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世界は夢を見せるほど俺たちを嫌う  作者: 池田 ヒロ
記憶はあるが、俺はこの世界を知らない。
105/108

◆105

 こんな物があるからいけないんだ、とイアン・アリスは歯噛みしていた。手には褪せたピンク色の分厚い『書』。こんな物がなければ――。


――そうだ、壊せばいいんだ。もう自分にとって大切な人、会いたい人はいないも同然なのだから。だったら、破り燃やしてしまえ。


 残った左の薄い青色の目は近くにある松明の炎へと移り変わる。


――後悔なんてしない。この世界は壊れてしまえばいい。死んだ後がどうなるかはわからないし、怖い。だから、死にたくない。でも、死にたい。


 黒い鎧の足が動き出そうとしたときだった。背後から何かの気配がした。急いでそちらの方へと振り返ると、そこにいたのは紛れもない見たことのある人物。彼は――。


「……『――――君』」


 忘れるなんてとんでもない。知らないとは言えるはずもない。後ろにいたのは以前の自分より幼い姿をした誰かだった。年は十六、七に見える。すべてを思い出したイアン・アリスだからこそ、この小さな自分の正体を見抜いていた。


「自分のことを『君』付けで言うのか」


 口調はまさしく自分。だが、雰囲気だけは違う。相変わらずと思う。なぜに、ここにという疑問よりもどうしてこの世に存在しているのか、という疑心が大きかった。


「なんで?」


 もう一人の自分は「少し予定外だった」と嘲笑う。


「記憶が元に戻ったときは焦ったけど、ここまではシナリオ通りだな」


「どういう意味だ!?」


 怒声を上げる。その言い分は明らかに自分が今回の黒幕ですとでも言っているようなものだった。頭の中にある記憶を弄っていたのは――。


「『――――君』が俺の記憶を? あの人が、この世界を創った神様がしたんじゃなくて……?」


 想定外な事実。あのとき、『イアン・アリス』としての使命を果たすために、以前の記憶は邪魔だと言っていたのは?


 驚きを隠せないイアン・アリスに、もう一人の自分は腹を抱えて笑い出した。どうも面白おかしくて仕方がないらしい。


「なんだよ、あの人にとっちゃ、お前の記憶はバリバリあって欲しいに決まってんだろ。なんてったって、傍観者様だからな!」


 自分が目覚めたのはよく覚えていない。だけれども、『イアン・アリス』として動いていたときの記憶はグーダンたちとヘヴン・コマンダーが衝突している時期ぐらい。思い出せ、思い出してくれ。まだまだこの状況を理解できていないのだから。


 必死になって自身の頭の中にある記憶を辿ろうとするのをよそに、もう一人の自分は「言ったのに」と大きく息を吐く。ようやく腹が捩れるような笑いを回避したらしい。


「大人しく夢を見ておけばなぁ。見なかった結果がこの有様だ」


「『――――君』は何を知っているっていうんだ」


「もしかして、まだ記憶ボケしてる? いいよ、何度だって教える」


 もう一人の自分はそう言うと、床に転がっている白い刀を拾い上げた。別にこれで攻撃をしようとは思っていないらしい。いや、今のイアン・アリスに勝てると思ったら大間違い。こんなキチガイ相手をしていたら身が持たないだろうし。


「この説明も五億九千八十九回目だけどもな」


 五億九千八十九回目。その数字に聞き覚えがあった。あの子も言っていた回数。だが、待て。この数字は大好きな女の子にとっての――。


 考え込もうとするイアン・アリスをよそにもう一人の自分は話を続けた。


「俺たちはこの世界を終わらせなくてはならない」


「は?」


 言っている意味がわからなかった。というよりも、もう終わっているのではないだろうか。楽園の女王(クィーン)が築き上げた楽園ヘヴンを壊滅状態にしたのだから。忘れたわけではない。確かに楽園ヘヴンの中枢都市に住んでいた人たちを殺した。それは何も悪い話ではないはずだ。自分はレジスタンス側で戦っていたのだから。


 状況が上手く飲み込めないイアン・アリスを放っておくようにして、「あいつが厄介だったな」と独り言を言う。


「エルダっていう人。あの人もあの人でスパイを送り込んでいたなんてさぁ」


「……俺にもわかる話をしてくれ」


 そうお願いを申し立てると「いいよ」そう、軽々しく口にする。


「どこから話そうかな。前回と同じ順番がいいかな。だって、お前の驚きの顔を何度見ても面白いんだもん」


「そんなのどうだっていいから話せ」


――こちらとら真実を知りたいんだ。そっちの都合なんて知るか。


 もう一人の自分は「せっかちだな」とイアン・アリスにとって苛立つような笑みを見せると、玉座に座り込んだ。


「世界を終わらせることをどう言うか覚えてるか? あー……、『――――君』」


 二百年前の大戦でのことだろうか。もちろん、覚えていた。人類滅亡の危機にさらされていたから。それを食い止めるために、世界中の人たちが、仲違いをしていた国々の人たちが一丸となって戦ったのだ。その玉座に座るもう一人の自分――世界改変者クラッシャーを倒すために。


 小さく頷くと「世界の果て」そう答えた。


「『――――君』が世界を白紙に戻そうとしていたから、俺はあいつのお願いを叶えるために『――――君』を倒さなければならなかった」


 そして、残った左の薄い青色の目で睨みつけた。いつでも攻撃を与える準備ができているようである。だが、もう一人の自分は悠長な様子で拍手をした。


「そう、そこで世界は祝福に包まれましたとさ……という終わりはないからな。言っとくけど」


 この言葉に怪訝そうに、床に倒れている少女二人に目をやった。二百年前、目の前にいるもう一人の自分を倒し、永い眠りについた。その後に楽園の女王(クィーン)は現れた。なんとも絶妙なタイミングで。まるでイアン・アリスがこの世界にいないことを見計らったかのように。


「こいつと『――――君』は何か関係があるのか?」


「おっ、思い出してきた? いや、どうでもいいけどさ。そうだよ、元々は楽園ヘヴンはその世界の果ての成りかけだったんだ」


 その軽々しさにショックを覚えた。せっかく、自分たちが見たい未来のために戦ったというのに。世界改変者クラッシャーの野望を阻止したはずなのに。


「だからこの世界じゃ、レジスタンスという存在がある。ノーサイドという存在がある。エルダというスパイが割り込んできた」


「そりゃあ、そうだろうな。これで『――――君』の思い描いていた望みはお終いってわけか」


 イアン・アリスが小さく鼻で笑うと、もう一人の自分は「何か勘違いをしていないか」とにやけ出してきた。


「忘れたわけじゃないよな? 俺が言ったこと。『ちーくん』が言ったこと。それすらも『――――君』は頑なに拒んで生きようとしたこと」


 もう一人の自分は言うのだ。この世界にお前の味方は誰もいない、と。


「『――――君』は最初から楽園ヘヴンの、世界改変者クラッシャーの駒だってな」


――だって、自分のこと、俺のことを『――――君』と呼んでいるじゃないか。これぞ決定的証拠。己がこちら側の存在だって言っているようなものなんだからな。今更違うとかほざくなよ?

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