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世界は夢を見せるほど俺たちを嫌う  作者: 池田 ヒロ
記憶はないが、記憶をよみがえらそうとすることはできる。
82/108

◆82

 歌う人骨の横笛の歌で目が覚めたようだった。どれほど寝ていたことだろうか。大型装甲車の窓から見える外は薄暗い。朝になろうとしているのか、夜になろうとしているか全くわからない。


「…………」


 そちらも重要ではあるが、嫌な夢を見た気がした。内容はすぐに頭から抜けてしまう。何も覚えていなかった。


「もう少し待ってみるか」


 まだ装甲車の中で辺りの様子を窺って、明るくなってきたら登山を再開しよう。暗くなるならば、ここで朝が来るまで待機だ。そう考えてしばらくの間様子を見ていると、段々と明るくなってきたため、外に出て山頂を目指すことにした。中で寝てしまったせいで、手足の冷えがひどかった。それでも動けば体は温まるだろうか。


 多少の無茶をしながらも、登山をしていると、手足の冷えは慣れてしまったようで、痛い感覚から何も感じない感覚になっていた。これ以上前に進むのは危険だろうかとわかっていても、笛のことが気掛かりで。笛の言う夕日と朝日が見られる山頂に行ってみたくて。


 首に提げているレーラからもらったお守りが助けてくれるとなぜか信じて足を止めようとしなかった。


 足を止めようとせず、ずっと先を突き進んでいると、少しだけ開けた場所へと出てきた。葉のない木々はない。そこにあるのは黒くて細長い物だけだった。何だろうか、とイアンがそれに近付いてみると――。


「刀?」


 真っ黒な刀が地面に突き立てられていた。刃の根元には紫色の花が彫られている。こんな暴風に近い雪風が吹いているのに、それだけを避けて存在しているではないか。


 この真っ黒さ、フォーム・ウェポンと似たような材質の金属かもしれない。その刀を引き抜こうと柄に手を伸ばそうとするのだが、急に止めた。それに触れてはいけないと感じたからだ。いや、そうではない。


 イアンは地面にある雪に飛び込むようにして転がり込んだ。その直後、彼がいた場所に巨大な拳が減り込んできた。ぶつかる大地と謎の拳。何事か。


 急いで立て直し、謎の正体に目を向けた。そこにいたのはヘヴン・コマンダーでもなければ、エンジェルズでもない。ならば、なんとたとえようか。自分の体格の三倍はガタイし大きい。皮膚は黒い。片手のないバケモノか。


――なんだ?


 頭の中はその思いでいっぱいだった。急激に現れた謎の生物。脳で考えるより、体で考えて動いた方が早い。右手にはいつの間にか剣状にしたフォーム・ウェポンが。


 色んな万感があると思うが、ここは戦いに集中した方がいいはず。人間と戦うのとは違って、人の理性を持たないようなバケモノ相手は骨が折れそうだから。事実そうだった。避けると防御しかできないほどの力が向こうにあるのだから。こちらは為す術もない。


――そうじゃないっ!


 防御もしない方がいいようだ。謎のバケモノ相手に剣で攻撃を防いでいたときだった。


「ぐあっ!?」


 慣れない雪中での戦い。足元を取られないように、雪に埋もれながらもしっかりと足に踏ん張りを利かせていたのに。イアンは攻撃を剣で受け止めると共に吹き飛ばされた。


――急げ、急げ。体勢を。


 息が上がる。手足の感覚がなくて、今何をしているのかがわからない。脳の情報処理が追いつかない。これは楽園ヘヴンの生物兵器? だが、ここは楽園ヘヴンの管轄外であるはず。巡回する者などいない寂しい場所。


 そう、自分だけではない。ここには、寂しい場所には一体のバケモノがいたのだ。


 謎の生物は雄叫びを上げながら、こちらに向かって突進してくる。まともに攻撃を受けていていても体は持ちそうにもない。それならば、である。


 殴りかかってくる片手。それの後ろ側へと回り込む。案の定、それは片腕がないため、隙が生まれるのだ。いくら力があろうとも――。


「もう片腕を失えばっ!」


 斬ったはいいが、傷が浅い。気味の悪いエグイ色の血がこちらに飛んできた。その血の色を見た瞬間、外の寒さ以上の寒気が襲いかかってくる。全身に鳥肌が立つ勢いである。


 これに負けるわけにはいかないというイアンの防衛反応が働いたのか。地面に突き立てていた刀を利用することに。引き抜いたそれは根本付近が折れていたらしい。いや、それでもいい。どんな物でも利用しなければ。


 こちらを見た謎のバケモノは怒り狂ったように叫ぶ。周りがびりびりするほどの大声量。鼓膜が破けそうだ。だが、それに一々構っていられない。


――今度は――。


 再び襲いかかってくる黒い体躯。拳を避けるように、また後ろへと回り込んで――今度は肩の方にフォーム・ウェポンを突き刺した。痛みが怪物の体中を駆け巡っているのだろう。暴れ出して、振り落とされそうだった。腕のある方に突き刺したから、そうそう簡単に抜けまい。


 肩にはフォーム・ウェポンを。そして、左手に余っている折れた黒い刀をバケモノの目玉へと突き刺す。


 怯みを見せた。これがチャンス。そのまま汚い色の血で染まった雪の上に落ちる覚悟で肩から逆手で剣を抜く。そして、すぐさまその状態で首を狙った。


 灰色の世界に舞うは黒の頭。切口からは人の血とは当分思えない物が飛び散っているではないか。それらはすべてイアンの目にスローモーションで見えていた。なぜだか時が止まったように見えて、折れた刀が突き刺さっていない方の目玉は――まるで母親のような眼差しをしていたのだった。


 頭と体、そしてイアン自身も雪の上に落ちた。その拍子に持っていた歌う人骨の横笛が転がり込み――歌うのだった。


 歌を聞きながら、ゆっくりと体を起こす。巨大なバケモノの振動で露わとなった雪の下。木の板や丸太の残骸があった。


 それを見るだけでどれだけの時間がかかったのだろうか。いつの間にか雪は止み、空は雪雲の間から日の光を覗かせていた。現在いる地点から見て、左右には木々がない。そして、その日の光は右の方に傾こうとしている。


「ここなんだ……」


 直感的にそう思った。ここがあの笛――骨の持ち主が死んだ場所。子どもは知らない。母親が死んだということを。つまりは――。


 怪物の頭のもとへと歩み寄ると、目玉に突き刺していた刀を引き抜いた。それを元あった場所へと突き立てる。この刀の持ち主は母親の帰りを待っていた。ここには待つための小屋があった。だが、それは幾年も経つ内に風化して壊れている。どれほどまで子どもはここで待っていただろうか。


 この場所が骨の笛にとって供養となる場所。そう思い、笛もその隣に置いた。これで母子は会えたはず。ここで静かに暮らせるだろう。


【悲しみはいつだって裏を返せば、幸せになれる。あの世でな】


 ウリエルの言っていたことは本当だった。この世での悲しみを癒すにはあの世で幸せになるしかないという考え。


「……嘘をついていたのは俺だったんだ……」


 タツはあの世で両親と一緒にいて幸せだろうか。悲しみもなく、幸せいっぱいに。親に欲しい物を買ってもらって――。


――羨ましい。


 服の下にある歯車のネックレスを握る。


 死にたくないのに、死にたいと思うイアンは――他人を妬むしかなかったという。

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