目撃者のあの子は危なっかしくて『運命の輪』
午後四時頃。寂れた店並みの繁華街は、昼間から酒を飲む大人たちで賑わっている。その通りを、ブレザーの制服を纏った小柄な少女が飛び跳ねながら歩く。肩に掛けたスクールバッグは彼女にはやや大きく、少女の動きに合わせてバッグが暴れている。
酒を楽しむ大人たちの脇を、彼女は零れるような笑みで通り抜ける。
「今日のおやつは月餅だぁ。楽しみぃ」
餡子のたっぷり詰まった月餅を想像し、口をもぐもぐと動かす。想像の甘味は最高に美味しい。
そのとき、向こうから居酒屋の名前が入ったエプロンの男性が急ぎ足で歩いてくる。男はスーパーの袋を持っていて、長ネギが飛び出している。
その男性は少女を見つけると微笑み、手を振って近づいてきた。
「ノワちゃんやっほう。飲み屋街を通らないと帰れないなんて、女子高生には大変だよねえ」
「おじさんやっほう。買い出し?」
男性はにこやかに頷く。彼はこの繁華街にある居酒屋の店主で、店を一人で切り盛りしている。
「ノワちゃん近道して空き地の前を通るのは止めなよー。あそこは昼間でもガラが悪いのがいるからねえ」
「そんな人いないもん。みんな良い人だもーん」
遊びに誘ってくれるし、未成年だからと断ったが酒や煙草を差し出してくる気前のいい人たち――――そうノワは思っている。歩いて疲れたでしょ、あっちで休憩しようよとノワを誘うが、本人は早く家でおやつが食べたいがために毎度断っていた。
何か言いたげに手を伸ばす店主にノワはじゃあねと手を振ると、再び跳ねながら歩き出す。
「おやつは待ってくれないぞぅ」
大通りから小道に入ると飲み屋街の店の裏口などがあり、両側が迫ってくる様に狭い道となっている。ノワは跳ねたり空を見上げたりしながら歩く。そして先程の店主が言っていた空き地の前にさしかかると、いつもと様子が違うことに気づいて立ち止まった。自動車が空き地のど真ん中を占領しているのだ。
「よくこんな細い道に車で入れたなぁ」
ノワが塀から顔を出して見ていると、男が一人降りてきた。その男の奇抜な格好にノワは飛び上がった。カッチカチに固めたモヒカンにデスメタルの化粧。つまり真っ白いおしろい顔に目の周りを黒い星模様で囲んでいるのだ。
「……ふふふ、おっと」
笑いが漏れてしまい、慌てて口を押さえる。
ライブを抜け出してきたかの様に奇抜な格好の男はトランクに手を掛ける。そして開いた瞬間、驚きの物が目に飛び込んできた。全身に衝撃が走る。
少女である。後ろ手に縛られ、ガムテープで口を塞がれた少女が眠っているのだ。その少女にノワは見覚えがあった。
「え? トルカだよね、あれ」
ノワの脳裏に高校の教室と、授業を真剣に聞く長髪の彼女が浮かんだ。
「……誘拐かも、どうしよう。ええっと……警察。待って、勘違いだったら悪いなぁ。何か、理由があって車のトランクに入ってたりして。こういうときは、クラスの皆に聞くのが一番!」
スクールバッグの中を漁り、スマホを取り出すノワ。メッセージアプリを開くと、フリック入力で素早く打ち込み始める。
『トルカが縛られて車のトランクに乗せられてるんだけど誘拐かな?』
クラスメイト全員に一斉メッセージを送る。すぐに既読が二個付く。画面をじっと見て待つが、返事はない。
「こんなすぐに見るのはサボりん坊のヒルとミカミだな」
学校に来ない、性格の正反対な二人の男子生徒を思い浮かべる。
「早く返事来ないかなぁ。帰宅部の皆はすぐ見てくれるはず!」
ノワは地面をトントンと足でリズムを刻みながら待った。
少しするとデスメタルバンドを彷彿とさせる派手なモヒカン男は、トランクを閉めて後部座席に乗り込んだ。男が車のドアを開けた瞬間、ボディービル選手の様に筋骨隆々の日焼けした男が後部座席にむっつりと座っているのが見える。助手席に座っているのは、しかめっ面のハーフと思わしき金髪美女。
「わぁ、ゴージャス」
彼らを乗せた車が急にバックで通りに出たため、ノワは危なく轢かれそうになる。
「うおっと!」
片足を上げて驚いたポーズのまま、走り去る車を見送る。やかましいエンジン音とともに、思い切り排気ガスを掛けられる。車は勢いを殺さずに表通りまで出ると、ちょうど車が通っていないためにそのままのスピードで右へ曲がる。
「どこに行くのかな」
ノワは走って表通りまで出ると、遠くに先程の車が見える。車は右にウインカーを出し、路地に右折して行く。
「もしかして、そっくりなマネキンだったのかなぁ。劇団とか、ドラマの撮影とか……さっきの人たちも、普通じゃない見た目してたもんねぇ。勘違いで通報しなくて良かったよ」
勘違いかも知れないとクラスメイトたちに伝えるために、ノワはまたスマートフォンを取り出す。開くとメッセージが届いている。
『お前っていっつもなんか問題起こすよな今行く』
『危ないから動かないで今行く』
『それは絶対トルカだよね今行く』
ノワは小首をかしげる。涼しい風が、彼女の肩に掛かる髪を揺らした。




