表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界は夢を見せるほど俺たちを嫌う  作者: 池田 ヒロ
記憶はあるが、俺はこの世界を知らない。
107/108

◆107

「俺がいなかったら『イアン・アリス』はこの世に生まれていない」


 もう一人の自分の言葉にイアン・アリスの手は止まってしまった。その『イアン・アリス』という存在はどちらのことだろうか。呆然とする彼をよそに「どっちだって思っただろ?」と面白がっている。脳の情報処理が上手くいかない自分を弄んでいた。


「知りたいか? 知りたいか? いや、知りたいだろうな。俺にとってはここが一番面白楽しいって思っている事実を早く言いたい。早く言いたくて、それを言ったときの『――――君』の反応を知りたくて。今回もあんな面白おかしい顔をしてくれることを期待するぜ?」


「訳のわからないことを言うなっ!」


 それでも、もう一人の自分はお構いなしである。性格の悪そうなにやけ顔で「笑えよ」と言った。


「『――――君』の実父は王国を裏切った人間として俺が操作した。父親は王国を裏切り、『――――君』の大っ嫌いなあの村の村長に殺された。その妻と腹の中にいた『――――君』を残してな。そして、『罪人の子』として生まれ、俺は邪魔な母親を消してあげた。あとはわかるだろ? 覚えているだろ? 自分の人生ぐらい。そんな人生は俺がいなければ一切なかった。この意味、わかるか?」


 もう一人の自分は手にしているピンク色の本を指差した。


「俺がそれの改変をしなければ、『――――君』もあいつも……どちらの『イアン・アリス』も生まれていなかったし、存在することはなかった!」


 いい加減気付け、とでも言うようにしてもう一人の自分は手にしている本を読むように促してきた。これは罠だろうか。いや、読んでみる価値はあるのかもしれない。これまでにおいて、この本を読んだことはなかった。いや、読めなかったという方が正しいだろう。どこの言葉なのかさえも、誰も知らなかったのだから。


 イアン・アリスは戸惑いながらも本を開いてみた。ページを捲る音が聞こえる中、彼は驚きの連続だったのである。『読めないはず』のこの本が『読める』。おかしな話。なぜに? この文字は『楽園の言葉』ではないかっ!?


「え?」


「そろそろ夢から覚めようと思わないか? これまでこの世界の人間が知らなかった、知らされていなかった事実がそこにある。それは俺すらも書き変えることができなかった。もちろん、『――――君』すらもな」


 この世界にはとんでもない秘密が隠されている、と聞いたイアン・アリスは呆然と立ち尽くすしかなかった。そんな彼にもう一人の自分はすらすらと口から言葉を吐いてくる。


「簡単に言おう。俺が改変をした時点で『――――君』が孤独であることすらもすべて決まっていた。いくら事実改変しようとも運命は変えることはできない。『――――君』が好きな名なしが敵であることも」


「う、嘘だっ!」


 絶対にありえないと思った。なぜならば、誰一人として信用してもらえなかったあの頃は、あの子だけが心の支えのようなものなのだったから。厄介者としての似た者同士として。


「あいつは……『俺』の味方だった! 『俺』のことを好きでいて――」


「よく、考えてみろよ。思い出してみろ。俺も『――――君』の記憶を共有しているから知っている。『――――君』が自分の心の中で俺を消失しようとしていたからわかっている。あいつはなんと言ったかを」


「何を?」


 あの子から言われたことはたくさんあり過ぎる。それだからこそ、どの言葉なのかすら覚えていなかった。自分にとって嬉しい言葉、悲しい言葉。色々ある。思い当たりのないイアン・アリスにもう一人の自分は「最初の頃だよ」と失笑する。


「何度か言われたことあるよな? 『嘘つきには教えない』ってな」


「は?」


「まだ理解できない? それ、中身読んだだろ? それとあいつの言葉を照らし合わせてみろよ。そこには何の答えがあった?」


 それでも唐突的な言葉だったのだろう。混乱するイアン・アリスに痺れを切らしたのか、ピンク色の本を取って最後のページを開いて見せた。

 諸君らは『世界の果て』の先をご存じだろうか。新たな世界の始まりを意味する。そう考えて、ほとんどの者は今の古い世界が終わり、新しい世界へとリセットされると思っているのだろうが、そうではない。

 元より私が定めていたことで、過去と共に未来へ行くことが『世界の果て』なのである。時代がそれに到達することはまだまだ――気が遠くなるほどのそれ以上の未来の話なのだから。

 この世界はまだ『世界の果て』へと到達するには早い。世界改変者はそこを履き違えて世界を終わらせようとしていたのだろう。

 世界はまだ終わらない。終わることは一切ない。人類が新しき世界への扉を開けて、どうして生きていくかを私はここで見守ることにしよう。手出しは一切しない。この世界は彼らの物。私が横入りできるほど躓くような彼らではないのだとわかったから。

 名なしはよく堪えてくれた。五億九千八十九回の運命を送ってもなお、使命のために堪えてくれた。そして――運命に翻弄された少年よ。貴君がいてくれたからこそ、彼はここまでこられた。彼と交わした契約事項には一切ないが、最後にだけ細やかな願いを叶えてあげよう。

 誰かとずっと一緒にいたい。

 それは名なしのことだろうか。彼の『肉体』はもう滅びてしまってはいるし、貴君は永遠の眠りについてしまっているが、約束は約束だ。

 世界は少年に救われた。友は彼に助けられた。

 それだからこそ、皆歓喜せよ。この世界中のありとあらゆる祝福の鐘を鳴らせ。もう恐れることはない。後は彼らがどうして行くかは自由なのだから。

 名なしよ、少年の『心の中』で待っていなさい。彼が目覚めるまで、木の下で待っていなさい。小さくも可愛らしい花で冠を作って待っていなさい。草花の上で寝転がって待っていなさい。一輪の花をあげよう。それを持って一緒にいられる幸福を祈りなさい。それが今の名なしにできること。

 確かに世界改変者を倒したならば、体は朽ちると明記していた。しかし、運がいいことに名なしの『心』ならば、まだ生きているのだよ。

 もう一人の自分に教えられても理解ができなかった。『嘘つきには教えない』という言葉とどう関係してくるのかも考える思考回路が回ってくれない。それに彼は「これを書いたやつはどう思って書いたんだろうな?」と理解のヒントを言ってくる。


「『世界は終わらない』ってどういう意味があるんだろうな? 代名詞って便利だと思わないか? 固有名詞がないせいでさ」


 もう一人の自分はそっと肩に手を置いてきた。


「文章も人によって捉え方は違ってくるのも当然だよな」


 その発言と共に、イアン・アリスの左目は丸くなった。ということは何かしらに気付いたということである。彼は慌てたように、その場に本を広げたまま床に広がる血に目をやった。


 ぐにゃり、と世界が歪み始めてきた。なんだ、と困惑することはない。今度はボロボロと時空がはがれ始めてくる。これはこの世界の消失が始まった証拠。世界そのものではない。『この』世界が終わりを始めているのだ。


 空が壊れ、地も粉々に。すべては空高くから見える暗闇に消えようとしていく。床に転がっているグーダンたちレジスタンスの体も消えようとする。


 これはもう止められない。いくらイアン・アリスが考え直したとしても、世界の消失は止める術がない。いや、どちらかというならば、このようなことをする時点で考え直すなんて頭にないだろう。消え逝くレジスタンスたちをよそに、一向に消失しようとしない彼は口を開くのだった。


「全部……あいつに騙されていたんだ……」


 イアン・アリスは、『――――』は小さく微笑みながら、その薄い青色の目を静かに閉じるのだった。最後に映ったのはすべてを理解した自分に嘲笑をしているもう一人の自分である。彼の言葉が最後に聞こえた。


「可哀想だな、『――――君』って。五億九千八十九回も夢を見ちゃっていたんだな」


――ああ、その通りだな。本当、『俺』って可哀想なやつだな、と思う。


 そう、世界は夢を見せるほど『――――』を嫌っている。彼がどんなに己の心に抱いた願いを叶えようとしようが、運命に抗おうとしようが――嫌われているから、すべては夢となるのだ。


 だから現実を見ようとしない理想主義者は、夢の螺旋から逃れられない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ