幕間夜話/裏寂れた町と草臥れた三十路過ぎ。またはイーハトーヴとノスタルヂア。
下駄も阿弥陀も同じ木のきれ(古今夷曲集)
剣先スコップは確かに便利だが、雪掻きにはイマイチだ。固くなった雪や氷を割る分には良いのだけれど(サルトル)
夜も更け、テーブルの上には食べ掛けのツマミと、三つの空き缶。半分ほど残ったまま気の抜けた発泡酒が一つ。
腹も満たされ、酔いは回り、時計も回る。
「……ハイ!という訳で、本日は巷で大人気のカリスマバンド!!均衡ブリウムのベーシスト!掘来サンドラちゃんと、そのお兄ちゃん……」
「……って、戦斧か!!」
テレビからは、むさ苦しくも憎めないキャラクターで局地的人気のお笑い芸人、森コルピとザクセン灰出のユルい掛け合い。
疲れるのは日中だけで良い。深夜はダラダラとした空気が丁度良い。
番組が始まる前か、それとも後か。
うつらうつらと夢うつつ。それでも最後の力を振り絞り、片手に握ったサンゴー缶をテーブルの上に。
これで安心と気が抜けたのだろう、意識を手放す。
「……サンドラちゃんの小さい頃は……」
「……って、ウィドゥキントか!!」
テレビでは今もユルい掛け合いが続いている。
ゴーストタウン。
主が離れて赤錆に塗れたシャッター。
取り外される事無く色褪せた看板。
打ち付けられた木板、割れた窓。
草が伸びるに任せた舗装道路。
枯れ木も山の賑い、騒ぐのは追憶の亡霊か。
学校帰りに友達と飛び跳ねては笑った道路。
お喋りに夢中な祖母の横で退屈だった洋服店。
お祝い事や親戚が来ては必ず出前を取ったお寿司屋。
どことなく無愛想な主人が子供心に恐くて、けれど帰り際には必ずお菓子をくれた理髪店。
「一個だけだぞ」と言いながら結局は沢山買ってしまい二人揃って母に怒られた、祖父と行ったおもちゃ屋。
お使いに行くと調子良く迎えてくれて、偶にオマケもしてくれた気さくな夫婦の精肉店。
借家でそんなに新しくも綺麗でもなかったけれど、隠れんぼや鬼ごっこ、その日の出来事を笑顔で聞いてくれた祖父や祖母。
母の作っくれたご馳走を前に、父の帰りを今か今かと待っていた夜。悪戯をして怒られもしたけれど、家族皆が居て楽しかった我が家。
小学校高学年に上がる頃、父親の転勤が急遽決まった。
住み慣れたこの土地を離れるかどうかで大人達はかなり迷ったらしいが、結局は離れる事を選んだ。
町を離れる最後の日、泣きながら見た町の姿。
乗り込んだ車の後部座席から見た町は、何故だか小さく見えた。
大きかった筈の道も、沢山のお店が並ぶ商店街も、もう通う事の出来無い学校も、秘密基地を作ったあの山も。
とても小さく見えた。
ゴーストタウンを照らす微かな灯火。
疲れ果てた老人の目に似た街灯は何を映すのか。
通い慣れた道を歩むに連れて徐々に姿を見せる建物の影。
歩みを早め、商店街を抜けた先。
広い駐車場、真新しい壁、彩り鮮やかなネオンは店名を誇るかのように燦然と輝いている。
巨大ショッピングモール。
後ろを振り返ると先程までのゴーストタウンは更地となり、駐車場の一部となっていた。
再び視界を前に戻すと、そこには大小様々な瓦礫が無数に積み重なっており、積み上げられた瓦礫の山向こうには威容を増した巨大ショッピングモール。
更に質量を増した瓦礫の山は、周囲全てを埋め尽くし、やがて私すらをも呑み込んで行く。
瓦礫に埋まり視界を奪われ行く最中、目にした小さな残骸。 木片と鉄屑の隙間、 小さなおもちゃ。
祖父に買ってもらって、何時の間にか失くしていた、小さなおもちゃ。
必死で手を伸ばそうとしても、瓦礫に身動きを阻まれ、届かない。
あともう少し、もう少しで届くのに。
「……ハイ!!という訳でね!!『酒屋で爆闘ナンジャラホイ』も、お時間となりました!!どうでした?サンドラちゃんとお兄ちゃん……」
「そりゃ、イルミンズールも伐られるわ!!」
「もうこんな時間か」
時計に目をやり、気怠い体を起こす。
テーブルの上には食べ残しの皿と空き缶、確かに置いた筈が中身をぶちまけているサンゴー缶。
テレビの声だけが響く狭い部屋の中、一人黙々と片付ける。
明日というより今日、電話でも、してみよう。