仲間割れ。『女教皇』の立場
誘拐犯の仲間、男女二人組の乗るボートが去って行く。オールで沼の水を掻く音は、徐々に小さくなっていった。
先程の全体攻撃によって皆が地面に叩きつけられた。肩も負傷しているシンは、身動きが取れないまま、首の動きだけで周りを見回す。
ヨウは地面に倒れたまま、目を見開いて固まっていた。彼女の足首を掴んだまま、キョウコが痙攣を起こしている。徐々に呼吸が落ち着いていく。
「ふーっ、ふーっ」
大きく深呼吸をしたあと、キョウコは体を起こした。ヨウの固まった表情が解かれると、今度は眉が八の字に下がった。
「無茶してごめん! キョウコにこんな心配かけちゃって!」
地面に座ったまま、ヨウが地面すれすれまで頭を下げる。しかしキョウコは口を結んで怒りを露わにしている。
他のクラスメイトたちも、体の痛みを訴えながら起き上がってくる。フウは立ち上がるとすぐに、キョウコの元へ一直線に歩いてくる。
「ナイス。流石ヨウの保護者。だけど、あんまり責めてやるなよ」
明るく振る舞っていても、語調は明らかに誘拐犯らに向けての怒りに満ちていた。続けて、ハンが言いづらそうに「今は仲間割れしてる場合じゃないと思う」と言った。
「まあまあ、キョウコちゃんも心配しての事だし」
シマが、キョウコを全面擁護した。彼のことを、ただのフェミニストだと思っていたシンは意外な気がした。
これに機嫌を良くしたのか、キョウコはムッとした顔をしつつも、それ以上ヨウのことを責めない。しかし「落ち着いたら謝ろうか」と言ったため、キョウコの機嫌は急降下。さっきの言葉で止めておけば良かったものを、方々に優しくするからモテはしても、それ以上の関係に持ち込めないのだ。シンは残念な気持ちになった。
「もう知らないから」
ヨウを一遍睨付け、そっぽを向くキョウコ。
ノワは、こちらを見たりあっちを見たりと忙しない。シンはノワを呼びつける。声は掠れてしまっていたが、視線で彼女は気づいてくれたようだ。こちらに来て、シンの側にしゃがみ込む。
「気にすんなよ」
シンが笑ってみせると、ノワは余計に悲しそうな顔をするものだから、焦ったシンは「パンツ見えてるぞ」と茶化してしまった。
シンがふとテイの方を見ると、彼女はシンを凝視していた。宣言どおりに、ずっと側にいてくれるらしい。しかし彼女の包帯が巻かれた手は明らかに腫れ上がっていて、昨日ピンヒールが掌を貫通した様を思い出すと、自分もまた、テイを守らねばならないと思うにいたった。
リーダー的立場のヒルがヨウの前で屈んだ。「無駄死にすんな」
ヨウはうつむいたまま、小さく頷いた。
「あいつらもう、俺らを倒したと思ってんな」
ヒルが沼の上を遠ざかっていく、米粒ほど小さくなったボートを見ている。
恐縮してしまったヨウの肩に、テンは優しく手を置く。
「本当にヨウの事を嫌いになったわけじゃないさ、きっとまた仲直りできるよ。ね?」
その励ましにヨウは俯いたまま、なんの反応もすることはなかった。
「ボート、追わないと」ノワが辺りを見回す。木製ボートは破壊されたし、広い沼地を大きく回り道するしか方法はないかもしれない。
「泳ぐぞ。背後からボートに近づいて奇襲を掛ける」
ヒルが作戦を伝えながら、全員の顔を見渡す。キョウコと目が合うと、彼女は眉をひそめて顔をそらした。ヒルは気を悪くする様子もなく、全体の反応を待つ。そこで小さな手が上がる。ノワが、罰の悪そうな顔をしていた。
「あのう……私、泳げないんだぁ」
ヒルが少し驚いた顔をする。自分が泳げるものだから、泳げない人のことを考えていなかったのだろう。次にテイが、シンの側で「私も泳げない」と告げた。
「僕も」続いて手を挙げたテンは、協力できない悔しさが顔に出ていた。
その後でミカミも無言で手を挙げる。仮面で顔は見えないが、普通に手を挙げた様子に特に申し訳なさは無い様であった。
「俺も泳げない」
フウまで手を挙げて、ヒルは目を見開く。
「お前その感じで泳げないのか」
「どんな感じだよ」
突っ込みを入れるフウ。
「馬鹿って泳げそうだろ」
シンが口を挟んだことで、フウは歯をむき出しにして怒った。シンは口の端を上げる。そこでテイに呼びかけられる。
「シンは泳がなくていいからね。あの距離だもの。服を着たまま泳ぐのって難しいだろうし。一緒に待機しよう」
「たいした怪我じゃ、ないんだろ」
そういってやると、テイは困った顔をした。
「トルカを助けるために来たんだ。これくらいやらないと」
シンは真剣な顔で沼の向こうを睨んだ。




