47.「前世の記憶と死後の出来事」
少し小さめの世界樹を殴り掛かる父親と、チェンソーで切り掛かる母親。
そんな場景を想像した瞬間。
実家の庭に生えている、人間の身長くらいの高さの世界樹が、鮮明に思い出されて。
「あ……! そうだ……! そう言えば、そうじゃん……!」
そうだ。
なんで忘れていたんだろう?
元いた世界で、俺は幼少時代にユドルと会っていたんだ。
俺は、ユドルとの出会いを思い出した。
※―※―※
現代日本にて。
確か、俺が五歳だった時だ。
桜舞う四月のある日。
午後五時頃に、母親が幼稚園に迎えに来てくれた。
担任の先生と母親が立ち話をした後。
一緒に車で帰宅したのが、午後五時三十分。
「あら、温泉さん。巡ちゃんのお迎え?」
「あらあら~。そうなんです~」
駐車時は、自分の車で自分の子どもを轢く危険性が最も高い瞬間なので、きちんと駐車出来て気が抜けてしまったのか、俺を車から降ろした母親は、近所のママ友に話し掛けられて、俺から目を離した。
本来、幼い子ども一人で行動するのは危険であり、良くない。
が、幼かった俺には、そんなことは分からない。
「〝おんせん〟をみつけよう!」
幼いながらも、一度両親と共に行った温泉の素晴らしさに深く感動し、嵌まっていた俺は、突然、〝温泉を見つける冒険〟の旅に出た。
俺は、てくてくと右方向へと歩いて、T字路を右折。
更にてくてくと歩いていき、曲がり角を左に曲がった。
すると、左側の側溝の、コンクリートの蓋の隙間に、見たこともない小さな花が咲いていた。
「〝おんせん〟……じゃないけど……」
何故だろう。
妙に心惹かれた。
俺が温泉以外に心を動かすことなど、普段は全く無かったため、珍しかった。
真っ赤な、まるで唇のように見える花は、萎れており、今にも枯れてしまいそうだ。
俺は、しゃがんで話し掛けた。
「だいじょうぶ? げんきないね」
「……てめぇ、何見てんだドル……!」
何気無く声を掛けただけなのに反応が返って来たため、俺は驚いて目を丸くした。
「こえがきこえる!」
「! ……ひょっとして、てめぇ……ユドルの声が聞こえるドル……!?」
「うん、きこえるよ!」
「信じらんねードル……! たかが人間のくせにドル……!」
よく見ると、ユドルという名前の花は、喋っていた。
弱々しいけど、まるで本物の口のように、唇を動かして。
「でも、そうと分かりゃ、利用しない手はないドル……!」
ユドルは、ニヤリと笑った。
「おい、クソガキ! 見ての通り、このままじゃユドルは枯れるドル。そこで、〝異世界が誇る聖なる世界樹〟であるこのユドルを助ける栄誉を、てめぇに与えてやるドル……!」
「〝ヴィレヴァンがおごるゴチなるジュマンジ〟?」
「言ってねぇドル……! このクソガキ、ふざけてんのかドル!?」
ユドルが、プルプルと震える。
寒かったのだろうか?
「とにかく! ユドルは、女神のお気に入りドル! ユドルを助ければ、きっと、てめぇが困った時に良いことがあるドル! だから助けろドル!」
「よくわからんないけど、たすけるよ! そのかわり、ぼくとともだちになってよ!」
「友達……ドル?」
「うん! ぼく、ともだちいないから!」
まだ幼いのに、幼稚園で俺が話すことは温泉のことばかり。
更に悪いことには、他に何も興味を持たなかったため、他の子どもの話は一切聞かなかった。
そんな俺は、齢五にして、ぼっちだった。
「そんなことで良いなら、いくらでもなってやるドル!」
「ほんと!? やったー!」
思わず立ち上がり、ぴょんぴょんと飛び跳ねる俺。
「それで、どうやってたすければいいの?」
再び屈んで小首を傾げる俺に、ユドルは答えた。
「もっと土がたっぷりあって、栄養も豊富な場所へとユドルを連れて行き、植え替えるドル! そのために、まずはユドルを引き抜くドル! くれぐれも、そ~っと、優しく抜くドル! ユドルは弱ってるから、絶対に乱暴に扱っちゃ――」
「えいっ!」
「ぎゃああああああああああああああ!」
両手で持ったユドルを、俺は勢い良く引っこ抜いた。
元気一杯な声が響く。
「何してくれてやがる、このクソガキ!?」
「じゃあ、ぼくのうちにつれてくね!」
俺はユドルを手に持ったまま、とてとてと走って、家に帰った。
※―※―※
「あ! おとうさん! おかえりなさい!」
「がははははは! ただいま、巡」
珍しく早く帰宅した父親と合流した俺は、事情を話した。
俺の手の中のユドルが、小さくつぶやく。
「父親の方は少しはまともだと良いドルが……」
「がははははは! 本当に喋ってんな! なかなかロックな花だな!」
「なんでてめぇまでユドルの声が聞こえてるドル!?」
何故か、驚愕するユドル。
「よごれててかわいそうだから、まずは、おふろにいれてあげるんだ! おんせんはないから、かわりにアツアツのおふろに! きもちいいから!」
ユドルが、「は? 何言ってる……ドル……?」と、声を震わせる。
「待てーい!」
「あ、良かったドル。どうやら、父親はまともだった――」
「まずは身体を洗ってから、っていつも言ってるだろ? ボディーソープでしっかり洗ってやろう! ピカピカにしてやるんだ!」
「うん、ピカピカにする!」
「マジでこの家、頭おかしい奴しかいないドル! え? 本当にやるドル!? ぎゃああああああああああ!」
※―※―※
その後。
ピカピカになったユドルを、俺たちは庭のど真ん中に植えた。
そして。
「おんせんは、いろんな〝せいぶん〟があるけど、ただのおゆだとえいようがたりないから!」
ユドルに元気になって欲しい一心で、俺は、〝栄養のありそうなもの〟を与え続けた。
「ホットミルク! コーラ! おみそしる! カレー!」
「ぎゃあああ! ぎゃああああああ!! ぎゃあああああああああ!!! ぎゃああああああああああああ!!!!」
その度に、ユドルはエネルギッシュに叫んだ。
※―※―※
俺たちが懸命に世話をしたことで、数年後には、ユドルはすっかり元気になった。
俺が成人して会社勤めを始めた頃には、大人の人間と同じくらいの高さまで成長していた。
※―※―※
そんなある日。
俺は、持病が悪化。
にもかかわらず、温泉旅館巡りも止めず、仕事も辞めず、無理を続けて。
倒れて、死んだ。
※―※―※
「巡ちゃんのお通夜が~、終わった後のことなんだけどね~」
俺が死んだ後、何が起こったかを、母親が語り始めた。
実家にて通夜が終わり、弔問客が全員帰った後。
突如。
「「!?」」
俺の死体が、スーッと浮き上がったらしい。
慌てて両親が追い掛けていくと、何故か玄関が開き、死体は外へと飛んでいった。
庭まで追い掛けていった両親が見たのは。
「ゴクン。っぷはぁ! これで良し、ドル!」
庭に植えてあったユドルの〝一時的に巨大化した真っ赤な口〟によって、俺の死体が喰われる、という光景だった。
「待てーい! 俺の息子を返せー!」
父親が猪突猛進、勢いそのままにユドルに殴り掛かった。
「がはっ! ちょっと待ぐはっ! 話を聞ごぼっ!」
拳を食らう度に悲鳴を上げ、大きく揺れ動くユドル。
そこに、横から母親が口を挟む。
「あらあら~。どいて~、あなた~。切るわ~」
「嘘ドル!?」
バッと距離を取った父親と入れ替わりに、母親が間合いに入る。
こんなこともあろうかと、普段から用意しておいたチェンソーで、母親はユドルに切り掛かった。
「待て待て待て待ぎゃああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
一気に半分くらい幹が削れるユドル。
「なんでユドルがアイツを喰ったか、その理由を言うから、一旦チェンソーを置いてくぎゃあああああああああああああ!!!!!!」」
更に幹が切られて、残り一割が辛うじて残っている状態になったユドルは。
「メグルは、たった今、異世界転生したドル!!!」
瀕死の状態で、必死に叫んだ。
「異世界転生だと……?」
「ユドルちゃ~ん、それってどういうこと~?」
母親が手に持つチェンソーによる〝命を刈り取る音と振動〟に心底怯えつつ、ユドルが答える。
「ユドルは、異世界の世界樹ドル! こっちの世界だと本来の力を発揮出来なくて、貨幣を食べてエネルギーに変換することすら出来ないけど、本当はすごい力を持ってるドル!
しかも、ユドルは女神のお気に入りだから、ユドルを助け……たって言いたくないけど、一応助けたメグルを、同じ身体で生き返らせて、異世界転生させたドル!」
「つまり」と、ユドルは言葉を続けた。
「簡単に言うと、てめぇらの息子は、生き返って、こことは違う世界で生きてるってことドル!」
「「!!!」」
※―※―※
「そのおかげで~、巡ちゃんが生きてるって分かったのよ~。だから~、私たちは~、また会える日を楽しみにして~、これまで暮らして来れたのよ~」
「がははははは! 巡よ、お前もなかなかロックな人生を歩んでいるな!」
そうだったのか……
ちなみに、三千年前、当時の勇者と彼の引き連れてきた仲間たちのせいで、完全に枯れてしまった世界樹は、その魂が世界中をさまよい、異世界の地球まで漂流して来て、あの道端にひっそりと咲いていた、ということらしい。
現代日本にいるのは、ユドルの分身体であり、こちらのユドルと魔力も意識も全てが繋がっているとのことだ。
ユドルがお気に入りという女神――俺を転生させた女神とユドルも、魔力のパスが繋がっているみたいで、俺の死体の受け渡しがスムーズに出来たのも、そのためだろう。
「デレカちゃ~ん、是非とも一度~、こっちの世界に~、遊びに来て頂戴ね~」
「がははははは! 待っているぞ!」
「母君、父君……うむ、心得た!」
デレカが、弾けるような笑顔で頷く。
出来ると良いけどな、そんなことが。
まぁ、夢見るだけなら、自由だ。
人間もモンスターも、〝明日への希望〟があるから、生きていけるんだ。
実現の可能性はともかく、「こうなったら良いな」と思い描くことで日々の活力を得られるならば、とても素敵なことじゃないか。
と、その時。
突然、現在スクリーン代わりになっている背後の壁に、『ウインドウ』が現れた。
俺は呼び出していないのに、勝手に。
見ると、メニューが表示されている。
そこには。
「〝元いた世界と自由に行き来出来るフリーパス:金貨千六百枚〟!?」
新たな項目が追加されていた。




