豊満な彼女は『女帝』
放課後、シンは眠気と戦いながら机に向かっていた。ノート一ページを埋めると、椅子に座ったまま仰け反る。
「やーっと終わった……」
「寝てるからだよ」
そばの机に座っていた美少年テンが、笑いながら自分の口元を指す。シンはウッカリ出ていた涎を拭いて、教室を見渡し他に誰もいないことに気づく。
「ねみぃ……もう皆終わったのか」
帰りのホームルームが終わってすぐは、シンの他にもクラスのほとんどが居残りをしていたはずだった。
「もう玄関にいるんじゃないかな。ほら、先生のところ行こう」
テンは立ち上がると、寝ぼけ眼でダラダラ片付けるシンを待つ。そして二人で国語教師の待つ職員室へ行き、感想文を提出してから玄関へ向かった。
シンのクラスの下駄箱前は生徒で賑わっていた。居残りしていた生徒のうち、部活動に入っていない十人弱が喋ったりスマートフォンを触ったりしている。
「遅いぞ!」
まん丸い目をした男子生徒フウが、シンに手を振っている。
「感想文じゃなきゃ見せてあげたのにね」
笑っているのは女子生徒のテイ。発育が良く、隣のフウ同じくらい背丈がある。
「お前らは早く終わったんだから帰れよ」
テンションの高い二人を、シンは靴を出しながら適当にあしらう。
「そう言われると思って、ここで待ち伏せてたの」
テイが腕を組むと、豊満な胸が組んだ腕に乗った。シンはガン見しながら靴を履く。
「そして僕はシンの見張りをテイに頼まれてたんだ」
僕、と自分を指さすテンの制服の袖はボロボロだ。兄弟が多いため貧乏なテンは、制服を学校のOBから譲ってもらったのだ。
「こいつは怒りもせず、急かしもせず、優しーく見守ってくれたぞ。テイと違って」
シンはテンを指さす。するとテイはスクールバッグを振り回してシンを叩いた。それをフウとテンが笑っていると、突然大勢のスマートフォンに一斉に通知が来る。その時スマートフォンを確認したのは、シンと同じクラスの者だけだ。
『ノワ からのメッセージがあります』
この名前もクラスメイトのものだ。内容を確認したシンは度肝を抜く。
『トルカが縛られて車のトランクに乗せられて、どっか行ったんだけど誘拐かな?』
下駄箱前がざわつく。「通報する?」「先生呼ぶ?」という声が上がる。シンがもう一度読み返している内に、フウ、テイ、テンはすぐに向かうという旨のメッセージを送った。すぐにもう一通ノワからメッセージ。
『誘拐は勘違いだったかも。マネキンだったかもしれない』
「あああもう心配!」
「俺も!」
テイが飛び出しフウが追いかけていこうとするのを、シンが両手で引き留める。
「もしかして勘違いってこともあるし、トルカと連絡とれるか確認しよう」
代表してフウがトルカにメッセージを送る。それを下駄箱前にいた全員で囲み、息をのんで返事を待った。
「トルカと連絡が取れない。よし、皆で空き地までいこう!」
下駄箱前のクラスメイト十人弱を見回しながらフウに、目が合ったシンは顔を背ける。
「先生に言わなくても良いの?」
テイは大人に相談した方がいいと考えていた。フウはすぐにその意見を否定する。
「トルカの家の人にも誘拐犯からの連絡は無いし、信じてくれないだろ。とりあえずノワに話を聞きに行こうぜ」
シンは今し方メッセージアプリに連絡を入れてきた同級生のノワを思い浮かべた。何か大事が起きたら、いつも側にはノワがいる。
「あいつ、『運命の輪』だから。良い運も悪い運も、引き寄せちまうんだよな」
「おいおい、お前ら帰っちまうのかよ!」
フウの大きな声に驚いたシンがそちらを見ると、クラスメイトたちが申し訳なさそうに帰って行くところだった。
「巻き込まれたくないよなあ。……俺もあいつらに混ざって帰ろ」
スクールバッグをしっかり自分に寄せ、シンは顔をうつむかせる。そして静かに校門の方へ一歩踏み出そうとしたとき。ぐい、と制服の裾を引っ張られる。振り向くと、思ったより近くに美人の顔があって面食らう。
「て、テイ」
背の高いテイは、顔がシンと同じ高さにある。そんな彼女はとても悲しげな顔をしているが、一瞬だけシンは胸へ目をやって気づかれないうちに顔に視線を戻した。
「シンは行くよね? だって、トルカが心配だよ……ぐすっ、すんっ」
鼻をすするテイの隣で背の低い美少年、テンが肩を撫でて彼女を慰めている。テンはボロボロになったブレザーを着ているが、それでテンの評判が悪くなることは無かった。
目の前で泣かれ、シンは身動きがとれなくなる。
「っ……、行くよ」
シンは諦めの表情。
「今後お前らに恨まれ続けるのも嫌だし。それに、きっとすぐトルカも見つかるさ」
「ありがとうシン!」
テイに抱きつかれるシンであるが、胸が大きすぎて抱きつかれても胸しか彼の体と接さなかった。「役得……?」と呟くシン。
戸の開いている玄関から優しい風が入ってきて、下駄箱前に残った四人の男女に吹き付けた。




