世界の外側
――静かだった。
あまりにも静かだった。
崩壊したはずの空は青く。
消滅しかけていたダンジョンは、何事もなかったように存在している。
瓦礫もない。
亀裂もない。
ただ――
直人だけが、そこに立っていた。
「……終わった?」
美月が恐る恐る呟く。
恒一は剣を下ろさない。
「分からない」
「管理者は?」
「……消えた」
天音だけが、直人を見つめていた。
直人は自分の拳を見る。
「特に変わった感じはしないですけど」
美月が呆れたように言う。
「世界を殴っておいて、それですか……」
「はい」
直人は笑った。
「普通に拳が痛いです」
その瞬間。
――ピシッ。
空に、小さな亀裂が入った。
「……?」
全員が空を見る。
亀裂はゆっくりと広がっていく。
だが――
そこから何かが落ちてくるわけではない。
むしろ逆だった。
空の向こう側が、
“見えていた”。
⸻
■世界の外側
天音の顔から血の気が引く。
「……嘘」
「天音?」
「見ないほうがいい」
直人が空を見上げる。
「何があるんです?」
「世界の外側」
「外側?」
恒一が目を細める。
亀裂の向こう。
そこには無数の世界があった。
青い世界。
赤い世界。
完全に暗闇に包まれた世界。
そして――
直人たちと同じ世界。
無数。
無限。
まるで巨大な棚に並べられた模型のように、世界が存在している。
「……世界が、一つじゃない」
美月が震える。
天音は答えた。
「違う」
「え?」
「世界が一つじゃないんじゃない」
天音は直人を見る。
「世界は……全部、誰かに管理されてる」
⸻
■新しい声
そのとき。
世界中に声が響いた。
『第零管理層の消失を確認』
『管理者個体、消滅』
『対象・佐伯直人による世界改変を確認』
直人が首をかしげる。
「また始まりましたね」
恒一が叫ぶ。
「警戒しろ!」
声が続く。
『第一管理層へ移行』
『試験を継続する』
美月が叫ぶ。
「まだ終わってないの!?」
『否』
『第一試験は終了した』
『第二試験を開始する』
直人の表情が変わる。
「第二試験?」
『対象を設定』
空に文字が浮かぶ。
――TARGET:002
そして。
『対象名――』
一瞬、世界が静止した。
『黒瀬蓮』
⸻
■新たな試験対象
「……誰?」
美月が呟く。
直人も首をかしげる。
「知らない名前ですね」
天音は黙っている。
「天音?」
「……知ってる」
直人が振り返る。
「誰です?」
天音は答えない。
代わりに――
空から一人の男が落ちてきた。
――ドンッ!
地面が砕ける。
「うわっ!」
美月が後退する。
土煙の中。
一人の青年が立ち上がる。
黒い髪。
無表情。
右目だけが赤く光っている。
青年は周囲を見回す。
「……ここが次の世界か」
直人と目が合う。
「……」
「……」
二人はしばらく見つめ合った。
青年が口を開く。
「お前が佐伯直人か」
「そうですけど」
「そうか」
青年は静かに笑った。
「なら、間違いない」
「何が?」
「俺は、お前を殺すために選ばれた」
⸻
■敵なのか
恒一が即座に剣を構える。
「直人から離れろ!」
青年は恒一を見る。
「……補助データ」
恒一の表情が固まる。
「何だと?」
青年は興味なさそうに視線を戻す。
「お前たちは、俺の対象じゃない」
美月が怒る。
「人を勝手にデータ扱いしないで!」
「そういう意味じゃない」
「じゃあどういう意味よ!」
青年は答えた。
「俺も同じだからだ」
直人が目を細める。
「……同じ?」
「そうだ」
青年の右目が赤く輝く。
「俺も世界に選ばれた」
「何のために?」
「壊すために」
⸻
■第二の異常
直人の表情から笑みが消える。
「世界を?」
「違う」
青年は右手を握る。
すると――
空間そのものが黒く染まった。
「世界を壊す存在を」
直人を見る。
「消すためだ」
直人は拳を握る。
「俺を?」
「ああ」
「なんで?」
「お前が世界を書き換えたからだ」
青年は一歩踏み出す。
「そして俺は――」
右目の赤い光が強くなる。
「お前を止めるために作られた」
⸻
■天音の記憶
天音が震える。
「……蓮」
青年が天音を見る。
「久しぶりだな、天音」
直人が驚く。
「知り合い?」
「……うん」
天音は苦しそうに答える。
「私が昔、一緒に戦っていた人」
美月が目を見開く。
「昔?」
天音は俯く。
「でも……」
「でも?」
「彼は、一度死んだ」
直人が青年を見る。
「死んだ?」
「うん」
天音の声が震える。
「私の目の前で」
蓮は淡々と言った。
「正確には違う」
「……え?」
「俺は死んだんじゃない」
自分の胸に手を当てる。
「回収されたんだ」
⸻
■回収
蓮の身体に黒い紋様が浮かぶ。
『対象:黒瀬蓮』
『旧世界における死亡記録――確認』
『現在状態:再構築個体』
美月が息を呑む。
「再構築……」
恒一が呟く。
「管理者が蘇らせたのか?」
「違う」
蓮が答える。
「俺を蘇らせたのは、管理者じゃない」
空を見る。
「その上だ」
直人が聞く。
「その上?」
蓮は初めて険しい表情を見せた。
「管理者にも命令を出している存在がいる」
「……」
「俺たちが今まで戦っていた管理者は」
蓮が言う。
「ただの端末だ」
⸻
■上位世界
空の亀裂が再び広がる。
今度は――
世界の向こう側から、
“巨大な目”がこちらを見た。
「……っ!」
美月が後ずさる。
恒一が剣を構える。
天音は動けない。
直人だけが、その目を見つめていた。
『――対象、佐伯直人』
声が響く。
『世界改変を確認』
『想定外進化を確認』
『第一管理者、敗北』
『第二対象、投入』
直人が笑う。
「……なるほど」
拳を握る。
「まだ上がいるんですね」
蓮が言う。
「そうだ」
「じゃあ」
直人は空を見上げる。
「そこまで行けばいい」
蓮が目を細める。
「簡単に言うな」
「難しいんですか?」
「……死ぬぞ」
直人は少し考える。
「前も死にそうになりましたよ」
「そういう話じゃない」
「じゃあ?」
蓮は答えた。
「今度は世界そのものがお前を殺しにくる」
直人は――
笑った。
「だったら」
拳を前に出す。
「また殴ればいいじゃないですか」
⸻
■新章開始
その瞬間。
世界中に警告が走った。
【第一世界・異常発生】
【管理システム:破損】
【世界改変者:佐伯直人】
【対抗個体:黒瀬蓮】
【第二試験――開始】
そして。
世界の外側に存在する無数の世界が、
一斉に動き始めた。
直人たちはまだ知らない。
自分たちが今までいた世界は――
無数に存在する「試験場」の一つに過ぎなかったことを。
そして。
その試験を始めた存在が、
すでに直人たちを見ていることを。
⸻
■最後の一文
遥か彼方。
世界の外側。
巨大な玉座に座る“何か”が、静かに目を開く。
『――面白い』
『世界を殴って書き換える個体か』
そして。
『ならば次は――』
『世界ではなく』
『“運命”を相手にさせよう』




