店だ…」


 もしかして、前にラットが言っていた喫茶店か。軽い食事とカフィを楽しめるらしい。


 ハラデイは、空いてる席に座る。


「座ってくれ…」


 促されて正面に座ると、直ぐに店主らしき男性が「注文は?」と気怠げに訊いてきた。

 ハラデイの失礼な発言が聞こえていたんじゃないだろうか?人がいないから、ボクなら外の会話が聞こえてる。考えても仕方ないので、ハラデイはカフィ、ボクは紅茶を頼んだ。


「サバト…。さっきも言ったが、敵意はない…」

「名を呼ぶな。敵意なんてどうでもいい。さっさと質問に答えろ」

「頼みたいことがあって、貴方を探していた…」

「プライドが高いディートベルク人にも頼みたいことがあるのか」

「誰のことを言ってるか知らないが…国民全員が同じワケがない…。聞く耳を持った魔導師だっている…。コレを…見てくれ…」


 懐から取り出した1枚の紙を広げると、4つの魔法陣が描かれている。


「それぞれの効果だが…」

「見ればわかる」


 どれも一目で判別できる。なんだこの時間は?コイツと話しても、時間の無駄な気がしてきた。首を絞めて吐かせる方が早い。


「だったら…この魔法陣は…?」


 次に出したのは、紙全体に大きく描かれた1つの魔法陣。かなり細かい術式が刻まれている。


「欠陥のある魔法陣を見せて、どういうつもりだ…」


 ムカつきが止まらない…。店まで付いてきたのに、ボクの要望には応えず、目的が不明な遊びに付き合わせるだけ。やっぱりディートベルク人は気に食わない。


「どの部分が…欠陥なんだ…?」

「答えると思うか」

「回りくどくて本当にすまない…。だが…とても重要なことなんだ…」


 ボクは描かれた欠陥のある魔法陣の端に指先だけ触れ、魔法陣だけを分離させて宙に浮かせる。紙はまっさらになった。


「どうすればそんなことが…」

「人を虚仮にするなよ」


 魔法陣を空中でゆっくり消滅させた。ふざけた奴に付き合ってられない。


「次に会ったら容赦しない」


 また嗅ぎ回って友人に絡んだことが耳に入ったら、有無を言わさず排除してやる。たとえ変装しようと見つけ出してやる。容姿、匂い、魔力、声、全て覚えた。


「すまない…。今さらだが、貴方を探していた理由を…」

「必要ない。飲むモノを飲んだら帰る」


 淹れてくれた紅茶を飲まずに帰るのは失礼だ。今やコイツの素性や目的より、この店の紅茶の味が気になる。


「帰るまで勝手に話させてくれ…。この魔法陣は…ディートベルクで発表するタメに考案した…。だが…術式構成は完璧なのに、効果が発動しない…。助言を求めようにも…自国では技術を盗まれてしまう可能性がある…。他国に助けを求めたと知れたら、追放される可能性もあって…あまりに見事な変装でディートベルクと繋がりのある魔導師かもしれない…と警戒した…。糸口を掴みたいと思い…情報を集めていたけれど…まさかそっちから接触を図られると思っていなくて…」


 どうやら真実を話しているようで、匂いに変化はない。


「優秀な魔導師が星の数ほどいるディートベルクで存在感を示すには…新たな魔法や魔法陣を考案したり…誰も真似できないほど魔法を操る技量に優れていなければ難しい…。新たな魔法が認定されるには…相応のモノを準備しなければ…」

「御国自慢はどうでもいい」

「なに…?」

「延々とつまらない話を聞くほど暇じゃない。まず、大前提として術式が間違っているから効果は発動しない。なのに完璧?非を認めずに完成できるならやってみろ」

「ぐぅっ…」


 苦虫を噛み潰したような顔を見せるが、基礎中の基礎を知らないはずがない。下らないプライドだけはあるようだ。

 

「お待たせした。ゆっくり飲んでいってくれ」


 店主が運んでくれたカフィと紅茶を言葉通りゆっくりと頂く。…初めて飲む味だけど美味しい。少しだけ気分が落ち着いた。

 

「恥を忍んで教えてもらいたい…。術式の欠陥は、どこにあるんだ…?」


 しつこい奴だ。


「お前に教えてどうなる」

「偉そうに言っているが……本当は高度すぎてわかってないんだろう…?」


 付き合ってられない。紅茶をじっくり味わいながら飲み干した。


「じゃあな」

「……すまないっ!待ってくれっ…!」


 ボクが立ち上がると、ハラデイは突然土下座した。


「いい加減にしろ…。お前は……なにがしたいんだ…?」

「頼むっ!魔法陣の欠陥を教えてくれっ!ディートベルクの……子供達を救いたいんだっ!」


 真剣な匂いが鼻に届く。聞き捨てならない台詞に、ゆっくり腰を下ろした。


「座れ」

「暴言を心から謝罪するっ…!この通りだっ…!」

「今すぐ椅子に座らなければ出て行く。事情を説明しろ」

「…わかった」


 話だけは聞こう。子供を救うとは、どういう意味なのかだけ。


「俺は魔法療法士…いわゆる医者だ…。ディートベルクではそう呼ばれる…。さっき見せた魔法陣は、考案した治癒魔法の術式で…魔力障害の治療に使う…」

「魔力障害について詳しく説明しろ」

「ディートベルクでは…幼い頃から魔法の修練を始め…魔力の制御に失敗して、治療困難な傷を負うことが多々ある…。炎魔力の暴走による火傷…氷魔力の暴走による凍傷…他にも…。肉体と魔力が密接に結びつき…通常の治癒魔法では治療できず…治療に苦慮している現状がある…」


 魔力暴走は、局所的に魔力の負荷が増大して肉体を損傷する現象で、ボクは経験したことがない。元々ごく微量の魔力しか持っていなかったから、暴走する可能性すらなかった。けれど知識だけはある。


「暴走を起こすだけの魔力を体内に備える子供は、相当な才能の持ち主だろう。数多くいるとは思えない」

「常識ではそうだ…。ただし……魔導師が介入すれば可能になる…」

「まさか…外部から無理に魔力を加えた修練をやらせているのか」


 ハラデイは首肯した。


「身体も精神も発展途上の子供に…命を落としてもおかしくない大人と同様の修練を課す…。魔法至上主義だからこそ…親は子供の将来に期待しているんだ…」

「馬鹿げている」

「期待に応えようと修練をこなす子供達に…同じことを言えるか…?俺は言えない…。あの国で生きていく過酷さを知っているから…。落ちこぼれた魔法使いは…怠惰の烙印を押され、魔法を使えない者以上に蔑まれる…。ディートベルクの伝統であり…他国に理解など求めない…。魔法先進国であり続ける地盤の1つが…幼少期からの厳しい育成にある…」


 身体を壊すほどの修練をこなしたとして、優れた魔導師になれる保証はない。むしろ耐えられない可能性が高く、多くの脱落者を生むだろう。

 他国の方針に口出しする気はない。魔法先進国がどうやって魔導師を育成しているのかだけ理解した。


「競争は生まれた瞬間から始まっていて…なんらおかしなことではないんだ…。常にふるいにかけられ…使い物にならないと見捨てられた子供を…大勢見てきた…」


 ただただ不愉快な話を聞かされている。


「お前は、医者だと言ったな」

「後遺症の残る子供達を治療している…。偉大な母国の方針を否定するつもりはないが……魔法を操れないだけで…未来ある子供達が見捨てられるのは絶対におかしいっ…!」


 語気を強めたハラデイは、シャツのボタンに指をかけ、外して胸元を見せた。心臓近くの皮膚が焦げた肉のように黒く染まり、腫瘍のように盛り上がっている。


「魔力障害だ…。雷魔力で…胸が焼かれたように変化した…。それからは…どんな魔法を操っても一定から出力が上がらない…。魔導師としての終わり……つまり絶望の証…」


 静かにボタンをかけ直す。


 とりあえず事情は理解して、言いたいことが幾つかある。


「お前の魔法陣では、そもそも魔力障害の治療などできない」

「なに…?」

「お前の描いた魔法陣は、こうだったな」


 テーブルに一瞬で発現させる。寸分違わず模倣できているはず。


「欠陥はこの部分で、周囲の術式と連結が断たれている。こう描けば……効果は発動する」


 修正した魔法陣を操作して、ハラデイの胸に吸収させる。


「変化が……ない…。なぜだ…」

「この魔法陣には、魔力と肉体の密着を分離する効果がない。こう描けばいい」


 改めて魔力を無効化、分離するように修正した魔法陣を胸に当てると、皮膚が元の色を取り戻していく。

 ハラデイの胸に刻まれた症状から、魔力障害とは肉体と魔力界面の不安定による同化現象だと予測した。この男が見せた魔法陣では、回復効果が見込めない。生成される魔力量も圧倒的に足りてない。


「あっという間に…」

「残りは、皮膚の盛り上がっている部分を治癒魔法で治療するだけ」


 治癒魔法でハラデイの皮膚は完全に回復した。まっさらの紙に『念写』で魔法陣を描いて差し出す。


「本気で魔力障害に悩む者の治療に使うつもりなら、持って帰れ」

「なぜ…貴方はこんな国に収まっているんだ…。信じられない…」

「こんな国?カネルラを蔑む気か?」

「言葉が悪かった…。撤回させてほしい…」


 いかに撤回しようと、言葉の節々から真意を感じている。コイツがずっとボクを疑っているのが、本当に腹立たしい。


「母国を誇りたいなら余所でやれ。先進国の理屈など知ったことか。技術を盗まれようと、治療する気があるなら助言を求めて当然。自分で自分の首を絞めておきながら、他国の魔法使いを頼るとはどういう了見だ?」

「反論は…できない…。俺達ディートベルクの大人が…多くの子供の未来を奪って…勝手な都合で治療したいと言っている…。しかも…他国の魔導師の手を借りて…」


 勘違いしている。ハッキリ言ってやろう。


「意味を履き違えるな。一度しか言わないからよく聞け。この魔法陣は、ディートベルクの魔導師が考案した。なのに、なぜカネルラまで来る必要がある」

「バカなっ…!誰も公表していないはず…!国内では絶対に知られていない…!」

「優秀な人材を見逃したのは、優秀な魔導師を生み出すことに囚われる国策が生んだ弊害じゃないのか。実に盲目で、苦しむ国民に非情を貫くような国がやりそうな失態だ」


 この魔法陣は、シエッタさんの師匠である魔導師ゴレンさんが研究していた術式を用いて描いている。類似していたから、コイツが見せた瞬間に効果に気付けた。


「自国の優れた魔導師を迫害し、結果として他国の魔法使いを頼った。偉大な魔法先進国が聞いて呆れる」

「うぅっ…」

「だが……ディートベルクの素晴らしい魔導師は、お前のような奴を救いたかったのかもしれない」


 紅茶代をテーブルに置いて席を立つ。そのまま店を出た。


 もし生きていれば…ゴレンさんは名を伝えることを望むだろうか。人となりを知らないから、余計なことは言わなかった。


 肩身が狭い思いをしながら魔力障害の研究を続けたのは、ゴレンさんが奴と同様に憂いていたからだと思う。 

 魔導書や魔法の研究資料には、文字以外に血や涙の跡が残されていることが多くて、苦悩が垣間見える。

 ゴレンさんの資料にも、多くの染みがあった。研究に人生を捧げた魔導師を尊敬するし、とても真似できない。

 血と汗と涙の結晶であり、苦悩の末に編み出された術式が、自国の幼い魔法使いの治療に活かされることを願う。

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