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7.「木娘(ツリーガールズ)」

 俺が、眩い光の奔流に飲み込まれた直後。


「メグル! ……くそっ! 許さんぞ、リア!」


 怒りに燃える魔王の叫び声が聞こえてきたため、俺は慌てて制止した。


「待て、魔王」


「! 無事なのか、メグル!?」


「ああ、俺は大丈夫だ。だから、落ち着け」


 光が消えて、目を開けた俺が見たのは。


「旦那さっま、はじめましてでっす」


「旦那様に、ご挨拶に、うかがうために、やって来たです」


「旦那さ~ま、はじめましてで~す」


 黄緑色のボブヘアと瞳と服、そしてまるで木の幹のような褐色の肌を持った、〝木娘ツリーガールズ〟とでも表現出来そうな三人の少女が、前と左右から俺に抱き着いているという光景だった。


 頭部にあるのは、それぞれ違う種類の綺麗な花の髪飾りかと思いきや、よく見ると繋がっており、どうやら髪から花が咲いているようだ。


 いやまぁ、何か甘い花の香りがする複数の誰かに抱き締められている感覚はあったんだが、この子たちか。


「っていうか、誰だ、お前ら?」


 俺の問いにその子たちが答える前に。


「くそっ! 許さんぞ、リア!」


「いやだから、俺は無事だって言ってるだろ」


 先程と同じ台詞を、何故か先程とはどこか違ったニュアンスで吐く魔王。


「そんなことより! いつまで抱き着いているつもりだ、貴様ら! メグルから離れろ!」


「あっん」


「あん。すぐに、引き剥がされたです」


「あ~ん」


 〝木娘ツリーガールズ〟を、魔王が素早く引き剥がした。


※―※―※


「で、この子たちは何なんだ?」


 少し落ち着いた後。

 俺の問いに、リアが慎ましい胸を張り、長い緑髪をなびかせながら答える。


「その子たちは、〝木娘ツリーガールズ〟ですわ!」


 あ、本当に〝木娘ツリーガールズ〟って言うんだな。

 俺の勘、すごいなおい。


「先程『あと三~四人従業員が欲しい』と仰っていたので、わたくしが彼女たちを生み出したのですわ! そう、新たな命を!」


「マジか」


 命って、そんな簡単に創れるものなのか?

 恐るべし、木の精霊ドリアード。


「でも、正直助かった。これで、従業員問題は全て解決だ。ありがとう」


「フフッ。どういたしましてですわ」


 リアは、口許に手を当てて上品に微笑んだ。

 〝ユドル狂い〟という欠点に目をつぶれば、ただの品が良い美人なんだけどなぁ。


「メグルよりかは余程よほど調理しがいがありそうな娘たちじゃな……ではなくて、生命力あふれる女子おなごたちじゃな」


「だから、誤魔化してるつもりだろうが、全部言っちゃってるんだって」


 二刀流の包丁を怪しく光らせるクークに、俺は半眼を向ける。


「それで、その子たちの名前は何て言うんですかぁ?」


 先程の〝光の奔流〟を危険だと判断してとっさに距離を取ったのか、天井近くで静止するスゥスゥが、問いを投げかける。


「名前はまだ無い、ですわ!」


「某文豪かよ」


 そうなると……俺がやるしかないな。


 〝木娘ツリーガールズ〟たちの髪からそれぞれ咲いている花の名が、クロッカス、ニッコウキスゲ、そしてネモフィラであることを『看破ディテクション』で見抜いた俺は、腹を決めた。


「じゃあ、俺が名前をつけてやる。〝ロッカ〟〝ニコ〟〝ネーモ〟だ。あと、お前らも他の仲間たちと同じ条件で雇うからな。給料とか、全部」


 手で指し示しながら名付けると同時に、雇用条件を伝える。


 彼女たちは、驚いて目を見開いた後、パァッと明るい笑顔になった。


「ロッカは、旦那さっまが好きでっす」


「ニコは、旦那様に、好意を抱くに、至りました」


「ネーモは、旦那さ~まが、好きで~す」


 そして、再び俺にギュッと抱き着いた。


「だから! メグルに抱き着くなと言っているだろうが、貴様ら!」


 それを見た魔王が、顔を真っ赤にして再度怒号を上げるのだった。


※―※―※


「『ウインドウ』」


 俺の声に呼応して、ウインドウが、テーブルの上に浮き上がって来た。

 〝どこにでも出現する〟優れものだが、やはり血管のような見た目で、ちょっとグロい。


 <メニュー>という文字をタップする。


「よし、思った通りだ。これでもう一部屋作れるな」


 〝一ドル紙幣〟を食べさせたおかげで、また新たに部屋を作れるようになっていた。

 俺は、〝従業員用の宿泊室(四人用、女性用)〟をタップして選んだ。


 従業員が増えてきたので、一部屋では足りなくなっていたからな。


「みんな。明日明後日は色々と開業準備をして、三日後からオープンしようと思う。宜しく頼む」


「うむ、我に任せろ!」


「任せて下さいまし! ユドル様の胎内で働けるのですから、それはもう馬車馬のごとく働きますわ!」


「客どもを料理して……ではなくて、様々な食材を料理して、もてなしてやろうかのう」


「あたし、頑張りますぅ!」


「ロッカは、頑張りまっす」


「ニコは、旦那様に、喜んでもらうために、頑張ります」


「ネーモは、頑張りま~す」


 相変わらず言動が怪しい者もいたが、まぁ良い。


 頼もしい仲間たちと共に、この異世界温泉旅館を盛り上げていこう。


 なんせ、世界樹温泉に入れば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からな。


 是非とも、色んな人に利用して欲しいし、喜んで欲しい。


※―※―※


「よし、じゃあ集客だ」


 従業員が揃ったところで、満を持して、集客のための手を打った。


 それが、〝世界樹のはなの香〟による集客である。


 〝世界〟の〝樹〟――つまりこの〝星〟そのものの〝樹〟とも言える世界樹には、人智をはるかに超える力がある。


 その力を使えば、世界樹のはなの香りを音速を超えるスピードで世界中に飛ばして、任意の人間やモンスターのみを、任意のタイミングで自分のもとに来させることが出来るのだ。


「やっぱり、〝ある程度お金を持っているお客さん〟、という条件は譲れないな」


 具体的には、まず、異世界温泉旅館〝世界樹〟に興味がある富豪のみに、この旅館に関する〝情報〟を載せたはなの香りを飛ばして、この旅館の存在を知らせる。


 そして、同日に客室数(と収容人数)以上は来ないように、客室数丁度の組かつ一組四人以下の客が来るようにタイミングを調整した上で、ここへと来させる、というものだ。


 もちろん、馬車での移動速度なども全て計算した上で、である。


「仕事を続ける上で、休みは本当に大事だよな。俺も休みたいし」


 それにより、週休二日制を実現して、残り五日間のみに客に来させることが可能になる。


 それが、毎月金貨一枚をユドルに食わせるだけで出来る。


 正直、滅茶苦茶お得だ。

 しかも、今月分に関しては、例の一ドル札が余程よほど美味だったらしく、新たに金貨を食べさせなくとも、集客してくれるらしい。すごく助かる。


「せいぜい感謝することドル! てめぇはユドルがいなきゃ、な~んにも出来ねぇドル!」


 こんな憎まれ口を叩かれても、全然許せてしまう。


 あの一ドル札を食わせたおかげで、実は客室をもう一つ追加することも出来て、他にも色々買えた。


 一ドル札さまさまだ。


※―※―※


 ちなみに、特別な効能を持つ世界樹温泉であるが故に、他の旅館や公衆浴場以外にも競合相手がいる。


「どこの世界でもどの業界でも、そりゃいるよな、競合相手」

 

 それが、〝司教たち〟――つまり〝教会〟と、ハイポーションを販売している道具屋だ。


 例えば、教会は、祈祷によって瀕死の怪我を金貨十枚で治し、道具屋も、同様の効果があるハイポーションを金貨十枚で売っている。


 なお、冒険者パーティーで重宝する僧侶も〝回復魔法〟を使えるが、教会ににらまれるのを恐れて、それで商売をしたりはしない。


「となると、ライバルは――」


 従って、〝怪我の回復〟に関するライバルは、〝教会〟と〝道具屋〟となる訳だ。


 そこで俺は、訴求力を高めるために、どれだけ瀕死の怪我だろうが病気だろうが、浸かれば一瞬で治るという〝世界樹温泉〟での滞在一泊を金貨五枚(夕食と翌日の朝食の二食付き。素泊まりなら、金貨三枚)とした。


 更に、〝泊まらずに温泉のみの利用〟なら、金貨一枚に設定した。


「自分で言うのもなんだが、滅茶苦茶安いな」


 そう。

 何と、〝教会の十分の一〟という破格である。


「それだけじゃないんだな、これが」


 しかも、この異世界では、祈祷であろうが、ハイポーションであろうが、最上級回復魔法であろうが、欠損部位は取り戻せないのだ。


 出来るのは、瀕死の傷を治すことのみ。つまり、止血や、貫かれた心臓の修復などだけだ。


 もちろん、すぐ傍に切断した四肢があればくっつけることは出来るので、話は別だ。

 が、既にその欠損部位が失われている場合は不可能。


 その点でも、世界樹温泉は特別であり、有利であると言える。


※―※―※


 そして、開業当日。


 着物を全員に着用してもらった。

 あの一ドル札をユドルに食わせて買ったものだ。


 クークは、この二千年の間に、異世界からやって来た料理人たちから着付けも学んだらしい。


 そのテクニックを遺憾いかん無く発揮して、仲間たちの着付けを一瞬でやってくれた。


「本来、かなり複雑なはずなんだがな……すごいな……」


 料理担当のクーク自身も着物を着ているのだが、腰紐こしひもたすきけして、そでをめくった状態で固定し、作業しやすくしている。


 かく言う俺も、男物の着物を身にまとっている。


 準備万端で迎えた、記念すべき最初の客は、隻腕せきわん――()()()()()二十代半ばくらいの人間の男性冒険者だった。


 当然、左腕を取り戻すために、すぐにでも温泉に入るものだとばかり思っていたのだが。


「えっと……温泉に入るのは、俺っちはちょっと遠慮しておきます……」


 彼は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

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