第四章 迷いの森5
ルミナとリーフが階段を上がり、地上へ戻った瞬間──
「うおおおお! 飲めぇぇ!!」
「ルナ殿、次はこの肉だ!」
焚き火の周りで、ルナがエルフの男たちと肩を組み、酒を煽りながら大騒ぎしていた。
ルミナは目を丸くした。
「え……ルナ……?」
リーフも一瞬固まったが、すぐに表情を引き締める。
「……何をしているのですか!!」
怒号が響き、場の空気が一瞬で凍りつく。
「人間を……この里の中に入れるとは何事だ!!」
エルフたちはビクッと肩を震わせた。
だがラクマだけは、堂々と一歩前に出た。
「この人間は……悪い人間ではありません」
リーフが鋭い視線を向ける。
「根拠は?」
ラクマは後ろを指さした。
そこには──
巨大な竜の死骸が横たわり、
エルフたちが料理のために切り分けていた。
「こいつは……俺たちの命の恩人です」
ラクマの声は揺れていなかった。
むしろ誇りすら滲んでいた。
「もしこの人間を外へ追いやるというのなら──」
ラクマは胸を張り、はっきりと言い切った。
「私どもも……里を出ます」
エルフたちがざわつく。
リーフはしばらく黙り、
深く息を吐いた。
「……好きにしろ」
そう言い残し、奥へと歩き去った。
ルミナはルナのもとへ駆け寄る。
「ルナ……あんなに煙たがられてたのに……どうしたの?」
ルナは酒を片手に、得意げに力こぶを作った。
「男は力だよ、ルミナ。力があればだいたい解決する」
その言葉に、ラクマたちは大笑いした。
「ははは! 確かにそうだ!」
「ルナ殿は豪胆だ!」
その時──
肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。
ルミナのお腹が、盛大に鳴る。
「……っ!」
ルナとエルフたちは一斉に吹き出した。
「今の音、ルミナ様か!?」
「かわいすぎるだろ!」
ルミナは真っ赤になり、ぷるぷる震えながら叫んだ。
「もーーーーーーっ!!」
夜。
エルフの里では、ルミナの歓迎の宴が盛大に開かれていた。
中央の長卓の上座には、落ち着かない様子で座るルミナ。
その両隣には、里長の少女とリーフが並んでいる。
下座にはルナと、エルフの民たちがぎっしり。
焚き火の光が揺れ、酒の香りと笑い声が夜空に溶けていく。
里長の少女が立ち上がり、静かに手を広げた。
「今日は……特別な日です。
皆で、心から祝いましょう」
その言葉を合図に、エルフたちは歓声を上げ、宴は一気に華やいだ。
──ただ一人、リーフを除いて。
彼女は憮然とした顔で、皿の上の料理を無言で突いていた。
その横顔には、怒りとも悲しみともつかない影が落ちている。
その様子を見たルナは、酒瓶を片手に近づいた。
「おい、飲めよ。せっかくの宴だろ」
「……いらん」
リーフは冷たく言い放つ。
ルナは眉をひそめた。
「お前、なんでいつも怒ってんだよ。
せっかくの可愛い顔が台無しだぞ」
その瞬間、リーフの肩がピクリと震えた。
ゆっくりと立ち上がり、ルナを睨みつける。
その視線が、ルナの手元──紋章へと吸い寄せられた。
そして、息を呑む。
「その紋章……お前は……女神の……」
そこまで言って、リーフは唇を噛み、言葉を飲み込んだ。
ルナは軽く肩をすくめる。
「お前も女神が産んだんだろ?
エルフってそういう──」
「違う!!」
リーフの叫びが宴を切り裂いた。
「お前ら……女神のせいで……お母様が……!」
言いかけた瞬間──
「リーフ!」
里長の少女が鋭く声を上げた。
リーフはびくっと肩を震わせ、
涙を浮かべたまま、逃げるようにその場を去った。
宴は一瞬で静まり返る。
ルナもルミナも、ただ呆然と立ち尽くしていた。
里長は深く頭を下げた。
「……娘が、すみません」
ルミナはすぐに立ち上がり、リーフを追いかけた。
森の外れ。
月明かりの下で、ルミナはようやくリーフを見つけた。
「リーフ……どうしたの?」
リーフは振り返り、涙で濡れた目でルミナを睨んだ。
「……あの女神だけは……許せないの」
声は震え、憎しみが滲んでいた。
「ルナは……女神の使者なんだよ。
あいつを見ると……思い出すの……!」
ルミナは首を振った。
「違うよ……ルナはそんな悪い人じゃないよ」
「そんなの……わかってる……!」
リーフは叫んだ。
「わかってるわよ……!
もっと……もっと悪いやつだったら……
もっと憎めるのに……!」
涙が溢れ、リーフはそのまま走り去った。
ルミナはしばらく探し回ったが、
結局リーフを見つけられず、宴の場へ戻った。
そこには、心配そうに立つルナの姿があった。
「……あいつ、どうしたんだ?」
ルミナは小さく微笑んだ。
「……わからないわ」
その時、里長の少女が静かに歩み寄り、
ルミナの肩に手を置いた。
「ルミナ様。
……獣人の村へ行きなさい」




