14 ツバメとアレ
ツバメの姿を見かけるようになった。
黒く小さな体がヒラリヒラリと空気を切るように飛んでいる。キカワ工業の軒に今年もツバメが巣を作った。それも二つも。
キカワ金属に就職して驚いたことは多々あったが、レイにとって当時の一番の驚きがこのツバメの巣作りだった。
「野鳥がわざわざ人間の家に巣を作るなんて」
と思ったが、キカワ工業の誰も驚いていないから、レイも当然のような顔をした。日本では当たり前のことらしい、と判断した。
ツバメは毎年春になるとやって来て同じ場所に巣作りするのだから、ツバメにはツバメなりの理由があるのだろう、と納得した。
そして今、心臓がバクバクしている。
なぜならツバメを眺めていたらその周りに何かがふんわりゆるりと飛び回っているのが見えるからだ。
(ん? 半透明のあれは、なに?)
ツバメの巣の周囲に飛んでいる何かをしっかり見ようと何度も目を閉じては開き、目を凝らす。それは小さな小さな人間に見える。裾の長い衣のようなものをヒラヒラさせていて……。レイは思わず立ち上がり、窓を開けた。
「佐々木さん、今、忙しいですか」
「なあに?」
「ツバメの巣の周りに何か飛んでるんですけど」
「ええ? やだ、スズメ蜂じゃないでしょうね」
パート主婦の佐々木が急いで立ち上がり、レイの隣に立つ。老眼鏡を外して巣の方向をジッと見ていたが、首をかしげてレイを見る。
「ツバメしかいないと思うけど?」
「あれ?」
もう一度ツバメの巣を見る。
卵を抱いているのか、一羽が中に座り込んでいる。そしてレイの中指ほどの大きさの人間が間違いなく飛んでいる。白や薄桃色、薄い黄色の衣をたなびかせてクルリクルリと飛び回っている。
「何もいないと思うけど。レイちゃん、何か見えるの?」
「あ、いえ、見間違いだったみたいです。忙しいのにごめんなさい」
「集計、もう少しだから頑張って」
「はい」
二人で席に戻り、キーボードを叩くが、ちらりと窓の方を見るとやはり何かが飛んでいる。
日本に来て五年。春を迎えるのも五回目だ。ツバメも五回巣を作った。でも、あんな小さな人間を見たのは初めてだ。ウジェ王国にはない概念だが、この世界でいうところの『妖精』だろうか。
妖精が見えているのだとしたら、何が原因で急に見えるようになったのか。
(これ、かしら)
指でブラウスの中に収めている杉のペンダントに触れた。自分が落としたのではないのにスナックに届けられ、シゲさんがレイのだと断言した物。届けてくれたのは九つ星神社で声をかけてきて、スナックで再会した青年。
「どういうことかな」
何度かペンダントを外そうとしたが、外すと胸のあたりが空虚な感じになる。言葉で表すのは難しいが、あるべき物が剥がされたような感覚になる。魔法使いとしてはこの感覚を大切にしたいので、外さずに身に着けて暮らしているのだが……。
杉の玉に悪いものは感じない。むしろペンダントに愛着さえ湧いている。レイはブラウスの上から杉の玉を触りながら窓を見た。
ひとりの小さな人間と目が合ったような気がした。
「っ!」
「ん? なあにレイちゃん」
「いえ、何でもありません」
五時半に仕事を終えて、キカワ工業を出た。
結局、あの小さな人間はずっとツバメの巣の周りを飛んでいた。そして気づいた。あちこちにあの小さな人間がいるのだ。朝の通勤時には見えなかった、と思う。
街路樹のイチョウの木、商店街のコンクリート製プランター、小学校の庭木の枝、下町の個人宅の前にずらりと並べられている鉢植えの周囲。命あるところのあちこちに小さい人間がいて座っていたり飛んでいたりする。
「ええと。ペンダントのせい? それとも私、魔力過剰で幻覚が見えてる?」
母国の国立治療院で働いている時、たまに魔力過剰で幻覚が見える人を治療した。その人たちは「恐ろしい物が見える」と言って脂汗を流し、恐怖におののいていた。
「あれは恐ろしくないわよねえ。可愛いし」
レイが魔法をかけた桜の木のところに着いた。見ると葉桜になった桜の木のあちこちに小さいのが座ったりぶら下がったりして遊んでいる。
たまにレイと目が合うのもいるが、無関心な様子。
(可愛いけど、どうしよう。どうしたらいい?)というジタバタしたい気持ちだ。レイは道祖神に立ち寄るのも忘れて素通りし、家に帰った。
「わっ」
日当たりがいい南側の窓辺のカラーボックスの上。テーブルヤシの鉢植えの上にもひとりいた。





