第八章 リメインズ3
ヘイズが王都へ歩き出した瞬間、
ルミナはサンの腕を掴んだ。
「ここは……私に任せて。
あいつを追って」
サンは驚いたように振り返る。
「でも──」
ルミナは黒いルビーを見つめたまま、
静かに言った。
「ルビーの姿じゃ……あなた達、本気を出せないでしょ?」
その声は震えていなかった。
覚悟だけがあった。
「だから、あなた達は行って。
私は……ルビーに返さなきゃいけない恩がたくさんある。
弟子としてね」
サンはルミナの横顔を見つめ、
ほんの少しだけ笑った。
「……たのむ」
そしてヘイズを追って駆け出す。
アリスも涙を拭いながら叫んだ。
「ルミナ……ルビーをお願い!」
二人の背中が遠ざかる。
残されたのは、
ルミナと──黒いルビー。
ルビーはつまらなそうに肩をすくめた。
「終わったの?
……じゃあ、続きしましょうか」
ルミナは世界樹の杖を構え、
静かに息を吸った。
「……お待たせ。
さあ、やりましょう」
ルビーはニヤリと笑い、
指を鳴らした。
「踊りなさい」
無数の炎の矢が、
空を覆うようにルミナへ降り注ぐ。
ルミナは寸前で身を翻し、
地面を滑るように避ける。
だが──
ルビーの弾幕は途切れない。
集中する暇すら与えられない。
仕方なく初級魔法を放つが、
ルビーは指先で軽く弾いた。
「つまらないわね」
その声には、
かつての優しさの欠片もなかった。
ルビーはふと何かを思いついたように笑う。
「いいこと思いついた」
そして、
両手を広げ、棒立ちになった。
「さあ、撃ちなさい。
あなたの“力”とやらを見せて?」
ルミナは杖に魔力を込める。
だが──撃てない。
胸が締め付けられる。
目の前の“ルビーの姿”が、心を縛る。
「ほらほら、どうしたの?」
ルビーは楽しそうに笑う。
ルミナは目を逸らした瞬間、
魔力が霧散した。
「……打てない……」
膝が崩れ、地面に手をつく。
ルビーは深いため息をついた。
「はぁ……こうやるのよ」
次の瞬間──
炎の矢がルミナの右腿に突き刺さった。
「っ……!」
痛みが全身を走る。
「次はここ」
左肩に、
容赦なく炎の矢が突き刺さる。
ルビーは楽しそうに笑った。
その笑顔が、
ルミナの心をさらに抉る。
「もう……やめて……
その顔で……その姿で……
その声で話さないでよ……
ルビーを返して……」
弱々しい声が、風に消えた。
ルビーは冷たく言い放つ。
「もういいわ。
死になさい」
炎の槍が生まれ、
ルミナへ向けて放たれた。
ルミナは思わず目を閉じる。
──だが。
槍はルミナのすぐ横に突き刺さった。
ルビーは目を見開いた。
「……なんで?」
次の瞬間、
無数の炎の矢がルミナへ向けて放たれる。
だが──
すべてがルミナを避け、地面に突き刺さった。
「なんでなのよ!!」
ルビーが叫んだ瞬間、
彼女の身体がびくりと震えた。
「なんで……
なんで……お前は……死んだはずだろ……!」
頭を抱え、
苦しむように叫ぶ。
「やめろ……やめろ……やめろ……!」
しばらく動かなくなり──
やがて、
ゆっくりと立ち上がった。
無表情でルミナを見つめる。
唇が、かすかに震えた。
「……」
声は聞こえなかった。
だが──
ルミナには確かに聞こえた気がした。
“生きなさい”
次の瞬間、
黒い靄が晴れるように、
ルビーの姿は消えた。
ルミナはその場に崩れ落ち、
意識を失った。
そして──
倒れ込んだルミナの横で、
世界樹の杖がかすかに震えていた。




