潔癖の『女教皇』泥水を啜る
白いドレスの女と、ヨウは拳銃を奪い合う。
沼は底が無く、乱立する木の根を足がかりに立つ。女は細い割に力が強く、その上、沼の滑りのある水で手が滑って仕方がない。背の低いヨウは、胸の高さまで沼の水に浸かっていた。
「離せって言ってんでしょ!」
ドレスの女が怒鳴りながら拳銃を持つ手を揺さぶる。ヨウは声を上げる余裕もない。一度でも手を離せば、そのまま撃たれてしまいそうな状況だ。
暴れる女の肘が、ヨウの肋骨に強い衝撃を与える。
息が一瞬止まり、ヨウの視界がホワイトアウトする。手が緩み、女の手に拳銃が渡る。
「はっ! ざまぁみろですわ」
引き金に手が掛けられる。ヨウは目をつぶる。瞬間大きな水しぶきが立ち、振り返る女。沼から現れたのは――――全身泥まみれの、キョウコだった。
「ぷはっ……! タロット、ワンオラクル――――」
女を睨付ける、キョウコの鋭い視線。
沼の水が、キョウコの腕の周りに集まって渦巻き始める。そして一瞬腕を振りかぶり、女の頭に水の渦をぶち当てた。
「ぐぎゃっ」女の首が、おかしな方向に曲がる。
「私のヨウに手を出した罰」
女は気を失い、そのまま沼に沈んで行く。ヨウは、この女を助ける気力がなかった。他の皆も溺れゆく女に見向きもしなかったが、キョウコは彼女を必死に抱き上げている。そして女を転覆したボートの上に乗せた。
少し離れたところで、他の奇襲組がローブの男に大勢で掛かっている。
「ありがとうキョウコ。こんなに汚れて」
ヨウはキョウコの頬に優しく触れる。
「汚れ?」キョウコが自分の体を見る。全身が泥で茶色一色になっている。
うーんと短く唸り、キョウコは意識を手放した。慌てて支えるヨウ。
他の皆を見ると、リオがローブの男に一発拳を見舞ったところであった。
「キョウコを岸まで連れてく」
ヨウが他の奇襲組に大声で呼びかける。
「何でキョウコが」
「どっから来たんだ」
ハンとシンが目を丸くしている。
「大丈夫なのかそれ」
ヒルは困惑した様子でキョウコを指さす。
キョウコを背負い、ヨウは泳ぐ。徒歩組と合流を目指すのだ。
小柄なヨウであっても、浮力によって岸まで泳ぎ切ることができた。岸にキョウコを上げると、徒歩組が協力して引き上げてくれた。
気を失っているキョウコを、フウが背負う。
「起きたら暴れそうだな。男はばい菌っつてたし」
フウは苦笑いした。ヨウは彼に背負われた、眉間にしわを寄せて眠るキョウコの顔を見て微笑む。
「ありがとう、大好きだよ」
ヨウの意識も薄れていった。慌てる声が、耳に残った。
◇◇◇
「ひどい傷」眠るヨウの全身を見て、テイは呟いた。
「可哀想」ノワは目に涙を浮かべている。
その隣でミカミも、仮面を通してヨウをのぞき込んでいる。
「戦況は、良いみたいだね」
テンが目を細めて沼の遠くを見つめた。
「ほんとかよ、しかめっ面だぜ」
フウは珍しく真顔で、テンの顔を指さした。テンは眉を下げて力なく笑っている。
「あと何人、俺らを殺しに来るんだろう。他にはどんな、武器を持っているんだろう。ってね」
「あの改造拳銃な。リオも、シンも、撃たれたのに奇襲組に入ったな」
沼の上を見るフウ。テンは唇を噛んでいた。「強いよね」
「僕は弱いのに来ちゃったんだ。気持ちだけじゃ、力にはなれないのに」
下を向くテン。
泥濘に足を取られないように地面と格闘していたノワが、僅かに頷いているように、テイには見えた。
目を細めてシンを探す。黒いローブの男に、たくさん奇襲組が群がっている。
テイは自分の包帯が巻かれた手を見る。
一時はシンの力になれたと思ったのに。
テイは歩く脚を早めた。今自分にできることは、向こう岸でタロット魔法を発動して、未だ活発なローブの男を倒すことだ。
向こう岸の開けた部分が、木々の合間から見えてきた。




