第四話
第四話です。
どうぞお楽しみください。
――恵里香の客室。
「とまあ、こんな感じ?」
「蒼太、とんでもなく強かったんだ……」
廊下に横たわる死体を見てそう感想した恵里香。
現在は粗方の説明も終わり、これからどうするかという話になっている。
「いや、まあ結局食べ物を取りに行くのは決定なんだけどさ。昨日も行ったけど脱出か救助を待つかって事になるわけだよな」
「……それなんだけど……脱出しよう?」
「理由を聞いても?」
「蒼太も言ってたでしょ? 救助を待つなら最低でも一週間はかかるって」
「おう、言ったな」
「脱出艇で逃げるのは遭難の可能性もある博打って言ったじゃない?」
「おう、それも言ったな」
「だからね、どっちにしろ死ぬ危険性があるなら……博打に出ようと思ったの。あとはあの死体の人みたいに食べられたくないからかな」
恵里香の言っているのはさっき見せたネクロだった男の事だろう。
その言葉を聞いて蒼太は「へえ」と感嘆し笑顔になる。
確かに、ここで上手く食料を確保できてもソレがあるうちに救助が来るとは限らない。
そうなれば待ってるのは確実な死。
食料が尽き、救助は来ず、進退窮まって動いたとしても体力なんか残ってないだろうから食われるのがオチだ。
動かなければ餓死、そうじゃなきゃ自決という選択肢しか選べなくなる。
逆に脱出に向けて動けばどうなるか。
もしかしたら脱出艇にたどり着く前にレイジやネクロの襲撃で死ぬかもしれない。
現段階で、この船内にどれだけの生存者がいて、どれだけのレイジがいて、どれだけのネクロがいるかは不明なのだから。
体よく脱出艇にたどり着いても陸地に行けるかなんてわかったもんじゃない。
だが、運が良ければ他の船に拾ってもらえたりどこかの陸に漂着できるかもしれない。
そう、今の説明でわかる通り蒼太にとってこの質問は別の意味を持っていた。
救助をまつ事は「現状維持」、それすなわち停滞を。
対して脱出は「現状改善」、それすなわち前進を意味していた。
恵里香は「前進」することを選んだ、理不尽に抗う事を選んだのだ。
抗う意思を持っている事は自分の中に芯があるという事。
そこに蒼太は感心し、恵里香に対して尊敬を覚えた。
(大人しそうな見た目の印象とは裏腹に、甘え上手でおまけに強かか……二日間で片鱗は見せてたな)
そう考えながら蒼太は不意にプールでの出来事を思い出して少しにやける。
コチラはしっかりしてそうでムッツリである。
「今、なんだか無性に蒼太を殴りたいんだけど……なんでかな?」
「気のせいじゃないか?」
行動指針は完全に定まったので、今度は厨房に向かう訳なのだが。
「恵里香は戦えるのか?」
わかり切った事だが聞かないわけにはいかない。
「まかせてよ! 絶対無理だから」
何処を任せろというのか小一時間問い詰めたくなる返答である。
「まあ、そうだろうな……どうすっかな」
「……ごめんね、足手まといで……」
「いや、気にすんな。一緒に脱出すると決めたからには意地でも守ってやるから覚悟しとけ」
「うん、ありがと」
「とりあえず今取れる作戦なんだが……二つある」
「二つもあるの!?」
「ああ、一つは俺が先行して安全確保しながら恵里香を連れて行く作戦」
「うんうん、もう一つは?」
「恵里香を先行させて釣れた相手を倒しながら進む作戦」
「やめてください、しんでしまいます」
「えー」
「ほんとかんべんしてください、しんでしまいます」
冗談はさておき、現実問題として恵里香をセーフエリアから出す事は蒼太の動きを阻害することにしかならないので実質一択という事になる。
「他の人ってどうなってるのかな?」
「探すのは止めた方がいい」
「どうして?」
「そういえば言ってなかったな」
蒼太は先ほど考えたことを伝える。
「これだけの大規模な客船でこの惨状、なのに避難誘導や館内放送による避難勧告が行われていないのがおかしい。という事はだ」
「それが出来ないのは……ほぼ全滅って事……?」
「の可能性はある。あとは映画なんかでありがちな展開だが、コレが予定調和のパターン」
「予定調和?」
「ああ、この船自体が巨大な実験場で俺たち乗客はモルモットという事だ。シチュエーションは違うが似たような話はよく聞く題材だ」
「そんな……」
「ま、映画の見過ぎかもな。ひょっとしたらの話だ」
「モルモット……」
――――――――――――――――――――――――
――4F、下り階段
「(ちょっと下を覗いてみるわ)」
「(気を付けてね、私離れてるから)」
階段からほんの少しだけ身を乗り出し、3F客室前廊下の様子を窺う。
(居ない……訳はねーわな……ありゃネクロか?)
身体の半分を血でべっとり汚している女性が一人、頸動脈付近を食いちぎられている。
(目が見えれば確実にわかるんだが、それがわかる距離なら間違いなく襲われるな)
他にも腹部の中身がまるっと無い上に片腕を失って足を引きずる男いる。
(ネクロが2か、レイジは居ないのか? ……っと)
奥の部屋の扉がカチャリと音を立てて開く。
開いた扉からは病気男に吐しゃ物を掛けられた女性が出てくる、ネクロが襲い掛かる様子はない。
(大分わかった。それと、なんとなく感染経路も見えてきたな)
レイジとネクロを見分ける材料としてはまず眼。
レイジは赤く血走った眼をしており、ネクロは白く濁った眼をしている。
次に怪我の状況。
軽傷なのがレイジ、どう見ても致死傷なのがネクロ。
感染経路は唾液、または血液による感染。
噛まれた際に傷口から唾液が入るか、あの吐しゃ物を掛けられた女性のように目や鼻、口の粘膜による感染の二種類は確実だと蒼太は結論付けた。
(レイジに襲われて噛まれただけならレイジに、食い殺されればネクロに。そして、ネクロになる前に首がもげてしまえばムクロにってか)
御多分に漏れず、ゾンビの基本ともいうべき弱点は頭部。
首と胴をサヨナラさせて「ネ/クロ」にするか、頭部を砕くかの二択で止まる。
レイジは生者故に普通の人間と同じように心臓部や呼吸器を狙った攻撃で一時的に黙らすことが出来る、あくまで一時的にだ。
その後数秒でネクロになって起き上がるから。
(どっちが厄介かっていえば当然レイジだな)
ネクロよりも高い反射神経に膂力をもって襲い来るレイジ。
何とか倒せても頭が無事ならネクロになって再び起き上がり、疲れてるところに強制連戦に持ち込まれる。
このコンボは確実に死ねる。
(レイジに囲まれたら最後だな……よし、大体わかった。いったん離れるか)
この階層にはあの三体以上は現れなかったので観察を終了させることにした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――4F、客室前廊下
「お帰り」
「おう、ただいま」
「大丈夫だった?」
「いや、ネクロ二体にレイジ一体いたわ」
「……三体も……」
「正直同時は厳しい。なんとか一体ずつ、せめてネクロ二体だけでもおびき寄せれれば何とか出来る。チラっ」
「そ、そうなんだ。……何かモノを投げつけたらどうかな? 電球とか……」
「電球とかだと割れたらアウトだな、全部に見つかる。チラっ」
「あ、あああの、それなら水で濡らした布とか!?」
「うーん、それなら行けるか? でもそれより良さそうなのが……チラっ」
「あんまりいじめないでください」
恵里香の目からハイライトが消えかけたのでそれ以上は弄るのをやめる。
「ま、冗談だ。何とかするから恵里香は自分の部屋に居ろ、万が一こっちに来た時に備えてな。それに……今ので大分緊張とれたろ?」
「あ……」
言われてからさっきまで全身に力が入っていた事に気が付く。
「そんなんだと、咄嗟に動けないからな。じゃ、行ってくる」
さらりと何でもない風な事を言ってさっさと戦地に赴く蒼太、臆した様子もなく歩く背中を見つめながら恵里香はつぶやく。
「……一歩間違えたら死ぬかもしれないのに、蒼太はなんでそんなに風に笑えるの……?」
その言葉が蒼太の耳に届くことは無かった。
どうしてもコメディにしそうになる
もはや病気の域(笑)
前作よりは控えめにしてるつもり。
お付き合いいただきありがとうございます。