第七章 コントラスト 6
街へ戻る頃には、空はすっかり夕焼けに染まっていた。
赤い光が石畳を照らし、影が長く伸びる。
その静けさが、今日の出来事を逆に重く思い出させた。
サンはルミナの歩調に合わせながら、そっと声をかけた。
「ルミナ……行くところがないなら、うちの宿に来ないか」
ルミナは立ち止まり、ゆっくりと首を横に振った。
「大丈夫。宿くらい……なんとかなるわよ。
それに、ちょっと用事があるから……サンたちは先に戻って」
目を逸らし、声はかすれていた。
「今日は……ありがとう」
そう言うと、逃げるように早足で歩き出す。
サンはその背中を見つめ、眉を寄せた。
(この街に来たばかりのルミナに……行く場所なんてあるわけない)
気づいた瞬間、サンは彼女の手を掴んだ。
「行くぞ。宿だ」
ルミナは振り返り、震える声で言った。
「……私はダークエルフなんだよ。
忌み嫌われてる存在。
あなた達まで変な目で見られる……
それに……あなた達も、いつか私を嫌いになる……
それが……怖いの」
その声は弱く、地面に落ちていくようだった。
サンはため息をつき、彼女の腕を軽く引いた。
「そんな迷信、信じる方がおかしいんだよ。
ほら、行くぞ」
その背中は、不器用なのに妙に頼もしかった。
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翌朝――
パンの香りとスープの湯気が漂うロビー。
サンとアリスが朝食を囲んでいると、階段の上から気配がした。
ルミナが、そっと姿を見せた。
髪を整え、控えめに「おはよう」と呟く。
その瞬間、周囲の視線が突き刺さった。
冷たく、嫌悪を含んだ目。
ルミナは思わず下を向く。
サンとアリスは顔を見合わせ、
料理を乱暴にお盆へ乗せると、ルミナの肩を押した。
「部屋で食べるぞ」
三人はサンの部屋へ入った。
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サンはパンをかじりながら、軽く顎をしゃくった。
「で、決まったか?」
ルミナは一瞬だけ下を向いたが、
すぐに顔を上げた。
その瞳には、昨夜とは違う強さが宿っていた。
「……ルナに聞きに行く。
なんで、あんなことをしたのか」
サンはぽかんとした後、腹を抱えて笑い出した。
「はははっ! そうこなくちゃな!」
笑い終えると、にやりと口角を上げる。
「よし、俺たちも手伝うよ。なぁ、アリス?」
アリスはアイスを頬張りながら、目を細めた。
「もちろん。
ルナにはねぇ……私に肉体労働させた恨みがあるからねぇ〜」
サンは呆れたように眉を下げる。
「まだ根に持ってるのか……」
ルミナは不安げに口を開く。
「でも……私はダークエルフだから……」
「昨日も聞いた」
サンは聞く耳を持たず、きっぱりと言い切った。
その時、ルミナはふと気づく。
――ルビーの姿がない。
「……ねぇ、サン。ルビーは?」
サンの手が止まった。
呼吸が荒くなり、沈黙が落ちる。
そして、絞り出すように言った。
「……こないだ。
俺たちを逃がすために……死んだ」
唇を強く噛みしめ、血が滲む。
拳は震えていた。
ルミナの目に涙が溢れた。
「嘘……だって……まだちゃんとお礼もしてないのに……」
涙が止まらず、視界が滲む。
サンは俯き、震える声で呟いた。
「何が……勇者だよ……
俺は……少し先の未来しか読めない。
それ以外は、そこら辺の冒険者と変わらない……
守れなかった……俺こそ欠陥品だ……」
最後の言葉は、ほとんど呟きだった。
ルミナは涙をすすり、そっとサンの手を握った。
「……私は、守ってもらえたよ」
その言葉は静かで、まっすぐだった。
「だから……私を助けてくれる?」
サンはしばらく黙っていたが、
やがて小さく笑った。
「……任せろ」
その声は弱々しかったが、確かな温度があった。
ルミナもサンも、こらえていた涙が零れた。
アリスがそっと言う。
「ルビーはそんなこと望んでないよ。
……笑おう?」
三人は不器用に笑おうとしたが、
すぐに涙が溢れた。
そして、涙が枯れるまで泣いた。
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しばらくして落ち着くと、
サンはルミナが裂けた皮の鎧を抱えていることに気づいた。
「それ……どうするんだ?」
ルミナは胸に抱きしめながら言った。
「直したいの。
……ルナにもらったものだから。
これしか……ないの」
悲しそうな顔だった。
するとアリスが、そっとローブを差し出した。
「じゃあ、これ。
ルミナにあげる。
ルビーの形見なの。
私じゃ大きすぎるから……」
ルミナは目を潤ませながら微笑んだ。
「……ありがとう」
サンは立ち上がり、手を叩いた。
「よし。
じゃあギルドで鎧を直しに行こう。
その前に……飯、急いで食べろ」
三人は小さく笑い、
冷めかけた朝食を口に運んだ。




