◆83
ダムレカシス雪山山頂付近にて、突如現れた謎の巨大生物。どうにかフォーム・ウェポンとその場にあった紫色の花が彫られた黒い刀――ただし、根本付近はぽっきりと折られていたのだが、それを利用して倒すことに成功。
そして、歌う人骨の横笛の謎も解けた。
イアンにできることはその黒い刀の傍らに横笛を置くことぐらいだった。それでも、この母子は再び逢えてさぞかし嬉しいことだろう。子どもはどれほど母の帰りを待っていたのか。母はどれだけこの子のことを思っていたのか。考えるだけでも、胸の奥が少し絞めつけられそうだった。
そんな気持ちになりたくなかったのか、レジスタンスの方に戻ろうとしたときだった。
「ん?」
足が止まる。何だろうか。雲の隙間から覗かせる日の光に反射するように、崩れた小屋の方に何かが落ちていた。それを拾い上げると――。
楽園の人間が右手の平に埋め込んでいる管理チップ、そしてイアンが所属しているレジスタンスの者たちがゲートやヘヴン・コマンダーたちから欺くために右手の平に埋め込んでいる偽装チップとは少し違ったチップだった。こちらの方が若干薄いようである。これが管理チップや偽装チップでなければ、何だろうか。興味に魅かれたイアンはそれを持ち帰るため、途中で失くさないために大事に包み込んで下山を始めた。
大分日が傾いている。そろそろ今晩の寝床を確保しなければ。視界が暗くては足元が取られてしまうのだから。
しかしながら、昨日過ごした廃装甲車までは長い道のりである。どこか別のルートを辿って行けないだろうか。調べたくても、ここで地図を出すことは叶わないようだ。強風がイアンを襲う。立って歩くことが難しくて、近くの枯れた木に寄りかかる。先ほどまで晴れた天気だったのに。
しかも見てみろ。この天気では危険だからと言って、元来た道を辿るために自分の足跡を探したのだが、そんな物は存在しなかった。急に荒れた天候が何もかもなかったことにしようとしているみたいで。とても腹立つ。
こんな悪天候に負けるものか。ほぼ意地だけで前へ、前へと突き進んでいく。前は白ではなくて、黒くて見えないのに、その足を止めようとしなかった。ここでくたばりたくなかったから。
下山ルートにあった枯れた木を壁便りに下りていく。全くの暗闇で、雪風の音が耳を通り抜ける。唯一の心許あるのは持ってきた懐中電灯の光だけ。そんな状態の中をしばらく歩いていると、木とは違う何かに接触した。岩肌かと言われると、そうではないようだ。軽く擦ってみると、ざらつきがある。触った手のにおいを嗅いでみれば、金属臭。これは――!
「あった」
懐中電灯を当てて、確認してみる。雪に覆われてわかりにくかったが、窓に付着した雪を払えば――ほら、少しだけ散らかしたままの装甲車内が露わとなった。イアンは安心したように、固くて重たい扉を開けて中へと入った。これで一晩は寒さに耐えられる。
安心したらお腹が空いたので、昨日と同じく携帯食料を噛りつく。これであとはレジスタンスの拠点へと帰るだけ。意外にも時間はかからなかったな、と思いながら持ってきていた地図を広げた。
「オンイ峠道通って帰ってみようかな」
オンイ峠道というのは、ダムレカシス雪山の山道入口からつながっている道である。そこから南下していくとどうなるのだろうか、という好奇心があった。
今回イアンが山道入口まで利用した道はレジスタンスたちが見回りのヘヴン・コマンダーたちの目を盗める裏のルートになるのだ。だが、帰り道に使おうとしているオンイ峠道は全くの未知である。何があるかわからない、見回りのヘヴン・コマンダーがいるかもしれない。そんな危険があるにもかかわらず、である。
どうしても行ってみたかった。理由はわからないが、その先に何かがあるかもしれないという感があるのだ。それがなんであるかは首を捻りかねないのだが。
イアンは使われなくなった装甲車の中で夜を過ごし、翌朝に無事下山を終えた。トラックのエンジンをかけながら地図の確認をする。自分が向かいたいルートを頭に叩き込み、アクセルペダルを踏み込んだ。
ダムレカシス雪山の山道でもそうだったように、このオンイ峠道も周りは葉のない木々があった。こちらは積雪量が少ないため、雪はそこまで積もっていないようである。その感覚は南へ行けば行くほど実感できた。二十キロ弱を走った頃には雪はなかったのだ。降って、溶けた。それすらもない。ここにあるのはひびの入って修繕がされていない道路と葉のない木のみ。
これがこの世界の摂理。植物が存在しない世界。
奥歯を噛みしめながら、錆び朽ちて文字すらも読めない看板を通り過ぎていく。右手の方に薄汚い建物が見えた。その上には銃器を手にしたヘヴン・コマンダーが。どうもこちらの方をじっと見ているようだ。感付かれてしまったか。こうなれば、追手が来ないようにして逃げきるしかない。運転の技術はあまりないのだが。
そうこうしている内に、後ろの方からヘヴン・コマンダーらが運転する装甲車の姿をバックミラーが捕らえた。
《そこのトラック。停まりなさい》
トラックの外からそう聞こえた。この車を停めてどうするつもりだろうか。検問をしていて、楽園の人間ではないとわかればどうするのだろうか。答えは簡単。殺すまでだ。
生憎、イアンは相手にしようとは思っていなかった。独りでなんとかいけるだろうかという考えは無謀に近い、とグーダンからずっと前に教わっていたからである。そう、何も持たない自分がレジスタンスに入ったときに。だからこそ、逃げるという選択肢を選んだ。
だがしかし、その追手たちもそうそう簡単に諦めようとはしない。停まろうとしないトラックに何かの確信を得たのか、スピードを上げてきたのだ。
――絶対にタイヤをパンクさせる気だ。
是が非でもさせるかという勢いで曲がりくねった道を運転していく。それを見失うまいとして、装甲車も追いかけてくる。
オンイ峠道は途中まで一本道である。もうすぐで二又のわかれ道が見えてくるはず。そこから別の道の名前のようになるのだが――。歯噛みしながら、曲道を気にせずしてアクセルを強く踏んだ。
イアンが突き進んだルートは舗装された道ではなく、砂利道。そこを飛び跳ねるようにして曲がった。もちろん、こちらの方にまで追いかけてきそうな勢いのある装甲車であったが――それはこちらではなく、別の方へと行ってしまうのだった。
ヘヴン・コマンダーはこちらに気付かずに行ってしまったのだろう。それに安堵したイアンはアクセルを緩めて砂利道の先へと行ってみることに。少しの時間稼ぎだ。すぐにあちらの方に行ったとしても、見つかってしまえば元も子もない。
「……というか、こっちはどこにつながっているんだ?」
地図で見て覚えた限りだと、二又の分かれ道はあったとしても、この先のことは覚えていない。帰り一本道と決めていたものだから。
先が気になる、なんて考えているイアンはいつでも逃げられるように方向転換をして道の脇の方に停車した。それも見張りか何かのヘヴン・コマンダーたちに見つからないようにして。そして、トラックから降りて砂利道の先へと足を踏み入れるのだった。




