参拾伍――フューチャー・クリエイター
私は垣間見た。
その幼い少女の、心の深淵を覗き見た。
雪れぎなに両手剣で切られた時、この力の一端か、れぎなの記憶がこちらに流れ込んできた。
その記憶には私も覚えがあった。
幼い日に憧れていた正義の味方。
その残酷な死。
とても優しくて、ただ優しいだけの大馬鹿者。そんな風に言われて、思われて、時には偽善者だと蔑まれて。それでも彼は決して、見返りを求めなかったし、決して、いかなる者も見捨てようとしなかった。
その人の為に泣き、死んだ人の分まで悲しみ、人の為に生きた。
その人生を全て他人の為に使い果たした。その先にあったのが、間違えられて撃ち殺されるという死に方だった。
そんな父を持ったれぎなは、最初こそその父を応援していただろう。
父がどんな言葉を言われようと尊敬し続けただろう。
だが、そんな死を垣間見た彼女は変わってしまった。
憧れが歪曲し、父の死を無駄にしない為にと、その父を否定して、自分の正義を形作った。とても危うく足場の脆い感情は、少女の心を蝕み続け、もう二度と戻れない領域に踏み込ませようとしていた。
このままではきっと、軋轢魔法になってしまうだろう。
それよりももっと酷いモノになってしまうかもしれない。
彼女は既に相互理解を否定している。このまま彼女を放っておけば、いつしかあの時の私のように――
だからこそ、そうしない為にも軋轢魔法を消さなくてはならない。
あと一歩、あともう少しだ。
だと言うのに、いったい私はここで何をしているのだろうか。
足場はなく、どこに手を伸ばしても何もない虚無の世界。
浮いているようで寝ているようで、飛んでいるようで死んでいるようなこの世界。
私は死んだのか――?
あんな事をした私だ、訪れる死を拒みはしない。
だが今はダメだ。
今私が死ねば、彼女は間違えてしまう。
――自分が正しいと本当に言えますか?
この声は
世界が広がった。
何もない場所に色彩が散りばめられ、景色が構成されていく。
幼き日、私が彷徨ったあの死んだ街。私の軋轢魔法で崩壊したあの場所そのものだった。
「メルシィさん……?」
「リョウナさんは、自分が正しいと、自身を持って言えますか?」
「はい。言えます……なんて、私に正しさなんてないですよ。私にあるのは想いだけ。少なくとも、今のままでは確実に間違うのだから、別の道に導いてあげる人がいなくちゃいけないんです。それは、必ずしも私である必要はないけれど、今、彼女の傍に寄り添う事ができるのは、私だけです」
「自分に対する攻撃では傷付かず、それ以外の他者に対する攻撃でのみ傷付く。ですか、人の事は言えませんが、リョウナさんは異常です」
「ええ。そうです。それで誰かを救えるのなら怪物にだってなってもいいです」
「そう、ですか……」
メルシィさんは一瞬、目を細めて俯いた。
何かを隠すように私から顔を逸らして、滅びた街の先から照らす黄昏を仰いだ。
「本当なら、このまま貴方と一緒にいたかった」
夕焼けが消えていく。
暗闇が迫ってくる。
その闇の中に、洋と哉江がいた。手を繋いだまま、向こうを向いている。
「彼等も貴方に謝りたいと言っています」
「今は、遠慮しときます。後で言っといてください。甘えるなって。でも――きっと、会いに来ますから。それまでは、まだお別れです」
まだ、死ねないのだから。
黄昏を越える訳にはいかない。
夜闇が生者と死者を別つように、世界を引き裂いた。
「泣きたいなら、泣いてもいいよ。でも、自分の為に泣いてあげて。今までずっと苦しんでいた自分の心の為に」
目が覚めた。
どうやら三途の川から戻って来れたようだ。
腕の中で泣きじゃくる子どものような雪れぎながいた。
さっきまで殺気を放ちながら凶器を振り回していたとは思えないほどに可愛い。
「もう、戻れない……今更戻りたくない」
「それならそれでもいいかもしれない」
「え……?」
「無理して戻らなくてもいいの。今の貴方のまま、自分が苦しくない道に進めばいい」
「そんなの分かんないよ……もう誰もいない。父さんも母さんも、将監も死んじゃった。私の傍にいてくれる人は――
全く、目の前にいると言うのに。
「あ――」
その頭を優しく撫でると、れぎなは何かを諦めたように、ふっと笑った。
軋轢魔法は消えた。
だが、世界から完全に消え去った訳ではない。
それに、消えたからと言って、争いがなくなる訳ではない。
軋轢魔法が出現する以前に戻るだけ。
ヒトの心に巣食う負の感情はなくならない。それに、なくなってもいけないだろう。それがあるからこそバランスが保てている。
「本当に着いてくるの? 危険なのよ?」
「リョウナお姉ちゃんは、私をひとりぼっちにしたいの?」
「そういう訳じゃないけどさ……」
いつから背人はこんな事を言うようになったのか、最近私の扱いを理解してきたような気がするな。洋に似てきたかな? そんな事言ったら怒られるから言わないけど。
「荷物は大丈夫……って言っても、そんなに持っていけないけど」
「大丈夫だよ」
「よし、じゃあ行こうか」
「うん!」
私達は扉を開けて外に出た。
軋轢魔法の本拠地を後にする。もう二度と、戻ってくる事はないだろうが、みんなと過ごしたこの屋敷を忘れる事はないだろう。
「お姉ちゃんサバイバルとかできるの?」
「馬鹿にしないで、こう見えても洗礼教会から逃げてる間はずっと野宿だったんだから」
「野営と野宿は違うと思うけどなぁ」
「似たようなもんでしょ!」
『本当にあの時、話さなくてよかったのですか?』
『後で来るって言ったんだ。それがいつになっても、待ち続ければいい。それに、合わせる顔がないから会いたくないしな』
『それはダメです』
『死んでも変わらねぇなメルシィは』
『お互い様ですね』




