◆84
慣れない道を、慣れない運転でイアンは謎の脇道へと入った。この道の先が気になるという好奇心に勝てずに、トラックから降りて行ってみることに。
「変なの……」
これまで見てきた枯れた木々の密集地帯とは違う雰囲気を漂わせているこの場所は何かしら特別な事情があるのではないだろうかと思った。足を進めていくと、オンイ峠道で見た、錆び朽ちて何が書かれているのかわからない看板と同様の物を見つけた。こちらもやはり、何が書かれているのかわからない。
あまりにも不可解なため、地図で確認してみた。そこには何も記載はされていなかった。ただ、オンイ峠道の脇道となる道の線図が引かれているかと思えば、それは途中で止まっていた。これは行き止まりを提示しているのだろう。
またしばらく歩いていると、今度は建物を見つけた。こちらもまた錆びていてこれが何であるのかがわからなかった。何の建物だろうか。中を覗いてみると、土や砂で汚れており、雨風で劣化したベンチが存在していた。こちらもかなりの期間誰も使っていないのだろう。それほどまでに寂しい感覚が襲ってくる。
結局何の建物なのかわからずして、先へと行ってみる。謎の建物から数十メートル歩いていくと、そこから見えた景色は黄土色の大地の上に立つ壊れた家々のような物があった。上から押し潰されたような跡がある。ここまでの状態だ、流石に誰も住んではいまい。
途中で途切れていた道まで歩いてみようと、廃集落の中を闊歩した。当然ではあるが、人が誰もいないため、イアンの足跡だけが妙に響く。その音がここで終わってしまったと物語るように聞こえるようだ。
黄土色と茶色に囲まれたイアンの視界はある場所に辿り着いたときに大きく変わった。斜面――山になるのだろうか。そこを前にして、ある物を見つけたのだ。
葉のない木々の間に見えるこれまでに見覚えのない色の物。緑色の何か。これはもしかして、この世界にはないと信じて疑わなかった、生きている植物ではないだろうか。もし、それが本物の植物であるならば、きちんとこの目に触れてみたい。そう思ったイアンは緑色がある場所へと向かってみることに。
廃集落より少し離れた山の斜面より、獣道を突き進んでいくと――それの高さはイアンの三倍はある。それは何も一つだけではない。それ――それらは一つの青色の建物を囲うようにして存在していた。それらは――。
「……本物!?」
地面に落ちていた緑色の葉を手に取った。かさかさとはしていない。ほんの少ししっとりすべすべ。これが葉っぱという物。なぜにこのような場所だけこうして数本の木が生えているのだろうか。周りは枯れているのに。根を張っている大地は乾いているのに。
こうして存在する植物が気になっていたが、一番気になる――生きている木々が囲っている青色の建物の存在も気になった。中はどうなっているのだろうか。建物というよりも、小屋に近いのかもしれない。
イアンがそれに近付こうとしたときだった。急に頭痛がした。ひどい頭痛。誰かに頭を勝ち割られているのではないかというぐらいの痛みが襲いかかってくる。あまりの痛みに思わずその場に跪いた。
「ぐっ……!」
痛みが関係しているのだろうか。視界がぼやけてくる。息をするのがつらい。何かを思い出しそうで思い出せそうにもない。もしかして、思い出すまいとして、わざと頭に痛みを作り出しているのか。
――一体何を?
苦痛のため、視線を地面へと落としたイアンにある物が映り込んだ。それは小袋であった。誰かの落とし物だろうか。紐は千切れている。中身は空。これは?
誰かの落とし物であるならば、自分以外の誰かがここに訪れている可能性はある。それは一体誰なのか。そう思ったときだった。
――植物の種が入っている。
頭の中で誰かがそう言った気がした。思わず「え?」と声を上げる。
――この小袋の中に植物の種が入っている? いや、正確には入っていた? なぜにそれを俺は知っているような素振りで頭の中で思い浮かぶ?
「…………」
色々と気になるイアンであったが、早急にトラックの方へと戻ることを決めた。なぜならば、ここには誰かが来ていたという事実がある。その誰かはレジスタンスやノーサイドの者でないという可能性だってある。つまりは体調不良で戦ったとしても、勝ち目はないという彼の判断によるものだった。
場所さえわかっていれば、またあとで来ることだってできる。本当はもう少しいたい、調べたいという気持ちを堪えて、建物に背を向けた。その途端、どこか寂しさが胸奥から込み上げてきそうになった。
何が何なのかわからない。イアンは拾った小袋を握りしめてその場を後にした。そして、山の中を出たとき、ズキズキとしていた頭痛はすっと治まった。体調も悪くない。むしろ、軽い方であるが――何が起きるのかはわからない。彼はトラックの方へと戻った。
それから一日かけてイアンはレジスタンスの拠点へと戻った。レジスタンスの幾人かはヘヴン・コマンダーの拠点奇襲のため、いないらしい。その中にはレーラも入っているようである。大変なんだな、と思いつつもコンピュータ室へとやって来た。そこを管理している者にダムレカシス雪山で拾ったチップの解析をしてもらうためだった。
部屋の中へと入ると、管理者だけでなく、グーダンもいた。彼はイヤフォン型通信機器を使ってミッションをこなしているレジスタンスに指示を出しているようである。
「あら、イアン君」
先に管理者の方が気付いてくれた。これにイアンは「どうも」と小さく頭を下げる。続けて連絡のやり取りを終えたグーダンも「お帰り」と労いの言葉をかける。
「どうだ? あれの謎は解けたか?」
「はい、解けました」
イアンはダムレカシス雪山であったことを事細かに、グーダンに報告した。あの人骨の横笛は自分で子を捨てた罪悪感のある母親であったこと。それでも、とその母親の帰りを待ち侘びる子がいたということ。そして、そこで見つけたチップを取り出した。
「これ、そこで見つけたんです。管理チップでも偽装チップでもないみたいで……」
丁寧に、なくさないように仕舞っていたチップを取り出して二人に見せた。
「気になったので、持ち帰って中身を調べてもらいたいなと思ったんですけど」
流石に楽園の罠の可能性だってあるかもしれないから無理だろうか。イアンは半ば諦めたように「お願いしてもいいですか」と懇願してみることに。
「危険かもしれないんですけど、何かに役に立つかもしれないから」
「ふぅん? これ見たことある?」
「いえ、ないですね」
確認してみる価値はあるかもしれない。イアンの予想とは裏腹に二人も中身を知りたがっているようだった。管理者は早速それを受け取ると、チップ内の解析を始めた。すべてを見終わるまで時間がかかるらしい。その間、グーダンは他に何かなかったかと訊ねてくる。それにイアンは少しだけ違うルートを辿って帰ってきた、と報告した。それに興味を示したように、彼は眉根を寄せつつ「どこを通って来た?」と問い質す。
「あいつらに追いかけられた、となると、燃料は足りたか?」
「一応は。あの、オンイ峠道を……」
「オンイ峠道、ね」
グーダンもあまり聞いたことがないらしい。あまりそのことにいい顔をしないようであったが――怒られる前に、とイアンは逃げきった先の廃集落のことや存在する植物のことについて話した。
この世には存在しないはずの植物があると聞いて、グーダンは意表をつかれた表情を見せた。
「植物が?」
この世界には植物は存在しない。それは楽園の女王が世界統治をし始めた頃より失ったと聞く。
「その植物……木なんですけど、それらは小さな建物の周りを囲っていました。その付近で、この小袋を……」
「建物の中は見たか?」
「いえ、いきなり頭痛がしたし、ヘヴン・コマンダーに遭遇しても勝ち目はないと思ったので、すぐに退却しました」
「そうか」
それはそれで賢明な判断をした、と言ってはいるものの、グーダンはどこか残念そうにしていた。そんな彼のため息と同時にチップの解析が終了したという知らせが鳴った。
さて、これの中には何の情報データが存在するのか。中身を確認してみると、三人がお手上げ状態の数文字羅列が何十行――何百行にも連なって一斉に出てきた。これを理解できるなんているだろうか。誰もいるまい。この法則が読めない数文字羅列なんて。たとえ、コンピュータの世界に行って、コードを読み取ったことのあるイアンでさえもだ。
何が何だかわからないのか、管理者とグーダンが腕を組んで唸っていると、イアンはあることを思いついた。彼は「そうだ」と画面を見る。
「多分、これがわかる方法。俺、わかりますよ」
「それはなんだ?」
「ガンに、訊きに行けばいいんですよ」




