個と集団とスキル持ち。または巧遅は拙速に如かず、漁夫の利を得る。
心、焉に在らざれば視れども見えず。(大学)
これもやらなきゃ、あれもやらなきゃ、何から手を着けて良いか解らない事って、実はどこから始めても良いんだよね。先ずは動く事。汚ない部屋の掃除と一緒でさ。(ボードレール)
日出づる四季移ろう国では、薄紅色の国花が本格的な春の到来を告げる。
桜の名所と呼ばれる各地では大型連休も重なり、場所取りの熾烈な争いが繰り広げられていた。
友愛──以前のとある総理大臣がその言葉を言えば胡散臭さとその陰にあるものを勘繰ってしまうが──の象徴である花を愛で慈しむ行事の筈が、友愛とは対極の悪鬼羅刹が跋扈する修羅場と化してしまう。
「もっと桜の近く」「もっと綺麗に見える所」「アイツら、広く取りやがって」「トイレの隣は嫌だ」
人が人である以上、差別も闘争も無くなる事はないのだろう。優越感、欲求、叶わぬ事への苛立ち。
その根底には喜怒哀楽があり、無くなっても逆に特化し過ぎてしまっても、それは人の形をした何かだ。
人が人として生きる限り、煩悩は決して消えはしない。
だからこそ、般若の智慧は煩悩の波を乗りこなす事の大切さを文明が発達した今に至っても尚、語り掛けている。
人が人を気遣い敬う。
感情に振り回されないように道徳や礼儀を学び接する事で、漸く物事が円滑に運ぶ。
マナーとは人間関係の潤滑油であり、双方向で社会性の有無を把握出来る判断材料ともなる。
だが、人が集まり規模が広がるに連れて、集団は個の内に打たれた理性の楔を容易に抜き去ってしまう。
集団心理は責任の所在を分散させ、更に扇動者による指向性が加わると、清貧と信仰に生きる敬虔な信仰者さえも暴虐と熱狂に駆られた狂信者へと豹変し、嬉々として火刑台に無辜の贄を架ける。
次々と在りもしない容疑を掛けられ、火刑台に架けられる無実の民。理不尽な数の暴力に命を散らさせた彼、彼女達の胸中には一体どれ程の苦痛が怨嗟が憎悪が渦巻いていたのだろう。
人の道と神の愛を語っていた筈の暴虐の徒は、彼の為に涙を流す事も、生きたままで焦がされる彼女の苦悶に思いを馳せる事もせず、神の名の下に次々と憐れな子羊を地獄の業火へと捧げていた。
集団は個を呑み込み、抑圧された無意識下の狂気をいとも容易く暴発させる。
そんな修羅道に堕ちた衆道の波が、この小さな街の子供達や初老の方々、若奥様達が憩う公園にも訪れようとしていた。
街の主要道路から離れた小さな公園では、毎年この時期になると、見事な花を咲かせ、舞い落ちる花弁で辺り一面が敷き詰められる。
地域住民にとっては恒例の風物詩。
見事な咲き映えではあるも、余所との知名度は比べるまでも無く、場所取りのいがみ合いなども起きぬまま住民達はそれぞれ思い思いの場所で四季移ろう国の彩りを楽しんでいた。
だが、そこにお節介な、言葉を変えれば空気の読めない輩が大型連休を前に浮足立つ者達に「秘境の穴場」として、訳知り顔に「ここだけの話」と口伝え、それは人から人へと赤兎より速く各地に行き渡る。
口は災いの元。
この街はそれを許さなかったのだろうか。
何処からともなく現れた天災の権化に自称情報通は存在を抹消されたが、彼の者によって広められた言葉まで消す事は叶わなかった。
その言葉は風に乗って、地を這う蜥蜴よりも宙を舞う蝶の群れよりも、郵便配達の遥か上空を飛ぶカモメより速く、紫の煙を撒き散らしながら猛進する改造バギー集団を呼び寄せた。
公園の側道に等間隔で横付けされた車体の群れからヤツラが降り立つ。
引き締まった筋肉を覆う、黒く輝く戦備え。それぞれの手には斧、ボウガン、ショットガン。
そして、何よりも彼等を特徴付けるのはその顔面に施された迷彩色ともまた異なった赤と黒の戦化粧。
「ヒャッハー!!桜は満開だ!!」
「どけガキ!!それにジジィとババァと若奥様共!!ここは今からオレ達『鳥刺一族』が占領する!!」
「そこのアンタ、戦えないなら酒を出しな!その肉もだ!!」
「コイツに酒を飲ませたいんですが、構いませんねッ!!」
血で血を洗い飽くなき闘争に明け暮れる、まさに修羅道の体現者。厳つい外見とは裏腹に聴く者を魅了する、時に激しく、そして、優しく憂いを含んだ、澄み渡る声。
発せられる言葉は心の奥底に流れる阿頼耶識が水底より遙か深奥、万物流転の根源に眠る情動を揺り動かし、妥協と諦めを迫られ、時には人としての自尊心すらも踏み躙られようとしている者達に、人が人として生きる為の戦いへの渇望を呼び覚ます。
誰がその言葉に抗えようか。
たった一言、全てを支配。
誰がヤツラに挑めるものか。
小さな公園、占領された。
誰が逃れる事が出来ようか。
その一言は数から群れに。
誰がヤツラを止められようか。
顔は恐いが、声は良い。
君臨、蹂躙、暴君、その名は。
ヤツラは一体何者か。
今日も今日とて配送帰り、桜に見惚れた電気屋がハンドル握って此方に叫ぶ。
「スキル持ちだ!!」
鳥刺一族。
その魁偉な風貌、澄み渡る叙情的な、それでいて野生的な相反する反則的な声質を兼ね備え、人々を魅了し翻弄する。
スキル/救済鋼鉄弥勒菩薩(強く無ければ生きて行けない。優しくなければ生きる資格がない)
一度スキルが発動すれば、誰もヤツラの言霊から逃れる事は出来ない。
子供に初老に若奥様。
花粉症のサラリーマンに配送帰りの電気屋主人。
誰がヤツラを止められようか。
誰がヤツラを止めようか。
ヤツラの前に道は無く。
ヤツラの群れは殺せない。
ヤツラの群れは此処に在り。
誰もがヤツラは止められないと諦めたその時に、ヤツは現れる。
ヤツラを止めるのは、ヤツしか居ない。
遥か道の先から現れる轟音爆走、鉄の巨獣。
公園の横を充血した目で直走るコンビニ帰りのサラリーマンが、マスクをずらして此方に叫ぶ。
「転生トラックだ!!」
何もかもを薙ぎ倒し、立ちはだかる者全てを吹き飛ばす天災の化身。
アスファルトを抉るゴム製の爪は柔と剛を兼ね備え、僅かに欠ける事すら許さない。
大地に轟くエキゾーストノートはまるで黄昏を告げるギャッラルホルンの如く。
公園が近付くに連れて、暴風と轟音を纏う巨獣は回転数を上げ、咆哮と共に勢いを増す。
そのフォルムは獲物に襲い掛かる猛禽類。
かつては哀しみの象徴として、今となっては街の意思の執行者にして、天災の権化。
質量を伴った暴風雨、転生トラック。
それを迎え討つは、恐るべきスキルを持つ鳥刺一族。
最強VS最凶。
そのまま公園の側道を走り抜ける転生トラック。
取り残される鳥刺一族、子供と初老の面々と若奥様達。
全ての視線が転生トラックに釘付けとなった隙を見計らい、音も無く地面から迫り上がる巨大な建築物。
鉄の巨獣が華麗なスルーを決めた後、我に返った鳥刺一族が嬉々として叫ぶ。
「冒険者ギルドだ!!」
侵略と略奪の象徴も今は昔。
以前に街の意思に呑み込まれてからは、 神出鬼没にして新進気鋭の活躍ぶりが評価され『頑張る街の掃除人ランキング』において、転生トラックと熾烈な上位争いを繰り広げながら、掃除の王様こと電信柱が持つキングの座を脅かす期待の急成長株として有望視されている。
冒険者ギルドが現れると、まるで吸い込まれるように、また一人また一人と扉を潜るスキル持ち鳥刺一族。
一族全員が入って程なく、時を巻き戻したかのように音無く地面に沈み消え行く冒険者ギルド。
時僅かに遅れて、轟音を轟かせ再び姿を現した転生トラックだったが、冒険者ギルドにお株と獲物を奪われた今、勢いはそのままに道の果てへと姿を消して行った。
消える途中の蛇行運転は自責か他責か。
何事も無かったかのように花見を再開させる住民達。
こうして、彼らの土地は守られた。
だが、一度広まった言葉は例え薄れても、消す事は出来ない。
第二、第三の招かれざる客が訪れた、その時に。
小さな街の意思は果たして彼らを守り切る事が出来るのだろうか。
転生トラックと冒険者ギルド。
勝負の決め手は親和性の高さ。
スキル持ちと冒険者ギルド、スキル持ちと転生トラック。
インパクトで言えば後者だが、余りにもオーソドックスではあるものの定番の安定感は確実に前者であり、それ故に転生トラックは仕切り直しの道を選んだのであろう。
だが、此度のポイント争いは転生トラックが見せた隙と、帰巣本能とも言うべきスキル持ちの特性を突いた冒険者ギルドに軍配が上がった。
光と影。動と静。陰と陽。
相反する性質が互いに通じ表裏一体となる事で天地は開闢する。
安寧と闘争。
一見相反する根源にあるものは──




