5 無我夢中
周りから見ればたかが『7秒』。
だが、神代の体感時間は『150年』という大台を超えたことにより、いつ精神が崩壊してもおかしくないところまで来ていた。
ところが、自分もループ対象なため、身体の方は最初から何も変わっていない。だが、その身体と精神との差異が逆に神代を苦しめている。「体は元気なのに動く気力がない」と言えば伝わるだろう。しかし、神代の精神状態はこんなものではない。
壊しては戻る時計を眺め、そのたびに絶望する。
それを何度も何度も繰り返すことは拷問に近いものを感じさせる。
「........。」
限界の精神では喋ることに対するやる気が湧かず、150年の内の約90年は無音の中を過ごしていた。このことは少なくとも気力温存の良い効果を神代にもたらしていた。だが、その効果も使い物にならないところまで神代は来てしまっている。
(......もう、目的がわからなくなってきた...一体俺って何してたんだっけ...?)
全意識が揺らぎ、崩れそうになるとき、
その瞬間はついに訪れるーー。
「.....!?...と、時計、とけ、時計がッ!時計が止まったッ!!」
ループした直後、神代が時計を見ると確実に針が止まっているのがわかった。
針が止まったということは、すなわち時計の内部に異常があるということになる。ループしたものは元の位置に戻る、本当ならループした後は時計が動いていなきゃおかしいのだ。
それでも、動かない。ということはーー。
「ど、どこだ!?どこかに部品が落ちてるはずだ!!」
ループの力から逃れた部品があるということになる。
神代は素早くかつ、慎重に周りを見渡す。目は大きく見開き、少しの変化も見逃さまいと地面を這うように観察する。
そして、彼は見つける。
繰り返しという概念から逃れた特殊物質をーー。
「.....み、見つけた...。」
神代の目と鼻の先、夜勤明けのサラリーマンのカバンのポケットにゼンマイが入り込んでいるのが見えた。
それは7秒経っても消える気配がなく、ずっとそこに居続けている。まさにループの輪から外れて独立している存在、これがこの空間から脱出する鍵になるかもしれない。
そうなると話は早くなってくる。
「ちょっ、ちょっとお兄さん!」
「........何?」
「少し失礼します!」
「えっ、まっ....!」
サラリーマンが神代を止めようと手を伸ばす、だが神代はそれよりも早くカバンのポケットに手を突っ込んでいた。手を入れると中にはゼンマイとーー。
「な、なんだこれ......?」
不思議な感触がして勢いよく手を引き戻すと、床にはゼンマイが転げ落ちる。神代はゼンマイを不自然そうに眺め、自分の手の中へと視線を戻す。ゆっくりと開かれた手のひらの中には白色の錠剤が存在していた。
「あっ.............あった.....。」
本当に目当てのものか分からないが、もしこの錠剤が本物なら、あの男やメディシンに言われたことが本当なら.....神代はあの空間から脱出しており、能力を手にすることができるかもしれないということ。
神代が反射的に周りを見ると、ずっと止まっていたかのように感じられた時間が動き出していた。あのサラリーマンはスマホを耳に当てながら走り去っていく、女子高校生たちの会話が始まり、コロッケ屋の商品が売れていく。当たり前のような景色だが、神城から見たらとても感動的に見えてしまう。
「脱出おめでとう、『ゲストワン』!!」
「........ざっと58年ぶりに聞いたな....その声...。」
神代が重たい首を上げると、そこにはメディシンが浮かんでいた。メディシンは神代の手のひらに握られている錠剤を眺め、目の前で頷く。
「うん、本物だよ。」
「ほ、ほんとか?」
「な、なんだよ?俺が本物って言ってんだから本物だよ。」
神代の体が思わず震える。それは喜びや達成感に満ちていた。今から手のひらの上にある物を飲めば、神代は能力を手に入れられる。
「がっ....はぁ、はっ......!!」
神代は珍しく後先考えずに錠剤を飲み込む。これで周りから馬鹿にされずに生きられる......そう思っていた矢先だった。
突如、全身を走り抜ける激痛に神代は思わず倒れ込む。心臓が誰かに掴まれるように、腹が誰かに引きちぎられるように、そんな痛みが毎秒ごとに押し寄せてくる。通行人も心配そうに見つめる中、神代は終始のたうち回る。
痛い
痛い
痛い
痛いッ!!
痛いという情報だけが脳を埋め尽くす。
だが、その痛みも数秒すれば何事もなかったかのように引いていく。まるで波が引き戻るような感じがした。
「だ、大丈夫か?」
「......ま、ま"ぁな.....だ、大丈夫だ。.....で、ちょっといいか?聞きたいことがある。」
「その状態でか?まぁ、良いけど.....なんだ?」
「お、俺はどうやって脱出したことになってるんだ?」
「あっ?えっと.....バックの中の錠剤に触れたからだな。錠剤自体はこの空間主だからループ対象になっていない、それに触れたから空間にバグが生じたんだろう。この説明で満足か?」
「あぁ、分かったわ。」
やはり、神代の考え方は正しかったらしい。
どんなことでも何回も繰り返せば不具合が生じてしまう。最終的には誰でもできる神頼みという方法だったが、それが功を奏して上手くいった。
(やっぱり、たまには神様に祈るべきだな。)
痛みが完全に消えた神代はゆっくりと立ち上がる。そしてメディシンに背を向けると歩き出す。歩く先は帰りの電車のホーム。
「帰るのか?」
「ああ、疲れたから一回帰る....またな。」
「またな?.....!....ははっ、お前気づいたのか?」
「まぁ、なんとなくだが.....痛みと共に分かったよ。」
「なるほどなぁ....痛みによって脳にぶち込まれた感じか....?まぁ、なんにせよ....また会おう、『ゲストワン』....いや、神代透。」
それを最後に東京駅でのメディシンとの会話が終了した。
そして、神代の闘いが始まった。
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