弐拾肆――(軋轢)魔法少女、爆誕!!
あれから数日経った。
背人は以前より見違えるほどに明るくなり、私はもちろん他の礫砕同盟の人達とも普通に話せるようになっていた。メルシィさんとは、やはりぎこちなくはあるものの一方的な感情ではなく互いを認識し合って話せている、と思う。
後は、洋についてだが……
「ここをこう折ると……ほらできた! 動く鶴!」
「すごい!! お姉ちゃん折り紙も上手なんだね!」
「へへへ……」
昔、妹と二人でよく折っていたのをまだ覚えていたようだ。手先は器用なので、こういう細かい作業はお手の物である。別に、友達がいなくて一人遊びが得意だった、という訳ではない。運動神経がそれほどよくなかった私にとって、妹から慕われる為のアドバンテージは、やはりこういう小物を作る事だったのだ。
そして、今もこうして、背人に喜んでもらっている。もしかすると、今初めて、今まで生きていてよかったと思えたかもしれない。私が今生きていたから、この少女の笑顔がここにあるのではなかいと、それくらいは慢心しても罰は当たらないと思いたい。
「ねぇねぇ! 他には?」
「そうねえ……次は、ドラゴンとか折ろうかしら」
「ど、ドラゴン!!」
おおすごい眼がキラキラしておる。しかし、見栄を張ってみたものの私も二回ほどしか折った事のない代物。はてさて一回で成功できるかどうか……
「おーいリョウナ、ちょっといいか。あ、お取込み中だったか」
「あ、洋」
と、ノックもせずに洋が女子のエデンに土足で踏み込んできやがった。
まあそれは置いといて、背人の様子は……
「いいよお姉ちゃん、大事な話でしょ?」
「ありがとう、背人。じゃあちょっと行ってくるね」
「はーい――おい還崎、お姉ちゃんに何かしたら灼からな」
とまあこんな感じで、前よりは柔らかくなったのではないかと思う。以前の背人であるならばきっと既に軋轢魔法を発動させていただろう。脅しに留まっているのだから随分な成長っぷりだ。
とりあえず部屋を出た私は、洋の後をついていく。
「で、何?」
「あーあれだ、魔導アーマーが完成した。リョウなの分のやつがな」
「この前言ってたやつね」
そう言えば、と数週間前の事を思い出す。
女性のみが行使できる『魔術』。それを素人でも扱えるように人体を補助する装甲。露出度が高いほどにその魔術の練度が上がっていくとかいう意味の分からない機能がついていたりしたが。戦うとなれば、着るしかないのだろう。
「そこで、お前の意思を聴きたいと思ってな。ああ、戦わないという選択肢もある。折角、背人とああして平和な日常を手にできたんだ。わざわざそれを手放す必要もない。それに、お前の軋轢魔法は――
「着るよ、私。着て戦う」
「――――――そう、か。意外だな」
私の心はもう最初から決まっていた。
「だが、お前は他者を傷付けない為に《パンドラ》を手にした。戦う事は他の誰かを傷つける事に他ならない。それでもいいのか?」
「人が生きていく中で、絶対に人を傷付けない事なんて、できる訳がないもの。相手が敵意を持ってるのに、ニコニコ笑って相手をしても馬鹿馬鹿しいだけだしね」
「そうだな。相手はこっちを殺しに来てるんだもんな。だが、戦わない選択肢だってある。リョウなのそれは立ち向かう事を前提にした話だろ」
「立ち向かわない選択肢はないわ。もう逃げない」
今まで逃げていたのは、自分が、他人が傷付くのが怖いから。他人のせいで自分が傷付くのが嫌で、内側に憎しみを向けて自分を傷付けて、外側に向けたとしたらそれこそ自分のせいで他人が傷付いてしまう事が怖くて。ずっとずっと逃げて生きていた。それを恐れなかったからこそ、背人は笑顔になれたんだと思う。きっと。だから、傷付く事と傷付ける事に立ち向かえば、理屈も計画もなくてもなんとかなるのではないかという自信がわいてくるのだ。
痛みを恐れては、何もできない。
「そこまで言うなら、俺はもう何も言わない。その決意、受け取ったぜ」
洋に着いていく事五分ほど。屋敷の裏に隠れていた巨大な倉庫に辿り着いた。
その前には待ち構えるように、いつかの銭湯のおっちゃんが立っていた。
「あれ、あの人は……銭湯にいた人じゃ」
「あの人こそが魔導アーマーを設計した冷存千銅だ。銭湯は……趣味だ」
「えええええ!? マジっすか!?」
そう言えばそう言わなくとも、あの時メルシィさんが『頭領』が『轢砕同盟』の一員だと言ってはいたが、まさか設計者だとは。ただのおっちゃんだと思ってたから驚きだ。
「でも、魔導アーマーは、教会が作ったものだったはずよね……?」
「おっちゃんは教会を裏切ってこっちに寝返ったんだ。理由はまあ、色々あるんだが」
と、おっちゃんが口を開いた。
「あそこは装着者の体のメンテナンスは女の職員が行ってオレが関われなかったからな。裸が見れねぇ職場に価値はねぇ」
「という事だ」
「アホだ……」
「そんなこんなでおっちゃんは俺達の仲間になってくれた訳だ。そのおかげで断片的にしか魔導アーマーの設計を知らなかった俺の代わりに知識や技術を提供してもらって戦力の増強ができていたという事だな」
まあこの際、アホ過ぎる理由は無視でいいだろう。反応するだけしんどい。しかしなるほど、魔導アーマーに搭載された謎の機能とか、どう考えても男の夢が詰まったデザインとか、おっちゃんの趣味嗜好を鑑みれば納得がいく。いきたくはない納得だったが。
「それはともかく嬢ちゃん。アンタのアーマーは既に完成している。この中だ。入りな」
二人のエロ男に促され、ごうんごうんと大仰な音を立てながら開く巨大な倉庫の鉄扉の間を通り中に入る。
昔見たロボットもののアニメの、地下秘密基地とでも言えるような内装の倉庫の中には、よく分からない機械が所狭しと乱雑に置かれていたが、一際目を引いたのはその中でも綺麗に整頓して並べられたモノ。
そのほとんどがノースリーブの装甲、体操着風の形をしたものや、スク水の形をしたもの。これが、あの魔導アーマーなのだろう。
「リョウなのはこれだ」
と言われて手渡されたのはブレスレットだった。
「ナニコレ?」
「見たまんまだ」
「んー、あーなるほどなるほど。んん? あれ、えー、そうか……でも、そうなるのかな。ブレスレットだけつけて裸で戦えとッッッ!?」
「そんな訳ないだろとんだ淫乱女だ――待て、冗談だ。落ち着け。その手を収めろ」
思わず右ストレートが脳髄を貫通しようかと言ったところで止められた私の怒りは一体どこへ向ければいいのだろうか。
「まあ話を聴け。俺達は魔導アーマーの軽量化に成功したんだ。詳しい説明はしても分からんだろうから省くが、質量を極限まで収縮して指定した座標の四次元に収納し、詠唱をキーとしてそれをあらかじめ設定しておいた場所へ展開する事ができるんだ」
「へぇ……え?」
「まあ、アレだ。呪文を唱えると着ている服が魔法少女の衣装に変わるって事だ」
「なるほど! え、それってすごいじゃん! 魔術って言ってたからそれくらいできるもんだと思ってたけど」
「できない事もなかったんだが、如何せん魔導アーマー自体がややこしい代物だからな。何せこのエロ親父が作ったものだ。教会も最初はやろうとしていたらしいがコストがかさんで諦めたようだが、まあおっちゃんの協力によってようやく成功したという訳だ」
改めて、手渡されたブレスレットをまじまじと観察する。
材質は謎だが、美しい銀色の光沢が光る、一か所に瑠璃色の宝石が嵌められたブレスレット。見ているだけでも吸い込まれそうな感覚を与えてくる。
「詠唱は……なんでもいい、お前が決めろ。パスワードみたいなもんだからな。そしてそれが、お前の本当の軋轢魔法の名前となるだろう」
「詠唱……呪文……」
そう言われても、魔術師ではない私にとってそんな事急に言われても思いつかない。どうしたものか……
私は逃げないと決めた。誰も傷付けたくないとも思った。自分が傷付いた方がマシだとも思った。どっちつかず、でも、それが私の心の中。
それでいい。絶対に、必ず達成しなければいけない信念なんて持たなくていい。その時、私ができる最善の事ができれば……それで誰かを救う事ができるのなら、たとえ中途半端であってもいい。
だから私は……
私が決めるよりも先に、私の頭の中にある一つの単語が浮かび上がった。
私の知識は無視して、どこからともなく勝手に。
「――貴方の未来」
詠唱は閉ざされた扉を開けた。
瑠璃色の宝石から放たれる白い光が私の体を包み込み、不思議な力で身に着けているものを吸収していく。そして、白い光は新たに私の体を包み、その姿を現した。魔導アーマー。燃えるような赤いジャージを羽織り、下はスパッツのみ。スッパツのみ……?
「なんだこの格好!?」
「やるな洋。中々ハイセンスだ」
「いやあおっちゃんの協力あってこそですよ」
くっ、このエロ男どもが……
「チェンジチェンジ! これは流石に恥ずかしいわよ!」
「いや、もう作っちゃったし。設定するの大変だったんだぞこれ。今から作り直してたら戦いに間に合わねぇよ」
「……チッ、後で覚えてろよ」
「おお恐い恐い」
よく見るとスッパツの部分にアサルトナイフが装備されており、背中には銃? みたいなものが提げられていた。
「ああ、それはサブマシンガンだよ」
「なんか、魔術とか魔法少女って感じがしないんだけど……それに銃とか使った事ないわよ私」
「それは大丈夫だ。まあ、魔法少女感については……対接近戦用の装備だから諦めてくれ。後者については使い方はアーマーにインプットされてある。それを引き出せば使った事がなくてもそれなりに扱えるはずだ」
「ほう、それは便利ね」
「一応説明しておくと、その魔導アーマーは『体操着型Mk-Ⅱ』。従来の半袖体操着の風潮をあえてぶち破ったジャージ型で、下もブルマやズボンではなくあえてスパッツのみを採用した。これにより被弾しやすい上半身の防御力を上げつつ動きやすくなっている。下半身の防御力については、アーマーの半自動魔力防壁展開機能でなんとかなる。まあ基本はステゴロで戦ってくれ。状況に合わせてナイフやマシンガンで戦ってもらう事になる。必要であれば武装を追加する事もできるが、どうする?」
「いや、いいわ。これで十分よ」
「そう、か。分かった」
洋が言いたい事は分かっている。
そして、恐らく運命は既に決まっている。
私はきっとまた、洋の妹と会うだろう。次は確実にどちらかが勝ち、どちらかが負ける。洋はきっと、そこで私が勝ち、妹を説得する機会を作りたいのだと思う。傷付けてしまう事を恐れ結果的に見捨ててしまった妹を取り戻したくて。
「俺は――
「分かってる。任せて。私はきっと勝つから。勝って、洋を助けてみせるから」
「……すまない。本当に」




