8.「隻腕の薬草ハンター(※終盤はロスレフ視点)」
この日、狙い通りこの旅館の現在の客室数と同じ二組のお客さんが来たのだが、もう一組のお客さんは、世界樹から見て南東にあるカプティワード帝国の貴族である中年の御婦人二人組だった。
御者の男性が一人いたようだが、馬車内で明日の朝まで待機するとのことだった。
ちなみに、世界樹温泉旅館に繋がる階段の脇には、厩がある。
水と飼い葉があり、追加料金無しで使用出来るのだ。
これも、例の一ドル札をユドルに食わせて購入したものだ。
御婦人たちは、温泉は勿論、客室に運んだ夕食も堪能してくれた。
「このエビの〝テンプラ〟とかいう料理! サクサクとした衣の食感に、プリプリとした歯応え! エビの旨みを存分に味わえるわ!」
「そうね。それと、甘いソースが掛かっていて、それが食材の旨味を更に高みへと押し上げているわ!」
俺と魔王が朝一で獲って来た魚介類を使った天ぷらも、刺身も、寿司も、うな丼も、世界樹の華・葉・皮・根を使った炊き込みご飯と野菜炒めと味噌汁(日本の旅館で見掛けた欧米の人たちが、赤よりも白の方を好んでいたので、白味噌)も全て絶賛してくれた。
あと、〝世界樹の葉〟を用いたお茶と、何より〝世界樹の華〟の花酵母を使った日本酒を、かなり気に入ってくれたようだ。
「甘い香りとフルーティーな味わい! 美味しい! すごく飲みやすいわ!」
なお、酒に関しては、クークが日本から来た例の異世界転生者たちによって、この二千年の間に作り方を学び、それを魔法で再現出来るようになっていたので、問題なかった。
「さすがだな、クーク。二千年の努力は裏切らないな」
「あの二人組の女性、肉付きが良くて食べ応えがありそうじゃのう……ではなく、余の料理と酒を楽しんでもらえているようで、良かったのじゃ」
「だから、一ミリも誤魔化せていないし、全部言っちゃってるんだってば」
ちなみに、米は、〝世界樹の力によって、水田を必要としない陸稲なのに水稲と同じくらい美味しい稲が周囲の森の中――少し開けた場所に自然に群生、
一日で稲穂が実り、稲刈り後は新たに種まきをせずとも、切られた箇所からまた生えて来て稲穂が実る、という不思議な稲〟を木娘たちが刈ってくれた。
それを、クークにやり方を学んだ魔王が、その膨大な魔力を用いて、一瞬で乾燥させ、脱穀し、もみ殻を取り除いて玄米にし、精米したのだ。
付け加えて言うと、これも世界樹の影響か、どれだけ頻繁に同じ土地で穀物を収穫しようと、土地が痩せることは一切ない。
※―※―※
話を戻そう。
本日最初に来たお客さんは、二十代半ばくらいで隻腕の人間の男性冒険者だった。
「いらっしゃいませ。ようこそお越し下さいました」
「すいません。あの……俺っちみたいな冒険者でも、大丈夫ですか?」
「もちろん大歓迎ですよ」
貴族しか来てはいけない場所だと思っていたのだろうか?
やけに腰が低い彼の名は、ロスレフ。
世界樹から見て南西の国であるマルティクルーズ王国から、馬に乗って一人で来たとのことだった。
ちなみに、冒険者と言っても、モンスターとの戦闘で怪我したという訳ではない。
そもそも、この異世界では、モンスターと人間は仲良く共存しているため、モンスターと戦うことなど無いのだ(ただ、両方とも、ある種族とは仲が悪いようだが)。
では、冒険者である彼は何をして生活費を稼いでいるかと言うと、薬草採取だ。
彼は、薬草採取を極限まで究めた男であり、世界的に有名な薬草ハンターらしい。
そんな彼だが、左腕がないにもかかわらず、何故か温泉に入ろうとしない。
なお、世界樹の華・葉・皮・根を食べても、瀕死の重傷を完全回復させたり、欠損部位を取り戻すことは出来る。
その説明を聞いた彼は、うつむき、何事かを思案すると。
「悪いですが、その……料理ですが、世界樹関連の食材以外のものを使った料理って、出してもらえませんか?」
理由は分からないが、決して食べようとはしなかった。
「余の料理が気に食わんなどと、万死に値するのじゃ! たたっ斬ってくれるわ!」
「落ち着け。別にクークの料理に文句がある訳じゃなくて、食材に対する要望ってだけだからさ」
あろうことか、二刀流の包丁をお客さんに向けようとするクークを、厨房で何とかなだめる俺。
その後。
プリプリ怒りながらもしっかりと作ってくれたクーク。
そんな彼女の料理を完食したロスレフさんに対して、俺は皿を下げながら、注意事項を告げた。
「温泉ですが、夜中は入浴禁止となります。ですが、また明日の朝から入れますので、宜しければ、是非とも入ってみて下さい」
「……分かりました」
「では、失礼いたします」
これは入りそうもないな。
まぁ、あんな事情があれば、仕方が無いとは思うけど……
そんなことを思いながら、俺は客室から出ていった。
「ちょっと心配だな……」
俺が歩きながらそう呟いていると。
「あの冒険者の男のことか?」
通路で、魔王とばったり出くわした。
「ああ。深い事情があるようだ。せっかくうちの旅館に来てくれたんだから、温泉に入るにせよ入らないにせよ、ここでの一時を楽しんで欲しいし、元気になって欲しい」
「だが、どうも何かがあるようだな、あの客は」
「そうなんだよ。実は『看破』を発動したから、事情は分かってはいるんだ。ただ、分かっているにはいるんだが、それに対してどうすれば良いのかが分からないんだ。
曖昧な言い方で悪いが、個人情報だし、これ以上は言えないんだが……うーん……どうしたもんか……」
「……そうか、悩ましいな」
俺の言葉に魔王もうつむき、思考していた。
※―※―※
時間は少し遡って。
ロスレフは、従業員たちに温泉を勧められる度に、申し訳ない気持ちで一杯だった。
「そりゃそうだよな……。だって、ここは〝温泉〟旅館世界樹だし……。温泉に入らないなら、何しに来たんだって話だよな……」
不思議な香りがした三日前から、どうしてもここに来たくなって、来てしまったのだ。
まるで、何かに導かれるかのように。
「普通に考えれば、俺っちみたいな奴には、うってつけの温泉だよな……」
先程、丁度食事を終えた頃に、男性従業員がやって来た。
皿を全て片付けてもらいつつ、翌朝の温泉入浴を勧められたロスレフは、一瞬返答に詰まった。
「……分かりました」
そう返すのがやっとだった。
「では、失礼いたします」
男性従業員が退室した後。
一人になったロスレフは、右手で、肘辺りから失われている左腕に触れつつ、ポツリと呟く。
「でも……俺っちは、左腕を元に戻しちゃいけないんだ……」
※―※―※
就寝後。
ロスレフは、夢を見た。
ああ……またいつもの夢だ……。
そう思う彼だったが。
何年経とうが、決して慣れることなどない。
決して、平常心ではいられない。
何故なら、それは。
「父ちゃん!!! 母ちゃん!!! うわあああああああああああ!!!」
目の前で両親が死ぬ光景だったからだ。




