第一章 森での目覚め2
倒れたゴブリンを見下ろしながら、月は肩で息をしていた。
胸の奥がざわつき、心臓が痛いほど脈打っている。
──ここはどこ。
──なんで私はダークエルフの姿なの。
──どうしてゴブリンが現実にいるの。
疑問が次々と浮かび、頭の中が混乱で埋め尽くされていく。
手が震え、呼吸が浅くなる。
そのとき。
ガサッ……ガサガサッ……。
四方の茂みが一斉に揺れ、闇の中に赤い光がいくつも浮かび上がった。
月の背筋が凍りつく。
「……嘘でしょ……」
ゴブリンの群れだった。
十……いや、二十。
さっき倒した一匹とは比べものにならない数。
震える手で、月は砕けかけた斧を構えた。
その動きを合図にしたかのように、ゴブリンたちが一斉に飛びかかってくる。
だが──
遅い。
彼らの動きが妙にスローモーションに見えた。
身体が勝手に反応し、一匹、さらに一匹と斧が肉を裂く。
鉄の匂い。
飛び散る体液。
肩から流れる自分の血。
「くっ……!」
痛みに歯を食いしばりながらも、気づけば十匹以上を倒していた。
──いける。
そう思った瞬間。
バキンッ。
乾いた破裂音とともに、斧の柄が真っ二つに折れた。
「……っ」
月の喉がひゅっと鳴る。
武器を失った彼女を見て、ゴブリンたちは獲物を見つけた獣のようにニタリと笑った。
次の瞬間、数匹が一気に飛びついてきた。
「きゃっ──!」
地面に押し倒され、腕も脚も押さえつけられる。
重みがのしかかり、息が苦しい。
暴れても、叫んでも、びくともしない。
土の冷たさが背中に染みる。
ゴブリンの体温がいやに生々しい。
獣のような息が顔にかかる。
ギャッギャッギャッ──!
耳障りな笑い声が頭の奥に響く。
恐怖が限界を超え、月の表情から色が抜け落ちていく。
胸当てが乱暴に引き裂かれ、黒い肌が露わになった。
ゴブリンたちの目がいやらしく光る。
──やだ。
──怖い。
──助けて。
──誰か……。
終わった。
そう思った、その瞬間。
光が走った。
鋭い光線が闇を切り裂き、ゴブリンたちの身体を一瞬で貫く。
悲鳴を上げる暇もなく、彼らは次々と倒れていった。
月の上から重みが消える。
眩しさに目を細めながら光の方を見ると、
遠くから二つの影が駆け寄ってくるのが見えた。
ひとりは、黒い大きな帽子とローブをまとった少女。
指先からまだ光の残滓が揺らめいている。
もうひとりは、幼い修道服を着た少女。
小さな手に握られた杖が淡く光り、祈るように胸の前で構えられていた。
──助けてくれたのは、この子たち……?
そう思った瞬間。
「立てるか?」
低く落ち着いた声が、すぐ目の前から聞こえた。
月が顔を上げると、そこには金髪の若い男が立っていた。
光り輝く大剣を片手に、もう片方の手で自分のマントを外し、そっと月の胸元にかけてくれる。
「大丈夫か」
その優しい声で、月はようやく現実に引き戻された。
周囲にはゴブリンの死骸が散乱し、戦いは完全に終わっていた。
「……ありがとう……」
言葉を絞り出した瞬間、張りつめていたものが切れた。
大粒の涙が頬を伝い、月はその場に崩れ落ちた。




