満身創痍の奇襲組。男五人の協力
突然現れたキョウコをヨウが岸まで連れ戻ったため、沼に残ったのは男五人となった。キョウコに先ほど倒されたドレスの女が、転覆したボートの上で伸びている。
「未来のダーリン。頑張ってくださいまし」
うーん、と唸って女は寝返りをうった。
沼の中でリオが、ローブの男に拳を一発打ち込んだ。
「ぐっ!はぁ、痛、いな……」
男は脱力し、沼の中に沈んでいく。
リオは銃弾が掠めた頬が腫れていて、荒くなった息を整えるのに必死のようだ。
水泡音ともに男は沈み、とうとう頭も見えなくなった。シンを含む五人は男を完全に沈めることができたか、静かに見守っていた。
興奮冷めやらぬリオは拳を握ったままで、ハンは、彼の肩にガッシリと手を置いた。
「落ち着けよ、二人とも倒したんだから」
シンは安堵の溜息をつく。立ち泳ぎを保つため、カルガモの様に脚を漕ぎ続けている。秋の冷たい水に体温を奪われ、バタ足の動きは遅くなっていた。体が沈むと、先程受けた肩口の銃創に淀んだ水が染みて、痛みに顔を歪めた。
「沈んできてるぞ。岸まで泳げそうか」
ヒルが肩を貸してくれる。
「服が重くて。もう浮いていられない」
「そりゃあそうだ。一端、あのボートに乗れ」
「僕が漕ぐよ。比較的元気だから」
シマが、シンの腰回りを掴んで、シンが沈まないよう力を貸してくれる。
「ボートには、リオも乗せてくれ」
シンは彼を探した。自分と同じく銃撃を受けていて、しかも主戦力でローブの男と戦っていた。気力で保っているだけで、もう体は限界だろう。
「ぐあっ」リオの悲鳴。シンは慌てて彼を探す。
苦痛で顔を歪めたリオが、沈んでいく。
「おい、どうした」
シンは泳いでいきリオを支えるが、互いに怪我を負った体だ。筋肉量の多いリオの体は重く、シン自身も沈み始めた。
「お前も少しは泳いでくれ」
リオに呼びかけながら、必死にシンは足こぎの速さを上げる。彼からの返事はない。
「交代するよ」
ハンがリオを引き取ってくれる。リオの顔は苦悶に満ちていた。
「あっはっは! 僕から銃を奪わなかったのは失敗だったね」
響き渡る高笑い。沼から、ぬっと頭を出したのは、髪の長い美形の男。羽織っている黒いローブも露わになる。そして、手には改造銃を握っていて、指が引き金に掛かっていた。
「ちっ!」
ヒルは舌打ちをして、男の銃を奪いにかかる。シンも改造銃を奪いに掛かる。シマも男の腕を掴んでいる。男は戦術もなく大暴れ。勢いをつけた肘打ちが、シマの顔に直撃した。
「いだい」シマは鼻を打ったのか、男を引っ掴む手を離して、両手で顔を押さえている。
「うっ」ヒルの鳩尾に男の肘が入り、沼に沈み出す。必死に浮き上がろうとしているようだが、顔まで水に浸かっている。
シンは一人でローブの男と取っ組みあうことになってしまった。自分に向けられた銃口を、なんとか上空に反らそうと、負傷していない方の腕で格闘する。
「リオを見ててくれ」
そう言ってハンが参戦してくる。ボートにリオが転がされている。
「ついでに休んでろ。もう限界だよお前」
確かにシンは、いよいよ沈みそうになり、口まで沼に浸かっていた。
一緒に戦いたい気持ちはあるが、リオを放置しておく訳にはいかない。あのボートには気を失った、誘拐犯の仲間である女も一緒に寝転んでいる。いつ起き上がって、リオに襲いかかるとも限らない。
ハンの真剣な眼差しに、シンは頷いた。しかしながら、ハンも額から血を流している。心配ながら、ボートに乗りこんだら、体の疲れが一気に襲ってきた。倒れている誘拐犯一味の女の上に座って押さえつけるとともに、沼での戦いに視線をやった。
男はシマとヒルに新たな攻撃を加えようとしていた。ハンは拳を振りかぶらず、素早く男を殴りつける。男がハンの方に首を向ける。もう一発ハンの拳が男に当たる。何度も何度も、男に身動きを取らせない殴打。二人は争っている内に、どんどんシンたちがいる所から離れていく。
しかし突然形勢が逆転する。男がハンの肩に手を掛け、沼に力尽くで押しつけたのだ。さらに男はハンの後ろ頭をつかみ、沼に押しつける。
「ハン!」
シンは駆けつけたいが、この場を離れる訳にはいかない。それに自分の体力も限界だった。
「うーん、いだい」シマは未だ呻いている。骨がやられているかもしれないと、シンは予想した。
「くそっ、ハン……!」
ヒルは助けに入りたい気持ちとは裏腹に、痛みで体が動かないようだ。その間もハンは、ずっと沼に顔を押しつけられている。
「んーっ! ぶくくく……ごぱっ……ごぽっ、ごぽぽぽ…………こぽ……」
ローブの男が手を離す。ハンは、浮かんでこない。
「嘘だろっ!」シンは慌ててボートから沼へ飛び込んだ。
「おい! 生きてるか!」
呼びかけても、ハンは浮かんでこない。
「えっ嘘。ハン、ハン」
シマは自分の両手を顔から離し、腫れた顔を上げて、目を見開いている。
「どうなった?」
ボートで寝ていたリオが、無理に体を起こしている。
ローブの男はケガと疲労から溺れそうになりながら、転覆したボートに掴まろうと泳いでいく。しかし、それを追うよりもハンが心配だ。
「追い待て、離すか」
リオが叫んでいるが、構う暇がない。シンは潜って見通しの悪い沼の中で、手探りでハンを探す。見つからず、息継ぎのために沼から顔を出す。
女がシンたちに向かって、改造銃を構えていた。
「危うく始末書を書かされるところでしたわ」
浮き上がってきた女の白いドレスは、茶色一色に染まっている。




