13 杉の木のお守り
アキラは手作りのお守りをどうやってあの娘に渡そうかと考えていた。
付き合いのない若い女性にいきなり手作りの物を差し出したら、怪しまれて捨てられるだろう、くらいの知識はある。
その夜、アキラはスナック由紀子に出向いた。
以前、前田に連れられてここに来た時、あの娘がいた。どうやらそのスナックの常連らしく、この店にはあの娘のいい匂いが染み込んでいた。
「いらっしゃい。おひとり?」
「はい」
「じゃあ、カウンターへどうぞ」
勧められてカウンター席に座る。冷やの日本酒を頼んでからカウンターに置いてある小さなアクリル板の中のメニューを眺める。
カウンター席にはアキラが右端、ひとつ置いた左の席に五十代の男、その先にも男性が座っている。
コップに注がれた常温の日本酒をコクリと飲む。酒が喉を下っていって、果物みたいないい香りがした。
「はい、お通し」
「ありがとうございます。ウドの酢味噌和えをお願いします」
「はあい」
お通しは春キャベツと塩昆布の即席漬けだった。続けて出されたウドの酢味噌和えは実に美味しかった。ウドを食べたのは何十年ぶりだろう、と思いながら味わって食べた。
「お兄さん、若いのにウドの味がわかるんだね」
「あっ、はい。苦みと香りがいいですよね」
「そうそう。この苦みがわかったら一人前だよ」
アキラは「えへへ」と笑いながらポケットに入れておいた杉のお守りを取り出した。お守りはラグビーボールのような形で、真ん中に紐を通せるように穴を開けてある。紐は適当なのを見つけられなかったからお守り本体だけだ。
「あの、ママさん、ここに茶色の髪に茶色の目の人がよく来るでしょう? この前友達と来た時に入れ違いで出て行った人。わかるかな」
「ええ、来るわね」
ママさんの顔にうっすら警戒心が浮かび上がった。
「実は九つ星神社であの人が具合悪そうにしてる時、これを落としたんだけど、僕、拾ったのに渡しそびれちゃって。ママさんから渡してくれますか?」
「これはなあに?」
「さあ。お守り? アクセサリー? よくわかんないけど」
「そう。預かっておくわね。あら、杉のいい香りがする」
日本酒をコップ一杯と春キャベツとウドで幸せな気持ちになったアキラは長居をせずに店を出た。
(あとはあの娘が受け取るかどうか、だけだ)と思う。捨てられたら捨てられた時のことだ。無理はしない。自然の流れに任せるしかないのだ。
◇ ◇ ◇
翌日、夏川レイは予約が入っているからと連絡を受けてスナックに向かった。
「レイちゃん、九つ星神社でレイちゃんが落としたのを拾ったって、若い男の子が持ってきてくれたわよ。これ、レイちゃんのもの?」
「なんだろうこれ。アクセサリーのパーツみたいですけど、私のじゃ……」
「それ、貰っておいた方がいい」
いつものカウンター席の左端からシゲさんが割って入ってきた。
「シゲさん、でも私、こんなの持ってないんです。他の人が落とした物じゃないかしら」
「それはレイさんのだと思うよ」
常連のシゲさんが自信ありげにそんなことを言う。(ここで言い争うほどの物ではないか)と判断したレイは、笑顔で木の玉のような物をママから受け取った。
「いい匂いよね。削りたてなのかな。レイちゃん、気持ち悪かったら捨てればいいわよ」
「そんな由紀子ママ、捨てるなんて」
「どれ、紐を通してあげよう。それをちょっと貸してごらん」
シゲさんがそう言ってレイから杉の小玉を受け取る。グレーのズボンのポケットから海老茶色の紐を取り出して器用に穴に通し、ネックレスより少し長めに調節して紐の両端を結んだ。
由紀子ママにハサミを借りて紐の余りを切り、カウンターに置いてあるガラスの小皿から店名入りのライターを取り出して紐の切り口を炙った。
海老茶の紐は絹でできているらしく、髪の毛を焼いた時と似た匂いがした。
「ふむ。これでほつれないだろう。着けてみなさい」
グイ、と差し出され、仕方なくレイはそれに頭を通した。
杉の小玉は鎖骨より下、ちょうど胸骨のあたりに収まった。
「長さは丁度いいな」
「シゲさん、海老茶色はレイちゃんには渋すぎない?」
「そんなことはないさ。女学生の袴は海老茶色と決まっているじゃないか」
「女学生の袴って! それいつの話よ、もう。シゲさんはそんな年じゃないでしょうに」
「そりゃそうだが」
苦笑するシゲさんが満足そうなので、レイは外すことができずにそのまま杉のペンダントをして占いをし、ビールとタラコおにぎりを食べて家に帰ることにした。今日も少し風が強い。
突然ビョオオッと風が吹いて思わず目を閉じる。
「イタタタ、埃が目に入った」
眼球を傷つけない様に片目を閉じて小さな声で「治癒」と唱えると、涙と共に右目の痛みが治まった。
ほろ酔い加減で歩くレイ。
途中で道祖神の頭を撫でることを忘れない。最近は習慣の様に頭を撫でている。
道祖神の近くにある電柱の上で、黒いコートの男が立ってレイを見下ろしていた。
「ちっ、なんだよあの玉は。誰かが余計なことをしてくれたもんだ」
疫は本来ならとっくに西へと移動しなければならない時期なのだが、レイのいい匂いが忘れられずまだ東京に居残っていた。
もう時間がないから、今夜は突風を浴びせて口を開けさせ、その体内に飛び込んでやろうと思っていたら弾かれた。
「あんな強い力のある杉をどこで手に入れたんだ? まあ仕方ないか。また来年のお楽しみにするさ」
疫は諦めて西へと向かうことにした。
あの娘はまだまだ生きられる年齢だから、慌てなくてもいいのだ。
東京に吹いていた強風は、その日を境に治まった。





