第二章 街の影8
──暗闇の底から浮かび上がるように、意識が戻った。
まぶたを開けると、見慣れない天井があった。
「……ここ……」
柔らかな布団。
豪華な調度品。
静かで、温かい空気。
アンに紹介してもらった宿だと気づく。
体を起こそうとした瞬間、
胸の奥から鋭い痛みが走った。
「っ……まだ……痛い……」
呼吸が浅くなる。
指先がじんじんと痺れている。
覚醒の反動が、まだ体の奥に残っていた。
それでも、ゆっくりと上体を起こす。
その時──
扉の向こうに“人の気配”を感じた。
胸が高鳴る。
「アン……?」
震える声で呼んだ。
扉が静かに開く。
そこに立っていたのは──
女騎士だった。
「……っ」
胸の奥が冷たくなる。
「アン……あっ……王女様は……?」
女騎士はルミナを見下ろし、
悔しさと怒りが混ざったような表情をした。
「……お前のせいで……いや……
わたしの判断の甘さでもある」
言葉の端が震えていた。
怒りだけではない。
後悔と、自責が滲んでいた。
ルミナは再び問いかける。
「王女様は……どこに……?」
女騎士は一瞬だけ目を伏せ、
握った拳を強く震わせた。
そして、冷たく言い放つ。
「そもそも……
お前などが“話しかける”ことすらおこがましい方だ」
胸が締めつけられる。
「もう二度と……王女様に関わるな」
ルミナの呼吸が止まった。
女騎士は続ける。
「……お前が目を覚ますまで見守る。
それが……王女様との“最後の約束”だった」
最後──?
「ちょっと待って……最後って……どういう──」
叫んだ時には、
女騎士はもう扉の向こうに消えていた。
部屋には静寂だけが残る。
「……アン……」
胸の奥がぎゅっと痛む。
呼吸が苦しい。
視界が滲む。
アンは大丈夫なのか。
自分のせいで何かあったのか。
助けてくれたのに、また傷つけてしまったのか。
考えるほど、心が締めつけられる。
「……わたしが……いたら……迷惑になる……」
涙がこぼれそうになるのを必死でこらえ、
ルミナはベッドから降りた。
足が震える。
体の奥がまだ焼けるように痛む。
それでも歩き出す。
宿を出て街の道を歩く。
ひそひそ声が聞こえる。
「魔族だ……」
「邪神の使者だってよ……」
「目を合わせるな、不幸になるぞ……」
子どもが母親の後ろに隠れる。
商人が商品を引っ込める。
誰も目を合わせない。
いつもなら胸が痛んだだろう。
でも今は、何も感じなかった。
頭の中には、
アンのことしかなかった。
「……森で……暮らそう……」
誰にも迷惑をかけないように。
誰も傷つけないように。
城門の前で、ルミナは一度だけ立ち止まった。
風の音だけが聞こえる。
世界が静かだった。
「……ごめんね……アン……」
小さく呟き、
ルミナは門を出て、
ゆっくりと森の中へ消えていった。
その背中は、
まるで“世界からそっと消えようとしている”ようだった。




