20年前、俺はここに来ていた
――『君はずっと、ここに来るはずだった』
その声が響いた瞬間。
直人の目の前から、音が消えた。
「……?」
美月が何か叫んでいる。
しかし、その声は聞こえない。
世界そのものが、薄い膜に覆われたようだった。
直人は周囲を見回す。
巨大な構造体。
無数の光。
そして、中央に浮かぶ人影。
それは人間の形をしていた。
だが、顔がない。
『佐伯直人』
また声が響く。
『ようやく、ここまで来た』
「……俺のこと、知ってるんですか?」
『知っている』
「誰なんです?」
人影は答えない。
代わりに、直人の視界へ奇妙な文字が浮かんだ。
【記憶領域へのアクセスを開始】
「……記憶?」
その瞬間だった。
――頭の奥で、何かが弾けた。
⸻
■20年前
雨が降っている。
直人は走っていた。
まだ二十歳。
今よりずっと若い。
「こっちだ!」
誰かが叫んでいる。
周囲には崩れた建物。
逃げ惑う人々。
そして――
空に浮かぶ巨大な黒い亀裂。
「なんだよ……これ」
当時の直人は、ただの大学生だった。
ダンジョンなんてものは存在しなかった。
モンスターも。
魔法も。
探索者も。
それなのに。
その日、世界が変わった。
突然現れた巨大な亀裂から、黒い霧が街へ流れ込んだ。
人々は逃げた。
警察も、自衛隊も、何が起きているのか分からなかった。
直人も逃げていた。
そのとき。
「助けて!」
少女の声がした。
振り返る。
瓦礫の下に、小さな少女がいた。
白い髪。
赤い瞳。
見たこともない少女。
「待ってろ!」
直人は瓦礫を持ち上げようとした。
重い。
動かない。
「くそっ……!」
両手で力いっぱい持ち上げる。
――ズズズッ。
瓦礫が動いた。
「え……?」
当時の直人自身が驚いている。
自分でも信じられない力だった。
少女を引き出す。
「大丈夫か?」
少女は直人を見上げた。
そして――
笑った。
「ありがとう」
「君、名前は?」
「……天音」
「天音?」
「うん」
その瞬間。
巨大なモンスターが二人の前に現れた。
「逃げろ!」
直人は少女の手を握った。
しかし。
逃げる方向に、もう一体。
完全に囲まれていた。
直人は震えながら少女の前に立った。
「……俺が守る」
勝てるはずがない。
武器もない。
力もない。
ただの大学生。
それでも。
直人は一歩も退かなかった。
そして――
世界が白くなった。
⸻
■現在
「――っ!」
直人が息を呑んだ。
目の前に広がっていたのは、さっきと同じダンジョン。
「佐伯さん!」
美月が駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか!?」
「……今の」
直人は額を押さえた。
「何か思い出しました」
「何を?」
「二十年前のことです」
美月の表情が変わった。
「二十年前……?」
直人はゆっくり頷く。
「女の子がいました」
「女の子?」
「白い髪の……天音っていう子です」
美月の顔から血の気が引いた。
「……天音?」
「知ってるんですか?」
「いいえ」
美月は首を横に振る。
「でも……」
彼女は言葉を失った。
その名前。
父親の古い資料に、一度だけ記録されていた。
⸻
■配信コメント
二人が知らない場所で。
配信はまだ続いていた。
視聴者数。
12万人。
コメント欄は異常な速度で流れている。
『今何が起きた?』
『画面止まってたぞ』
『佐伯さん何か言ってる?』
『音声が途切れてる』
『美月ちゃん顔色悪くない?』
しかし。
視聴者の誰も気づいていなかった。
配信画面の端。
ほんの一瞬だけ。
「天音」
という文字が映っていたことを。
⸻
■協会本部
「録画を止めろ!」
探索者協会本部。
技術スタッフが叫ぶ。
「無理です!」
「何?」
「配信システムがこちらの操作を受け付けません!」
「どういうことだ!」
モニターには直人と美月。
そして。
画面の奥に浮かぶ巨大な構造体。
技術スタッフの一人が呟く。
「……こんな設備、ダンジョンのどの資料にもありません」
協会長が眉をひそめた。
「つまり?」
「我々は今まで……」
スタッフは震える手で画面を指した。
「ダンジョンの表面しか見ていなかったんです」
⸻
■謎の少女
最深部。
直人の前にある人影。
その姿が少しずつ変化していく。
輪郭。
髪。
顔。
やがて。
一人の少女の姿になった。
白い髪。
赤い瞳。
「……」
直人は息を止めた。
「天音……?」
少女は微笑んだ。
「うん」
美月が剣を構える。
「あなたは何者?」
天音は美月を見る。
「神崎美月」
「……!」
「お父さんに、よく似てるね」
美月の目が見開かれた。
「父を知ってるの!?」
「知ってるよ」
「父はどこ!?」
天音は静かに答えた。
「この先にいる」
美月の手が震えた。
「……生きてるの?」
「うん」
「本当に?」
「うん」
美月は涙を浮かべながら、一歩前へ出る。
「案内して」
天音は直人を見る。
「その前に」
「俺?」
「うん」
天音が直人へ近づく。
そして、直人の胸にそっと手を当てた。
「確認しなきゃいけないことがあるの」
「何を?」
天音が微笑む。
「あなたの中にある――」
一瞬。
天音の表情から笑顔が消えた。
「20年前に封印したもの」
「……え?」
直人の身体が突然、熱くなる。
心臓が激しく脈打つ。
――ドクン。
――ドクン。
ステータス画面が強制的に開く。
【警告】
【封印領域への干渉を検知】
【第一封印――解除】
直人は目を見開いた。
「封印……?」
天音が静かに呟く。
「ごめんね」
「何が?」
「本当は、もっと後で思い出してもらう予定だった」
そして。
ダンジョン全体が揺れ始める。
ゴゴゴゴゴゴ――。
美月が叫ぶ。
「何が起きてるの!?」
天音は答えた。
「彼が目を覚ましたから」
「彼?」
天音が直人を見る。
「ううん」
少しだけ笑って。
「あなた自身が。」
⸻
■ラスト
直人の視界に、新しい文字が浮かぶ。
【固有能力】
【未登録】
【名称――】
そこで表示が途切れた。
直人は拳を握る。
「……俺は、一体何なんだ?」
天音は答えなかった。
ただ、遠くを見つめている。
そして。
ダンジョンの最深部のさらに奥。
何かが目を開けた。
『――対象、覚醒』
『――計画を変更する』
『――人類への接触を開始せよ』
世界中のダンジョンで。
同時に。
モンスターが空を見上げた。
そして全てのダンジョンに、
一つの警告が表示された。
【第一段階――終了】
【第二段階――開始】




